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光の記憶
しおりを挟む自分の痛みや苦しみよりも、
今度は、
今度こそは、
君が心配だった。
目映い光の中で影が剣を振り下ろす。影は一瞬しか姿を現さないので剣で受ける自分もギリギリ防戦一方だ。
まるで目を閉じて自転車に乗っているような不合理感。
悔しかった。自分は真剣に向き合っているはずだ。
だが、その隙を突かれて斬られて負けた。
しかし横たわっていたのは影の方だった。
剣を握る自分の手は琥珀の籠手を身に付けている。
籠手の正体はアンバーニオンの手だった。
自分の手、自分の武器、自分の技、自分の力での勝利では無かった。
悔しかった。自分は真剣に向き合っているはずだ。
目が慣れる。
光と炎の平原、自分と影、そして漆黒の巨大な木。
その前に誰か背を向けて立っている。
振り返った美しい青年は微笑んでいた。
宇留は起きた、非常に眠い。
朝五時四分。ベッド脇の棚に置いたスマホの機能で充電ランプがすぐそばの壁に時間を投影している。
玄関の方からは頼一郎と護森のくぐもった小声の会話が聞こえる。
あの後、護森の会社のログハウスに案内された事を思い出す。
祖母も無事で、避難所からログハウスに連れて来てもらい四人で宿泊した事も思い出す。
ヒメナのペンダントが無い。柚雲が男子と添い寝はさせんと“連れて„いってくれた事も思い出す。
アンバーニオンの事も思い出す。
久しぶりに朝から空腹だったが、結局二度寝した。
朝七時三十八分。カーテンの隙間から射し込む朝日でヒメナは目を覚ました。
傍らには柚雲がうつぶせで顔を半分枕に埋め、ヒメナの琥珀に手を添えて眠っていた。
(······あったかい)
柚雲の瞳がゆっくりと開く。寝ぼけた柚雲とヒメナは表情をしばらく観察し合ってていたようだった。
「···おはようございましゅ···お姫様···ご機嫌うるわしゅぅ···」
柚雲も二度寝し···
「うおーーー!声が聞こえたーー!」
興奮した柚雲はドタドタとダイニングまで進撃した。
「あら?おはよう」
ダイニングでは祖母と頼一郎がテレビを見ながらお茶を飲み、宇留は祖母が作ったのであろう朝食のちょい野菜肉多め炒めをアテに白飯をファボフスファボフスとこれでもかと口に放り込んでいた。
「はョう!育ち盛り!」
柚雲は一応大切に運んで来たヒメナのペンダントを宇留の首にかける。フックは不思議な感覚でカチャンと噛み合った。
(······ゥリュ··ぉはよう···)
「ぉ···ほはようほはいはすっふ」
音声ボリュームが上がるようにヒメナの声が聞こえ始める。宇留はペンダントに触れている間、ヒメナの声が聞こえると理解した。
「イイ子達でしょ~?私達もこの子達の影響でアニメ好きになっちゃってェ、あなたみたいなフシギな娘に結構キャパ見いだせるのヨ?オホホ···」
祖母がヒメナに話しかけた。
「花ちゃん!この子はこういう生き方の子なんだからフシギなんて言ったらいかんじぇ~」
「ハイハイあなた。ユックちゃんは?もうご飯食べる?」
「はーい!」
柚雲はニコニコしながら一度、身支度に戻った。
「ほぃ!ウルくん、あのねぇ」
頼一郎が思い出した様に言う。
「護森さんがね?昼前くらいには戻るんだけどもね?他にもお客さんとか来て話とかあるって言ってるんだ」
もうひとつ、考え無しに色々やらかしてしまったかも知れない事を思い出した。
宇留は一瞬気が滅入りかけたが即持ち直す。お礼もしたい、そして聞きたい事はこっちも沢山あった。
「で、ヒメちゃんはご飯とかどうしてるの?」
宇留と入れ替わりに食卓に着いた柚雲から質問があった。
ヒメナは食器を洗う宇留の手元を珍しげに見つめながら口を動かす。
·········
「へぇ!太陽とかの光に当たってれば大丈夫なんだ!」
宇留は通訳も兼ねて感心した。
「ほぉぉ!···じゃあ、天気も良いし二人でその辺散歩でもしてきたら?あ!怖いイケメンには気を付けルンですよ~?」
「ムッ···!姉ちゃんのトコには優しいイケメンが来ればイイんですよ~?」
「ふお~···」
柚雲がうつ向いて両手の指をワキワキワキワキ動かし、怪人くすぐり娘に変貌しようとしたので宇留はわざと「ひえ~」と棒読みしながらダイニングから退散した。
玄関でオリーブ色のハーフコートを羽織り、靴を履く。重めの金属の開き戸には菱形のステンドグラスが備えられ、それは黄、橙、茶色が散りばめられた琥珀をイメージしたようなデザインだった。
外の空気は冷たかったが日差しは心地よく、すぐに気にならなくなった。
歩く方向はヒメナに太陽が当たる方向に定め、遊歩道のような道を進む。
昨夜は暗く分からなかったが、綺麗に管理された公園のような敷地に同じ造りのログハウスが数件ある。全て護森の会社の保養施設か何かだろうか?
···俺、この後どうしたらいいんだろう?
宇留はどこか落ち着く場所を探して、ゆっくりヒメナに聞こうと思っていた時だった。
道の正面から動物が駆け寄って来る。大型犬?と思ったが違った。セントバーナード程もある赤い首輪を付けた巨大な茶トラ猫だった。
「ブニャ!」
「うわー!」
可愛げがあり優しくも、中年男性のような声で挨拶しながら上半身を起こし宇留にしがみついて来ようとする巨大猫。
宇留は驚くも、浮かび上がった巨大猫の両前足を咄嗟にキャッチした。爪は立てておらず、ボリューミーな肉球を宇留の腕にグイグイ押し付けながらヒメナの琥珀の匂いを嗅いでいる。
「アッカ!」
(アッカ!)
ヒメナともう一人、女性の声が聞こえた。巨大猫はゴロボロと喉を鳴らしている。よく見ると首輪に一つ琥珀があしらわれていた。すると巨大猫の向こうに長髪の女性が見える。怖いイケメンは来なかったが、怖い猫を連れた美人さんは来たようだ。
(►§ºµ¶!)
女性を見たヒメナは名前を呼んだ様子だったが、ノイズのような感覚があり、よく聞こえなかった。
「ごめんなさい、うちのコがホラホラ···」
「ウヌ」
巨大猫は宇留を離してお座りした。女性は巨大猫が引きずっていた首輪から伸びた赤いリードを上品な仕草で拾う。巨大猫は目を細めて宇留とヒメナを見つめ直した。
「おはようございます。私、“ここ„を管理しています。丘越 と申します」
女性の挨拶にヒメナは目を閉じ、何かを悟った表情を浮かべたが宇留は気が付かなかった。
「あ、はい。お世話になってます、須舞です······アッカちゃんって言うんですか?大きいですね?」
「ウフフ、こればっかりが取り柄で」
「ウィにゅ!」
「じゃあ須舞さん、何かありましたら呼んで下さい。はい!アッカ」
アッカは立ち上がり宇留の腕に首筋を擦り付け、女性と共に宇留達とは反対方向に向かう。
「ヌゴロ!」
アッカは妙な挨拶で鳴き、女性と共に立ち去った。その後すぐにプシッとくしゃみをしながら······
女性達と距離が取れた所で宇留はヒメナに聞いた。
「······あの人達も知り合いなの?」
(うん、元気そうで良かった。あと“困ったら来てくれる„って)
宇留は、護森とヒメナの“昔„や仲間、というキーワードを思い出していた。
疑問ばかり増えて取り残されてしまいそうだった。
(大丈夫だよ?)
「?」
ヒメナに心配された?表情に不安が出ていたのかもしれない。
(守ろうとする人同士が護り合えば、いらない気がかりを抱えなくてもいい)
しまったと思った。また心が下や後ろを向いていた。どうしようも無く、次々になだれ込んで来る責任の取りようも無い未知。
けれど結果的にでもアンバーニオンで、家族の住むこの街の何かを守れていたらいいな、と思うことにした。
上を向くとまぶしい太陽と、冬のくすんだブルーの青空に雲は無く、そこに白樺の木が映えて宇留の好きな切なイイ風景だった。
「うん!ありがとうね」
微笑むヒメナに礼を言った宇留はとりあえず、護森の帰りを待つ事にした。
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