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淵の主
しおりを挟む九月下旬に夏休みを取っているレアな皆様。
お元気ですか?
ふふ···ふふふ······。
今回は私がプライベートで訪れた、とあるスポットのお話をお送り致します。
取り寄せた資料の中に、頼んだ覚えの無い地方のタウン誌が紛れていました。
一応、タウン誌に一通り目を通してみると、その地元に伝わる伝説を紹介する特集が一編掲載されているのが目に止まりました。
それを見てピンと来た私は急遽、休日の旅先をその地方に変更する事にしたのです。
特集では、その地方の内陸部と沿岸部を行き来する街道沿いに流れる川のとある淵。そこに住む主が、旅人を淵に引摺り込んで食べてしまう。という近代以前の恐ろしい伝説を紹介していました。
主の正体については詳細に明記されてはいませんでしたが、ソースになった文献の現代語訳によると、どうやら主は水属性系統の妖怪的な存在のようです。
ですが一般にキャラクターとしてよく知られている妖怪の明確な種類。それは特に曖昧なもので、よくわからないもの。という説明が一層主の正体の不気味さを醸し出します。
現地は記述の通り、内陸部と沿岸部を結ぶ街道にあるそうですが、その淵がある川沿いの街道は現在旧道になっている模様で、旧道がかつて役目を譲った交通量の多い新道を通り、現地を目指します。
淵のある旧道の入り口は、大きなトンネルの左脇に分岐する形で別れていました。
旧道の向こうに見える地形は確かに川がある事を予感させます。
旧道を進んで行くと、道はやがて例の淵があるであろう川と並びました。そしてこの付近は、全くと言っていい程他の車や歩行者等を見かけません。
すると、淵付近の目印になっている対岸の林道へと入る短い橋を発見しました。
車を安全なスペースに駐車して周辺を探索を開始します。
橋の中程から、木陰になって見えなかった淵もすぐに確認出来ました。
急流に長い時をかけて侵食され、抉れた岩のポケットにワンクッションするようになだれ込む清水が、ドロドロと透明な渦を巻いています。
橋を渡り切った私の目に飛び込んで来たのは、道端の大岩をくりぬいて作られた簡単な祠でした。御神体と御神酒、小さい燭台らしきものがひとつ置いてあります。
よく見ると御神体の岩には水神と書かれています。
ふとある事に気付き、私の動きが止まりました。
御神酒の瓶の表面が、冷蔵庫から出したてのように綺麗に結露しています。
ラベルは劣化しておらず、置かれたばかりのもののようです。
そして結露した瓶の表面には、真新しい人の指の跡が付いているのが見て取れました。周囲に人の気配は全くありません。薄ら寒いものを感じたので手を合わせ立ち去る事にしました。お邪魔をしてはいけませんからね?
この水神はタウン誌の特集でも紹介が無く、淵の主を祀ったものなのか?また淵の主を調伏した神仏のものか、またそれ以外か?インタビュー出来る近隣住民も周辺に居ない為、その調査は後回しにする事にしました。
再び淵を眺めながら短い橋を旧道まで戻り、橋を渡り切って左右を確認した時でした。
「!」
左側、丁度淵の対岸。その旧道を挟んで山側の藪から なにか の影が半身を覗かせていました。
身長は二メートル前後。長いざんばら髪を乱した大きな頭部に樽のような寸胴の胴体。そこから細く長い末端肥大の手足が伸び、こちらを窺うように藪から身を乗り出した怪物の影。
ただただ本当に影だけでした。
恐らく実物の主でも主の幽霊でも無いのでしょう。こういう時特有の怖じ気も無く、存在感も無い。
影はすぐに影送りのようにフッと消えてしまいました。
ふと思い立った私はある予感に突き動かされ、その影が立っていた場所に駆け寄っていました。
影が身を潜ませていたであろう場所。その藪に辿り着いてやっと、主の考えに触れられた気がしたのです。
淵の主が旅人を捕えていたであろう方法。
淵の側を通り掛かった旅人は、淵の主の存在を知る者は淵の方だけを警戒し、知らない者も美しい淵に注目していた事でしょう。
そして今よりもずっと草の生い茂っていたと思われる当時。
淵と街道を挟み、淵とは真逆の方にある山側の藪に潜んで機会を待っていた主は、旅人を背後から淵に押し込もうと、影からその隙を狙っていたと考えられます。
藪の木陰は水中生物であるの主の肌を乾燥から守り、主に一時の居場所を与えると共に、知略家の襲撃者は旅人が思っていた場所とは正反対の場所から襲い来る。
まさに藪から棒。青天の霹靂。
私が見た影、そこで感じた事。
それらは全てこの場所そのものに記録された残留思念とでも言うのでしょうか。
犠牲になられた方の最後の思いや、淵の主の執念に私が触れただけかもしれませんし、私の探究心に反応した祠の神が見せた幻かもしれません。
最後に私は犠牲になられた方に対し手を合わせ、淵の歴史を垣間見せてくれたこの場所に敬意を表し、その場所を後にしたのでした。
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