くのこは奇妙現象集

芋多可 石行

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 前掲の【外骨格】にて紹介しましたV村の高濃縮原料流出事故についての情報を得る機会がありましたので、その際起こった事を報告させて頂きます。


 情報提供者の方は、我々が活動の一環として日頃お世話になっている某小説投稿サイトのリンクから、SNSを通じてコンタクトを取ってきました。

「V村の新型精力剤原料流出事故の噂について知っている」

 暫く足を動かしていなかった私は、謝礼と面会場所の交渉をすぐに済ませると、情報提供者の男性、j○@○5さん(仮名)と会う事にしました。



 指定の場所は甲信越地方のとある旧主要道沿い。
 ドライブインとトイレ休憩所、道路情報センターが一体となった道の駅的な役割をかつて担っていた施設。
 しかし今では、かろうじて解放されているようなトイレ休憩所だけが残され、一台も車が停まっていない広い駐車場はアスファルトの隙間から細かい雑草が伸び放題、ここを訪れる人は恐らく少ないのでしょう。
 トイレ休憩所の手動扉を押して入ると、休憩ブースには簡易的な丸テーブルとプラスチック製の椅子が乱雑に置かれており、その奥の壁にはテレビが備え付けられていました。そして左側にはかつてドライブインへの連絡通路だったであろう狭い出入口、そして右側には男女別トイレがありました。
 私が時間を確認しながら椅子の数に違和感を感じていると、閉まっている男子トイレの扉の奥から男性の声が聞こえてきました。
「あんたか?」
「?、j○@○5さんですね?」
 私は扉に近付き少しだけ扉をスライドさせ、謝礼の入った封筒を差し入れます。中の男性は粗暴そうな口調とは裏腹に弱々しく封筒を受け取り、ゆっくりと扉を内側から閉じて鍵を掛けました。どうやら椅子の一つを内部に引き込み、扉の向こうに座ってこちらを向いているようです。


 その男性は、かつてV村にあったサプリメント工場に勤務していた元職員を名乗りました。しかし現在では、そのサプリメント工場は閉業しています。
 流出事故に関する様々な噂は、主にこの工場の退職組の間で流れていたもののようです。


「···当時あの工場では精力剤系商品の製造はしていなかった。事故後は参ったよ、ニュースでもハッキリ言わないもんだから色々言われたり野次馬が増えたり、ゾンビは居ないか聞かれたり、お兄さんも知ってるかもだけど一部の大人向けコンテンツの格好の元ネタにもなったっけなぁ?···でもあの会社、後ろめたい事があったからV村からなんやかんやあって撤退したんだろう?···だから個人的に色々調べて回ってみてんだよ?」


 男性が入手した情報によると事故を起こした中型タンクローリーは、V村の外れにある鉱山跡に時々出入りしていた車両らしいとの事でした。
 その鉱山跡は、何処かの大学が何らかの研究の為にプレハブの仮設研究棟を設けていたようですが、こちらも流出事故後に不自然な撤退をしています。
 
 大学の研究チームと思われる団体の退去後、j○@○5さんはさっそく鉱山跡の調査に向かったそうです。
 特にこれといった収穫も無く調査を終えようとしていた所、j○@○5さんは広場近くの岩場に落ちていたコーヒーの空き缶に目を奪われました。

「···ふとその空き缶を拾ってみたんだ、カラカラと乾いた音がしたんで中を見たり缶を振ったりしたら、中から紙を丸めたようなのが出てきた。コーヒーの染みが付いてて汚えなと思ったんだけど大分乾いてたから手に取って広げてみたんだ。最初は何て事ない麓のコンビニのレシートだと思ったよ。レシートはクシャクシャで文字は読みづらかったけど、多分この缶コーヒーだと思う記載もあったし、でもそのレシートの裏にね?メモが書いてあったんだ」


 8  ○○日 14じ


 8という数字と、日付と時間?

 この缶コーヒーの空き缶とメモは、研究団体が鉱山跡に残した物なのでしょうか?


「このメモがどういう状況でとられたものなのかは予想するしかねぇけど、○○日の正午過ぎと言えば事故のあった頃と一致するんだよな?これはめっけもんだと思ってもう少しだけ踏み込んでみる事にした。そしたらえらい情報に辿りついちゃって」


 j○@○5さんは、○サイトまでをも利用し、【8】に関する情報を探ったといいます。
 そこで見つけた【8】に関する情報はj○@○5さんの予想を越えるものでした。


「まぁ色々出て来たには来たんだけど?【8】っていうのはどうやらフェイズなんとかでも上の方に分類されるクラスの特殊な生物科学薬品の隠語だという事が分かった。その横流しのページまで来てネカフェのパソコンがおじゃんさ。いやあ、えらい目にあったぜ。でも書いてあった事が本当なら【8】は地球外由来の特殊な物質ゆえに希少性が高く···って書いてて···本当かアレ?んー、あとは···なんだっけ?生体実験で皮膚と皮膚の間にマイクロマッスル?要は皮膚の中に細かい筋肉の精製を促したとか書いてあったな?···ってねぇ?何が言いたいかって言うと、あの日事故った車に載ってたのは新型精力剤の原料なんかじゃなくて、その【8】の運搬がその炭鉱跡に行われてたっていう高イ可能性ガ証拠がワカッタんだよ!···ゴホッ!ゲホ!ゴプェオップ!!」


 体調が優れなかったのか、急に違和感のある口調へと変わっていったj○@○5さんは、咳き込むと同時に嘔吐したようです。
 大丈夫ですか?と声を掛けてみたものの、扉の向こうの様子を窺い知る事は出来ません。相変わらずビチャビチャという液体の音は止まる事を知りません。

 ドゴンッッ!!

 するとトイレの壁を強く叩くような、聞き覚えのある音が響き渡りました。その後、口を開いたj○@○5さんの声は、まるでヘリウムガスで声を変えたような、高音でか細いものになっていました。


「···すまねェなお兄さん、今日はコこまでのよウだ。謝礼アリガトよ?これで暫く困らねぇ、ジャナ?」


 鍵の掛かったトイレの中で、ガタガタと音がしました。どうやらj○@○5さんはトイレの窓から外に出ようとしているようです。
 施設の外へ飛び出した私は、建物を回り込みトイレの裏へ向かいました。

 するとそこには、j○@○5さんだったと思われる異形な存在の姿がありました。

 泥水のスライム。

 茶色く濁ったスライムは、ビシャビシャと音を立てながら小石を体にまとわり付かせ、裏手にある川の方へと逃げて行きました。

 ドゴン!
 
 再びトイレの壁に強い衝撃音。
 目にこそ見えませんが、何かがそこに居るようです。まるで巨大な昆虫にでも睨まれているようで、余計な動きをする気にも至れません。

                           レークラーサーイヘクピフドゥムアーフォキィレイマーーーーゥ、ルーゥー···

 休憩所からは勝手に作動したと思われるテレビから、謎の音声が漏れ聞こえてきます。
 私は暫くその気配と向き合っていましたが、明らかに殺気が途切れた瞬間を待って施設正面に戻り本部へと連絡しました。



 調査の結果。

 男子トイレからは未知の物質が検出され、暫くそのトイレ休憩所は閉鎖になるようです。

 j○@○5さんは詳細な個人情報が明らかになりました。九州地方から働きに出て来ていて、サプリメント工場を退職後は本人の供述通り、失業給付を受けながらネットカフェを転々としていたようです。
 大学の研究団体というグループについて当該の大学に問い合わせた所、そのようなグループは存在しないとの一応の回答を頂き、どうやらそのグループは看板を偽っていた事も判明しました。

 例の【8】という成分についても、j○@○5さんが見たという情報通りのようです。たとえ真実として世間に公表されたとしても、恐らく多くの人が突飛すぎると逆に嘘臭さを感じる事でしょう。
 と言っても本当に地球外由来成分の裏取引などあり得るのでしょうか?
 ここでは詳細を省かせて頂きますが、実際にそのような取引を行う組織が存在する情報を我々は掴んでいます。
 V村周辺で出回っていた噂は、【8】を使用した実験が極秘裏に行われていた事を示唆していたとしか思えません。
 
 団体は皮膚を筋肉化する薬品を使って何をしようとしていたのか?j○@○5さんは何故泥水のような姿になったのか?
 そして再び発生した例の音声を起因とする不可思議な現象。
【8】は間違い無く、例の音声に登場する【異星】と関連する物質なのかも知れません。



 最後に···
 スライム化したj○@○5さんの姿を見て、コーヒーみたいだな?と思ったのはここだけの話です···。どうかご無事でいらっしゃるといいのですが···。


 フフ···フフフ···

























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