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跋 扈

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 休憩やすみ時間の図書室。
 照明も付けずに刷依と現は、二人だけで向かい合って六人掛けの長机に座っていた。
「土地神が近くに居るわね?気配がする」
「!」
 月井度 刷依、本名クイスランは伏せ目がちだった視線を周囲に向け僅かに微笑んだ。
「まだトラップデコイも少ないから早く来て正解だったわ」
 その時、図書室までやって来た女子生徒が居たのだが、カギが掛かっていたので諦めて教室に戻って行った。扉の窓からは二人の姿は見えず、カギは開いていたのだが······
「あなたの“体„の方は順調よ?そっちは?」
「···国防隊はスマイウルに異能力者の隊員を差し向けている可能性がある。他にも琥珀の姫に引かれて変なのが集まってるみたいだ。思ったより隙が無い、ごめんクイスラン」
「まぁいいわ。あのね?ゲルナイド?、今回の大収集作戦の前にアンバーニオンの彼を学校ここに釘付けにしようと思うの?。ガルンシュタエン·ユニットの発進前にちょっと手伝って貰える?」
「!······」
 クイスランは目の前に開いて置かれたビジュアル鉱物図鑑の琥珀のページを閉じて、元あった本棚の下段に図鑑を戻しながらゲルナイドに告げた。





 宇留は外に出て、校舎の裏手に回った。
 角を曲がる際には、ゆっくりと死角の様子を見ながら進んで行く。
 ついに体育館の裏手にまで来てしまった宇留の頭上。曇った空から雨が降る前の冷たい風が吹き降りた時だった。
「······ぉ!」
 よぉ、とも、やぁ、ともとれる曖昧で小さな声に、宇留は振り返った。
 倉岸が居た。
 明らかに勉強しに登校したのでは無い私服姿。白いパーカーの黒いフード紐がだらしなくプラプラしていた。そして霞んだ黒目が伸びた前髪の黒と地続きになって、歪んだ口元と共に宇留をニヤニヤと眺めている。以前とは明らかに別人のようだった。
「倉岸···こんなトコで何やってんだよ?どうせなら教室来いよ?」
「行くわけナイダロ?あ!母親連れてってくれてスマンな?お蔭で動きやすい!」
「な?!何を!?わざわざ連れてって貰いたかった訳じゃ無い!変な事ばっかりするからだろ!」
「ィィねぇ!またノってくれて助かるよ?」
「!?」
 ···話が通じない?宇留は出来れば怯みたく無かった。同級生同士の話だったらどうにかなると油断していた。目前の倉岸から感じるのは大人の余裕。
エシュタガのような、覚悟を持って我を通す意外な突破力だった。
「なにやってんだ?」
「「!」」
 体育館の角にいきなり立っていた大柄な少年が二人に声を掛けた。
「くっ!」
 突然余裕が崩れた倉岸が苦虫を噛み潰したような表情で宇留の脇を抜け去って行く。倒されそうになり、敗走していくファンタジーアニメのザコモンスターのような表情だった。
「おぃ!倉岸っ!!」
 呼び止める宇留の背後に少年が近寄る。振り向いた宇留は、いかにも喧嘩の強そうな少年の印象を先輩の番長?と思ってしまった。宇留は居るかどうかも分からない学園の番長?に会った事は多分無いのだが···
「······」
 少年は、倉岸の後ろ姿が見えなくなるまで向けていたジロッとした視線を宇留に向けた。
「!」
 宇留は久しぶりに、こういう時イケメンだと決まるなぁと思った。
「···お前、スマイ···二年の須舞だろ?」
「は、はい···」
「俺、オマエんのスーパーのお惣菜好きなんだ。この前タントのおばちゃんが出来立てだよって出してくれてさ、キナリでテンパって何にもイエネかったからさ、れ、礼言っといてくれねーか?」
 威圧感のある少年の口調だけから、徐々に角が取れて行く。
「あ!はい!いつもありがとうございます!」
「よ!よせって!こまで······んじゃ、気をツケロよ?」
 少年は少し恥ずかしそうに倉岸の去った方向に向かって歩き始める。
「ヴァエト?」
「!」
 唐突にヒメナが声を上げた。
「え?ヒメ···ナ?」
「···」
 少年は一瞬立ち止まったがまたすぐに歩き始め、体育館の角を曲がって姿を消した。今日日きょうびの少年がこんなに哀愁を背負えるのか?という余韻を背中に乗せて······
「ヴァ···エト?ヒメナ!知ってるヒトなの?」
「声が似てたから···ウリュ?西の琥珀の泉に眠るゼレクトロン、その操珀パイロットだった·  ·  ·ヒトに···」
「ゼレ···クトロン?の人?」
 そういえば名前を呼ぶのは初めてだと思った宇留は、かつての琥珀の戦士の心意気のようなものを感じていた。
 
 大変な所、様子を見に来てくれたんですね?ありがとうございます先輩!混岡まぜおかさんには俺からよろしく言っておきます!


 休憩時間終了のチャイムが響く中、わんちィとパニぃは、体育館の角の前に駆け付けながらも、宇留の側まで近寄れずに居た。
 二人共に普段とは違う普通のヒロインのような慎ましい表情で体育館の外壁にもたれ掛かっている。
「ねぇ?わんちィ?」
「わかってる···今のが、バカ兄貴の訳が無いんだ······」
 わんちィは曇天どんてんを見上げる。


「ねぇ?パニぃ、どうして私達、帝国の戦士でも無いのに前世まえの記憶があるんだろうね?」




 下校時。
 十三人程が残る二年B組。
「あぁ~雨が降りソォー♪」
 歌のような独り言を言う菖蒲摘しょうぶつみ イサヤは連絡メモをまとめ終え、教室を出ようとしていた。
「······どうしようかな?」
 宇留が倉岸の事を磨瑠香に伝えようか迷っているとイサヤの声が響いた。
「あれ?扉の音がいつもと違う?」
「?」
 残っていた全員が教室の扉を開け閉めするイサヤに注目していた。そして何度目かの開閉の段階で廊下と窓の外がブラックアウトした。
「!」
「なに?」「キャー!」
 照明が光る教室だけが暗闇に放り込まれたようだった。パニックになりかける教室、停電?ゲリラ豪雨?など生徒達が騒いでいると、どっちもかも?という現の言葉が聞こえた。
 よく見ると廊下は闇に沈んだのでは無く暗いだけで、スマホのライトで照らすといつもの廊下がそこにあった。だがそれだけではクラスメート達の不安は消えなかった。

    ベレレレ···

「!」
 磨瑠香があえて宇留の近くに行くのを我慢していると、廊下の奥から聞き覚えのある声を聞いたような気がしてフリーズしてしまった。

 (ウリュ!大変!)
 (どうしたの!ヒメナ!)
 (敵のトラップ空間に放り込まれたかも?)
 (え!)
 (バジークアライズが居るのにこんな事が出来るなんて、相当な使い手か、仕込みか、そのどちらもか?···)
 (いつもの俺達の世界じゃ無いって事ね?みんなを守らないと!)
 (ここは多分···デリューワールド!想文で編み込まれた疑似空間!···あ!折子バジークアライズも来てくれたから証拠を見せるね?)
 (え!?ヒメナ?!)

 暗い廊下を誰かが小走りする音が聞こえ、教室の前後の扉から一人ずつ、夏制服を着た美少女二人が教室内に駆け込んで来て扉を閉めた。
「え!なになに?!誰?」
 少女達は黒板の前に立ち、控えめに腰に手を当て軽くポーズを取る。
「「ぁ······!」」
 二人を見た宇留と磨瑠香は開いた口が塞がらなかった。
「皆さん!今から私たちの指示に従って貰います!」
 とロングヘアーの女子生徒。
ボク達は、教師候補生クラスからやって来た特別生!」
 と小柄な女子生徒。
「丘越 折子です!」
空気乃くうきの 姫菜ヒメナです!」

「教師候補生!なんかカッケェー!」
 宇留と磨瑠香を除き、残った生徒達からは喝采かっさいが上がった。











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