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16 その少女、虹を見る
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翌朝。身体を起こし、見慣れない部屋の中をぼんやりとした視界で確認する。
そうだ、ここは礼拝堂の神父様にご用意いただいたお部屋だ。
向かいのベッドを見ると、やはりリッドの姿はない。相変わらずの早起きね…見習わなくては。
軽く背伸びをしてからカーテンを開けると、雨は上がっていて、黒い雲が少しずつ風に流されていくところだった。
隣の建物の屋根にはまだ雨が残っていたけれど、先ほどまで降り続けていたようには見えない。
「今日は晴れそうね」
突然決まった外泊だったので(と言っても現状、私に家はないようなものだけど)、特に服装が変わるわけでもなく、そそくさと身支度を済ませて外に出ることにする。
そうだわ、ロバート殿下にご挨拶をしなくては。
行き先を決め、部屋を後にする。私達がお借りした部屋は2階で、殿下がお休みになった部屋は1階だ。
「…まだ殿下がお休み中だったならご迷惑よね」
懐中時計で時刻を確認すると、7時を少し過ぎたところ。
おそらくお目覚めになっているでしょう…と予想し、扉をノックした。
「おはようございます、ロバート殿下。エレナでございます」
お声がけするも、返事はいただけない。もしかして、本当にお休み中だったかしら?
いいえ、きっと逆ね。建物があまりにも静かだもの。もう、きっと…。
建物の玄関を出て、礼拝堂に向かう。この建物は、礼拝堂の裏側と言えばいいのだろうか、昨日市場が開かれていた側から見るとちょうど陰になる位置にあった。
早足で入口に向かうと、殿下と兵士の皆様はすでに甲冑姿で整列していた。間も無く、町を出るのでしょう。
殿下のそばには、あ、リッドもいたわ。
二人に駆け寄り、ご挨拶をする。
「おはようございますロバート殿下、リッド」
「ああ、お目覚めであったかエレナ殿」
「おはようエレナ」
殿下はガシャリと甲冑を鳴らし、私の方に向き直り、昨日と変わらない無表情で続けた。
「我々は間も無く、セナーに向けて出発する。エレナ殿は、すぐにサザントリアへ?」
「はい、そのつもりです。…で、いいのよね? リッド」
「ああ。一度屋敷に戻って、旅の準備をしよう」
「ありがとう、助かるわ」
お互いの目を見て頷きあう。目的地は決まっているのだ。ランバートの屋敷にいざ戻ると決めたら、早く妹や父に会いたくてたまらなかった。それから、もしかしたらアーサーにも会えるかもしれない。
「貴方の進む道が平穏であるようお祈りする。私も屋敷に戻り次第、弟の動向を確認しよう。何かあれば、サザントリアまで使いを送る」
「ありがとうございます殿下」
「うむ。ではエレナ殿、ご無事で。リカルド、御令嬢をしっかりとお守りするのだぞ」
「だから、俺はもうリッドだって。心配しなくても、ちゃんとやるさ」
「そうか」
殿下は少しだけ微笑んだかと思うと、すぐにあの無表情に戻り、馬に乗りこんだ。
「では、また会おう」
殿下がスッと右腕を上げると同時、兵士の一人が出発!と号令をかけ、隊が順番に歩き出す。私たちはその姿が見えなくなるまで見送った。
「よし、じゃあ俺たちも動こう」
リッドに促され、私たちも出発することにした。
神父様にお礼を伝えてから、昨日と同じ場所で開かれている市場に立ち寄る。出店している人が違うのだろう、昨日とはまた違った商品がいろいろと並んでいた。
食料をいくらか調達してから、市場を後にして町の外へ。リッドが背負う皮袋は、昨日彼が買ったものと併せて破れそうなほどになっていた。本当に敗れたら心配だからと、少しだけ荷物運びのお手伝いをする。
「機会があればまた来てみたいわ、もっと買い物をしてみたい」
「じゃあ、この話が落ち着いたらまた来ようぜ。他の町の市場に行ってみるのも楽しそうだ」
そう言ってリッドは町の入口に向かって歩き出した。
たしかにそれは楽しそうね、と思いを馳せながら私も続く。
空は少しずつ晴れ間が見えはじめていた。と、丘の向こうに大きな虹が現れていることに気付く。
「まあ、虹!」
「おお、ホントだ」
「きれいね…7色がはっきりとわかるものなんて、今までほとんど見たことがないわ」
「不思議なもんだよなあ、なんであんなところに橋が…」
「そうね…。近くに行って、一度触ってみたいものだわ」
「そりゃいいね。よし、今からあの麓まで走ってみようか」
「ええ? 本当に?」
返事の前に、リッドは麓に向けて走り出していた。
「ちょ、ちょっとリッド!」
置いていかれないように、私も駆け出すことにする。
…ふふ、あの婚礼の儀から、まさかこんなに目まぐるしい日々になるだなんて。
待っていてね、ミリア、お父様。マリアンヌ。アーサー。
みんなにお話ししたいことがたくさんできたのよ!
そうだ、ここは礼拝堂の神父様にご用意いただいたお部屋だ。
向かいのベッドを見ると、やはりリッドの姿はない。相変わらずの早起きね…見習わなくては。
軽く背伸びをしてからカーテンを開けると、雨は上がっていて、黒い雲が少しずつ風に流されていくところだった。
隣の建物の屋根にはまだ雨が残っていたけれど、先ほどまで降り続けていたようには見えない。
「今日は晴れそうね」
突然決まった外泊だったので(と言っても現状、私に家はないようなものだけど)、特に服装が変わるわけでもなく、そそくさと身支度を済ませて外に出ることにする。
そうだわ、ロバート殿下にご挨拶をしなくては。
行き先を決め、部屋を後にする。私達がお借りした部屋は2階で、殿下がお休みになった部屋は1階だ。
「…まだ殿下がお休み中だったならご迷惑よね」
懐中時計で時刻を確認すると、7時を少し過ぎたところ。
おそらくお目覚めになっているでしょう…と予想し、扉をノックした。
「おはようございます、ロバート殿下。エレナでございます」
お声がけするも、返事はいただけない。もしかして、本当にお休み中だったかしら?
いいえ、きっと逆ね。建物があまりにも静かだもの。もう、きっと…。
建物の玄関を出て、礼拝堂に向かう。この建物は、礼拝堂の裏側と言えばいいのだろうか、昨日市場が開かれていた側から見るとちょうど陰になる位置にあった。
早足で入口に向かうと、殿下と兵士の皆様はすでに甲冑姿で整列していた。間も無く、町を出るのでしょう。
殿下のそばには、あ、リッドもいたわ。
二人に駆け寄り、ご挨拶をする。
「おはようございますロバート殿下、リッド」
「ああ、お目覚めであったかエレナ殿」
「おはようエレナ」
殿下はガシャリと甲冑を鳴らし、私の方に向き直り、昨日と変わらない無表情で続けた。
「我々は間も無く、セナーに向けて出発する。エレナ殿は、すぐにサザントリアへ?」
「はい、そのつもりです。…で、いいのよね? リッド」
「ああ。一度屋敷に戻って、旅の準備をしよう」
「ありがとう、助かるわ」
お互いの目を見て頷きあう。目的地は決まっているのだ。ランバートの屋敷にいざ戻ると決めたら、早く妹や父に会いたくてたまらなかった。それから、もしかしたらアーサーにも会えるかもしれない。
「貴方の進む道が平穏であるようお祈りする。私も屋敷に戻り次第、弟の動向を確認しよう。何かあれば、サザントリアまで使いを送る」
「ありがとうございます殿下」
「うむ。ではエレナ殿、ご無事で。リカルド、御令嬢をしっかりとお守りするのだぞ」
「だから、俺はもうリッドだって。心配しなくても、ちゃんとやるさ」
「そうか」
殿下は少しだけ微笑んだかと思うと、すぐにあの無表情に戻り、馬に乗りこんだ。
「では、また会おう」
殿下がスッと右腕を上げると同時、兵士の一人が出発!と号令をかけ、隊が順番に歩き出す。私たちはその姿が見えなくなるまで見送った。
「よし、じゃあ俺たちも動こう」
リッドに促され、私たちも出発することにした。
神父様にお礼を伝えてから、昨日と同じ場所で開かれている市場に立ち寄る。出店している人が違うのだろう、昨日とはまた違った商品がいろいろと並んでいた。
食料をいくらか調達してから、市場を後にして町の外へ。リッドが背負う皮袋は、昨日彼が買ったものと併せて破れそうなほどになっていた。本当に敗れたら心配だからと、少しだけ荷物運びのお手伝いをする。
「機会があればまた来てみたいわ、もっと買い物をしてみたい」
「じゃあ、この話が落ち着いたらまた来ようぜ。他の町の市場に行ってみるのも楽しそうだ」
そう言ってリッドは町の入口に向かって歩き出した。
たしかにそれは楽しそうね、と思いを馳せながら私も続く。
空は少しずつ晴れ間が見えはじめていた。と、丘の向こうに大きな虹が現れていることに気付く。
「まあ、虹!」
「おお、ホントだ」
「きれいね…7色がはっきりとわかるものなんて、今までほとんど見たことがないわ」
「不思議なもんだよなあ、なんであんなところに橋が…」
「そうね…。近くに行って、一度触ってみたいものだわ」
「そりゃいいね。よし、今からあの麓まで走ってみようか」
「ええ? 本当に?」
返事の前に、リッドは麓に向けて走り出していた。
「ちょ、ちょっとリッド!」
置いていかれないように、私も駆け出すことにする。
…ふふ、あの婚礼の儀から、まさかこんなに目まぐるしい日々になるだなんて。
待っていてね、ミリア、お父様。マリアンヌ。アーサー。
みんなにお話ししたいことがたくさんできたのよ!
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