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五章 異変

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「朝よー! 起きなさーい!」
 この日もまた、母の怒鳴り声が響いていた。女子力が向上した私だったけど、朝の弱さは未だに改善されていないみたい……。
「今日から学校でしょー! 遅刻しちゃうわよー!」
 はっ、そうだった! 今日から学校なんだ!
 真妃や綾子と遊びに行って、気の向くまま料理と裁縫に打ち込むだけの夢のような日々は昨日で終わってしまっていたのだった。
「あーあ、学校かー、面倒くさいなー」そう言いながら、渋々布団から這い出て寝間着を脱ぎ始めた。

 雑に制服を着た私は、駅までの道を一人で歩いていた。
「また満員電車かー、でも、これでようやく琴姉に会えるんだわっ!」
 私は結局、夏休み中には琴乃に一度も会うことができなかった。そしてその寂しさから、今ようやく解放されるという期待感に胸を弾ませていた。しかも学校に行けば、真妃や綾子だけでなく、家庭科部のみんなが待っている。そんなことを考えているうちに、学校に通うことや満員電車に乗ることの煩わしさはいつの間にかどこかへ消え去ってしまっていた。
 私はウキウキしながらカバンのポケットから定期券入れを取り出し、改札にタッチした。

 ピンポーン。

 突然改札機が鳴り、ゲートが閉まってしまった。
「はっ! 何っ⁉」
 後ろからも次々と背広や学生服を着た人々が迫っていた。私はペコペコしながら困惑して列を抜け、自分の定期券入れを見た。そこには『2019.8.20』と大きく書かれていた。
「そういえばここ数日は電車に乗っていなかったっけ……」
 どうやら女子力が向上しても、ドジっ子はドジっ子のままみたいだった。

 何とか学校に辿り着き、始業式を無事に乗り越えた私は、ホームルーム中も、ぐったりと机に突っ伏していた。
「あー、疲れたー」
 朝からのドタバタもあり、私はすでに疲れ切っていた。
「おい、大丈夫かー?」
 聞きなれた声が前方から聞こえてきた。琴乃だった。
 私は突っ伏した姿勢のまま顔だけ上げると、「どうした、何かあったか?」そう言われながら頭を撫でられた。
「琴姉……」安堵の気持ちから、私はまた顔を伏せてしまった。夏休みの間、疎遠になってしまった琴乃との距離は今日になってグッと近づいた。なんと、今日の席替えで、琴乃の席は私のすぐ前になったのである。
 これでいつでもおしゃべりできるぞ~!
 そんなことを考えているうちに私は眠りに落ちてしまった。

 ペシッ!

 私の頭に痛みが走った。
「痛ったーい……。あれっ……?」琴乃のデコピンによって私はすぐに現実に引き戻されてしまった。
「あっ……」
 周りのみんなは立っていた。私はすぐに状況を察知し慌てて席を立った。
「じゃあなー、部活頑張れよー。私は理科部行ってくるわ」そう言って琴乃はさっさと行ってしまった。
「ちっ、ちょっとー!」
 私はすぐに追いかけようとしたが、目線の先でおしゃべりしている真妃と綾子を見つけると、すぐに気が変わった。
「あっ! おーい、真妃ちゃーん! 綾子ーっ!」
 そう言って私は彼女たちのもとへと走り寄った。
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