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擬 人
しおりを挟む鹿松さんの夜勤のアルバイトが決まったのは、数年前のある夏の事でした。
部品整理補助という簡単な業務内容で、夜勤短時間高報酬。本格的な再就職の前に少しゆっくりしたかった鹿松さんにとって、恐らく好条件であろう仕事だったそうです。
その時住んでた市内にある先方の事務所で契約とか済ませて、仕事は三日後夜って事になって、勤務地の場所だけ聞いて帰って昼夜の生活リズム逆転の準備して···
今思えばカーナビあるから現地の下見はいらないか?って思ったのが悪かったですね?
年齢の割に枯れて見えるのが悩みだという鹿松さんは、過去に少しだけ漫画方面のクリエイターを目指していたそうです。
それは···なんか勝手に鮫の巣みたいな業界なんだろな?って勝手にビビって退いた感じっす。実力にも自信がなかったし······
そんな鹿松さんは就業当日の夜九時半。
隣町の山沿いにある作業場を目指して車を走らせていました。民家もまばらな道中、コンビニに寄れば良かったと後悔しながら車を走らせる鹿松さんを、コイン精米の看板の灯りが更にガッカリさせました。
フロントガラスに虫が当たるのを気にしながら、住所を登録したカーナビの指示に従い、山沿いを沿うように伸びた村道を右に左にと曲がって走り続け、その時は隣町にもこんな隠れ里のような道があるのか?と少しワクワクさえしていたと言います。
やがて道路はしっかりと舗装された林道に差し掛かりました。
そこから約一キロ先まで走り、カーナビが目的地周辺だと鹿松さんに告げました。
その道路の脇にある空き地に二階建てで大きめなプレハブ小屋みたいな建物があってですねえ?
曇りガラスからは煌々と明かりが漏れてたんで、ああ!ここか?と思いました。
ジャリジャリとタイヤで敷地内に散った細かい採石を踏みにじる鹿松さんの車の音に気付き、プレハブ小屋から出て来た小太りの男性が鹿松さんを出迎えました。
多分邪魔にならないであろう場所にバックで車を停車させ、鹿松さんはそそくさと車を降りて待っている男性に近寄りました。
「お世話になります···!」
男性はわかっているのか、「んん!」とだけ答えて鹿松さんの挨拶を遮ってプレハブ小屋の入り口まで戻り始めました。
鹿松さんは第一印象のアピールが空回りしたまま、男性の後に続きました。
その時は、その人達の車とか見当たらなかったので、まぁプレハブ小屋の裏に自転車とか原付とか停めてるのかな?位に思ってました。あとそのプレハブ小屋のあった周辺はいつ頃だったか冬眠しないクマが出た有名な所に近かったんで、敷地を囲う藪の隙間が怖かったですね?
プレハブの施設の中には折り畳み式のロングテーブルが幾つか組み合わせになっていて、もう5人位のオタクっぽい作業服を着た人達がボーっとテーブルを囲んでパイプ椅子に座ってたんです。
テーブルの中央には何故か大きい段ボールに入ったピーマンの山が置いてありました。
「えっと···?」
さっき出迎えてくれた人が空席の椅子を引いてくれたのでお礼を言って座って、自己紹介やら仕事の事やらを先輩に聞こうと思ったんです。
今思えばタイムカードやら始業前の細かい手続きやらも無くて、何で当時そこを疑問に思わなかったのか不思議でしょうがないですね?今でも。
椅子に腰掛けて始業を待つ間、重い沈黙がテーブルを囲むチームを支配していたそうです。
鹿松さんは声を出す事も憚られているように感じて一言も発せず、また目が合った先輩に軽く会釈でもしようかとも思ったそうですが、全員何処か一点を見つめたままで鹿松さんに興味を持つ人は居ませんでした。
さっき出て来てくれた人は隣接の部屋に引っ込んじゃうし、どんな仕事かもわからない。
とにかくみんな静か過ぎで焦ってたらスピーカーからプーー!ってアラームが聞こえたんですよ。
時計を見ると夜の十時。始業時間でした。モヤモヤしたまま仕事が始まっちゃったんです。
「まずはね?」
「は!ハイ!」
始業と同時に先輩達がピーマンを一つ手に取りました。
そして同時に一番席の近い人が自分に話し掛けて来たんです。どうやら作業内容を教えてくれる?と思っていたんですけど···
「これを見てね?思うのね?」
「へ?」
一瞬、訳が分かりませんでした。部品整理と聞いていたのに野菜?ってのもあったんですけど?。
そしてその先輩、声優さんみたいないい声だなと思ったんですけど、いい声のまま訳の分からない説明は続きました。
「思うというか?願うというか?動いて生きて欲しいィィィ!って思うのね?やってみて?」
「え?え?いやあ···」
もう困ってしまって。
そう説明されながらその先輩Aに自分の分のピーマンをつい受け取っちゃって、他の先輩達を見たら本当にうーん!とかぬぅ!ぬぅ!とか言って握ったピーマンを睨んでるんですよ。そうしたら今度は違う先輩がアドバイス的な事を言ってきたんです。
「心配しなくてもいいよ?僕のバーイね?美少女にナレー!とかモンスターにナレー!とか思ってるよ?えっと?リビ!リビぃ!···妄?想?、とかの方が手っ取り早いシね?ヒシシシシ!」
歯を見せて笑うその先輩Bのボロボロになった歯の隙間から、笑う度に息が漏れたていたそうです。
鹿松さんはこの時初めて先輩Bの瞳孔が濁っている事に気付きました。
その向こうでは、先輩Cが何か手応えがあったのか、
「うし!」
···などと納得したように、ピーマンを足下に置いた緑色の買い物カゴに放り込んでいます。
その先輩Cの向かいに座る先輩Dは、
「···そんな訳無いだろう!そんな訳無いだろう···俺がそんな事思ってる訳無いだろう俺はウラギリモンじゃない···ナイ!ナイ···」
、などとブツブツ言いながらピーマンの仕分けを続けていたそうです。
もうこの時点でなんか色々ダメだったんですけど、この時はまだ今回一日位は我慢して明日判断しようと思っていました。
前向きに考えようと思って、一時的に遠くなったように感じた耳を先輩Aの説明の続きに傾けたんです。そしたら···
「···あ~Dさんね?前の職場の寮でお隣さんとトラブルっていうか、奥さんが隣の部屋に越して来た女の子相手に一方的な疑心暗鬼に陥っちゃったらしくて嫉妬されて出てッちゃったみたいでねぇ?職場でも上手くいかなくてここに逃げて来ちゃったんだよ!ま!きっとウソだろうけどね?」
···みたいな事を言うので、うわぁ···そんな事普通人にわざわざ言う?···と正直引きました。
そんな先輩Aのヒソヒソ話に鹿松さんの心の赤信号は増える一方だったようです。すると先輩Aは、握っていたピーマンをポロッとテーブルの上に置きました。
「でもあんな風に強いキモチ利用して上手にね?強いオモイを入念するとだね?こうなるから!こうなればイッコ成功!」
そのテーブルの上のA先輩に握られていたピーマンがモコモコと生き物のように動いていました。
呆気に取られていると先程の小太りの男性がゆっくりと扉を開けて作業場に入って来たんです。
その時その人の後ろを誰かフラ~っと横切ったんですけど、明らかに人じゃ無かったんですよ。なんか全身緑色で体は枝みたいに細くて···
鹿松さんは手に持ったピーマンを山に戻すと立ち上がり、このプレハブ小屋から逃げようと決めたそうです。
「すいません、帰ります」
「え?」
言葉を返したのは先輩Aだけで、その他の先輩達はほぼノーリアクションでした。
車に戻って乗り込もうとすると、何故か先輩全員が外に出て来ていて整列していたんです。
開いた扉から漏れる部屋の明かりで逆光になって表情は分かりませんでしたけど、全員人形のようにビクともしない直立不動なのがもう不気味で仕方が無くて···
もう意味不明過ぎて半分イライラしながらエンジンを始動して、ライトを付けると同時に発車した時に、まぁありきたりですけど····
見ちゃって······
車のヘッドライトに照らされた従業員達の姿は、膨らませたゴム手袋のように全身がパンパンに膨れ上がり、目はピンポン玉のように飛び出し、そして少し宙に浮いていたそうです。
そのまま荒い運転でもと来た道を引き返しました。後ろからあの人達が飛んで追い掛けて来るって想像が止まりませんでしたね。
その遁走の最中、鹿松さんのスマホに着信がありました。
途中にあったコイン精米の駐車スペースに車を停めて着歴をチェックすると、あの職場から五件、そして最新の着信は手続きを担当してくれた人の番号でした。
正直もう連絡もしたくなかったんですけど。あの職場からの電話はともかく、担当者にはもう無理と伝えてみる事にしました。
あんな所には通えない旨を伝えると、もう現地に着かれましたか?と言われ、どうも話が噛み合わなくて言い争いのような口調になりかけた時に、ピーマンで訳がわからない!、と告げたら担当者の人の口調が変わったんです。
「···ひょっとして南側の道から現地まで向かわれましたか?」
、と焦りを圧し殺すような静かな口調で言われたので「だと···思います」と答えました。
どうやらあっちも何かを察したらしくて、今日はもう休んでいいとか、現場には言っておくとか、次回から遠回りですけど明日は北側のルートから向かって欲しいとかの指示がありました。
結論から言うと自分が行ったあの変な職場は、本当の職場では無かったんです。
なので今度は日のある明るい内に北側のルートでナビをセットして下見に向かうと、あっさりと正式な職場にたどり着きました。
小規模ながら真新しい近代的な設備の工場で、今度は社名もしっかり確認して···
なんだったんだ?と思いつつ、今度はあのプレハブ小屋の確認をしたくなりました。この工場の前の道を真っ直ぐ走れば、道端にある筈なんですよね?
今度は北側からのルートで例のプレハブ小屋へと向かった鹿松さん。そしてそこには、確かにプレハブ小屋がありました。
あったにはあったんですが、窓ガラスは全てサッシごと取り外され、壁や天井も一部無いブロックも散見される吹きさらしになったプレハブ小屋がありました。
敷地は雑草まみれで、とても昨日まで動いていた職場とは思えませんでした。
その後、鹿松さんは特に事情を深掘りする事無く予定通り短期間の勤務を終えたそうです。
そして遅刻しそうな時でも二度と深夜に南側ルートを通る事はありませんでしたが、交通費だけはかなり多目に支給されたとの事です···。
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