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十二章 直通運転

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 夜も明ける前のこの頃から、人々は今か今かと待ちわびていた。
 十一月三十日、その真新しい駅舎の入り口は人々でにぎわっていた。厚手のコートを着ながら手をこすり寒そうに待ちわびる遠方から訪問者。物珍しい光景だと、散歩ついでにスマートフォン片手に立ち寄った人々。腕章をつけ、肩に機材を構えたメディアの取材クルーたち。シャッターが下りた入り口の傍で声を張り上げる駅係員。この日、その新駅はまたとない活気であふれていた。

 シャッターが音を立てゆっくりと開く。ついに旅客営業が開始された。カメラを構えた人々は、シャッターを切るとすぐにシャッターをくぐりぬけ構内へと入っていった。竣工したばかりの現代的な駅舎はすぐに人々で埋め尽くされた。
「走らないで下さーい!」
「押さないで下さーい!」
「一列に並んでくださーい!」
 ざわつく構内に駅係員の声が響きわたる。
 構内の券売機へ列をなす人々を横目に、改札を抜け、地下ホームへと急ぐ人々がいた。ショルダーバックやリュックサック、一眼レフや三脚、折り畳み式の踏み台を抱えながら走る彼らの目的はただ一つだった。

 その時が近づいた。対面式の真新しい地下ホームに列車の接近を知らせるアナウンスが響き渡る。天井の案内表示器が点滅し始める。トンネルの奥からは轟音と共に、風圧による向かい風が吹いてくる。
 前照灯の光が差し込んだ瞬間、シャッター音が響きだす。強い風圧とともに一番列車が入線する。ネイビーブルーの車両が甲高い回生ブレーキ音を響かせながら人々のもとへ滑り込んでくる。それと同時にまばらだったシャッター音はまとまり、一つの大きなBGMのようにホーム全体に響き渡った。
 時折、歓喜の声が聞こえる中、一番列車のドアが開いた。この駅からの始発であるその列車の車内の先頭は、記念すべき瞬間を目の当たりにしたいという人々ですぐににぎわった。車内を撮影する者。ビデオカメラを片手に乗務員室をのぞき込み運転台を凝視する者。ホームに降り立ち、真新しいホームに停車する車両にカメラを向ける者。ホーム天井のスピーカーにマイクを取り付けた一脚を近づけ、アナウンスを録音しようと試みる者もいた。

 五時五十五分、発車のアナウンスが鳴り終わるとともにドアが閉まった。一番列車は乗客を乗せ、都心方面へとつながるトンネルを駆け上がる。ネイビーブルーの車体が遠く、小さくなっていく。ホームで佇む人々はその赤い尾灯が見えなくなるまで、シャッターを切りながら見届けていた。
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