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十章 悪魔のグループ

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 結局あの時以来、舟渡はこれまで通り的場と二人っきりのイチャイチャ学校生活にどっぷり浸かってしまい、彼が一人になるチャンスが再び私のもとへ訪れることはなかった。
「えー、それじゃー、この(4)の問題を……」
 頬杖を突きながら、まともにノートも取らず、今日も私は普段通りのつまらない時間を過ごしていた。数学は数学でも今日は数A。数一の先生とは違い、無茶ぶりな指名はしてこない人だ。大体当てる人は優等生の女子か成績不順な男子と決まっている。そして今回ももれなくその通りだ。成績の良し悪しでも目立たなかった私にとっては何の影響もなかった。今日は珍しく、目の前の琴乃もなぜかあまりノートを書いていない。いつもまじめだから、たまにはなまけたい日もあるのだろうか。
 そんなことをぼんやりと考えているうちに、授業終了のチャイムが鳴ってしまった。
「ええ……と、次は……、あっ、地理!」
 次の授業は、問題の地理教室での授業。この授業になると相変わらず私は後ろからの視線を意識してしまう。舟渡もそうだが何よりも厄介だったのは的場だった。文化祭であんなことがあってから的場は以前よりも目に見えて私のことを敵視してくるようになっていた。
 誰だよ……。何だ、舟渡か~。
 授業中、舟渡もこの前私とした約束のことを忘れてしまったのか知らないけど、やはり以前のように顔を赤らめ恥ずかしそうに私のことをちらちら見てくるのだった。
 あるいはもしかして……。
 そしてそんな舟渡を見ていると私まで恥ずかしくなってドキドキしてしまう。しかし、このドキドキ感が最近なぜだかたまらない。私は夢を見ているような思いに浸っていたが、そんな私を解いてしまうのは相変わらず的場の嫌らしい視線だった。ここ最近の的場は、目を細めて私をにらみつけてはすぐに目をそらし、まるで私をからかっているかのような視線の運びをしてくる。彼女はもともと丸っこいたれ目をしているので、舟渡と一緒にいる時みたいに笑顔でいてくれればそこそこかわいいかもしれないけれど……。今の私にとっては愛しの人を奪おうとするただの醜い邪魔者にしか見えなかった。

 キーンコーンカーンコーン。

 ――この日の戦いも終わった。地理の授業の時は相変わらずひどかったが、最近はそれ以外の授業でも舟渡と的場は私の平常心を乱してくる。特に的場に限っては授業中だけではなく休み時間も私にガンを飛ばしたり舟渡とのラブラブな姿を見せびらかしたりしてくるのであった。
 ちっ! おまえが何もしてこなきゃこっちは何もしないっつーの!
「おーい、授業終わってるぞー」
 不機嫌そうにそう考えていた私に琴乃が話しかけた。
「あっ……」
「何だよ、また舟渡かー」琴乃は少しあきれ顔だった。
「ま、まあ……舟渡もそうだけど……」そう言おうとした瞬間、またあいつが来た。

「ね~え~、今日はどこ寄って帰る~?」
「あっ……、ああどこでもいいけど、ごめん今日は予備校が……」
「え~、そうなの~。あらっ、地味でボッチな西谷さんだ~」

 的場は舟渡の制服の裾をつかんでやや強引に腕を引き寄せながら私の前に歩いてきた。しかも嫌らしいことにこっちが視線をそらしても、わざと私の視界に飛び込もうとする。
「あっ、おまえら……」琴乃も思わず声が出た。頬を染めておどおどする舟渡の隣で的場はにっこり笑いながらもどこか蔑むような目つきでこちらを見ている。
「あっ、ごめんなさいね~。別にあなたに用なんかないのよ。じゃあね~」
 そう言うと的場は舟渡の腕を抱きしめながらやや強引に引っ張り気味に立ち去って行った。
「くう~っ! 誰がボッチよ!」
「あーあ、冷戦だな、こりゃ……」不機嫌そうな私の横で琴乃は呆れかえっていた。


「あー、やっぱここが一番落ち着くわー」
「うふふふっ、おいしいお菓子もあるもんね~」
 部屋の片隅に置かれたソファーに座って談笑していた。もはや今の私にとって教室にいる時間はすべて戦闘中。常に二つの視線と戦っていなければならなかった。そんな事ばかりしているので、下校時刻になるころには精神的に参ってしまっていた。結局今の私にとっては、ここ、家庭科部と真妃たちだけが最後のよりどころとなっていた。
「百合ちゃん、お疲れ様。今日も大変だったの~?」のほほんとした声で真妃が話しかけてきた。
「ほんと、勘弁してほしいよ。毎日毎日こっちを見てはガン飛ばして、しかも舟渡とイチャイチャしてるの私に見せつけてくんだよー。もう最低だわあいつ!」
「まあーっ、百合ちゃんすごいね~。きっと萌花ちゃんも舟渡くんって子のことがものすごく好きなんだよ~」
「やっぱそれかー。あーあ、めんどくせー」
 真妃の言う通り舟渡への恋愛感情の強さが私に対する敵意を沸き立たせているのだろうか。
「あっ、そういえば、真妃ちゃんって好きな人いないのー?」
 ふと疑問に思った。恋愛に関して私以上に敏感そうな真妃ならもうとっくに彼氏の一人や二人くらいいてもおかしくないと思ったからである。しかも真妃はきれいとか美人とかいうよりも、どちらかというとふわふわかわいい系女子なので、それ好みの男子からすぐにアタックされるんじゃないかと思った。しかし、真妃の答えは意外なものだった。
「えっ、いないよ」
「えっ? 嘘でしょ⁉ だってもう十月だよ。それに、真妃、ふわふわしててかわいいし……」
「うふふっ、ありがとう。でもね、ほんとにいないのよ」
 何と真妃は彼氏持ちではないようだ。私はさらに疑問をぶつけた。
「えっ、でも正直も彼氏ほしいでしょ?」
「……ん~、まあね~。お菓子一緒にたくさん作って食べてみたいよね~」
 やっぱり正真正銘の食いしん坊だ。彼氏はなんとなくほしいみたいだけれど、それ以上にお菓子のことで頭がいっぱいのようだ。
「うふふふっ、でも今は彼氏よりもやっぱりおいしいお菓子の方がほしいかな~。ふふっ、このままじゃ彼氏なんか一生できないかもね~」
「もー何言ってるのよ! わかんないよ~、恋愛に興味なし、縁もなし、そして根暗インドア派だったこの私でさえ今こんなんなんだから~」
 クッキーを頬張りながらのほほんとする真妃を見ながら、私はそう言った。
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