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十一章 興味本位で

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 冬になった。楽しかった文化祭やハロウィン、大変だった中間試験やレポート課題を終え、十一月も終わろうとしていたこの日、私はいつも通り二人の視線と闘いながらつまらない時間を過ごしていた。
 しかし、以前にも増して状況が悪化していた。
「おーい、移動教室だぞー」
「あっ……、うん」
 琴乃がやってきた。教室での席順。これまでは私の前にいた琴乃はもういない。中間試験が終わってすぐに行われた席替えによって私たちは離れ離れになってしまった。そして私の席はというと……、なんと最前列! 以前の三列目より前方に近くなってしまったうえに、最前列なんて……。もう先生の目を逃れることも居眠りをすることもできなくなってしまっていた。
 そして問題はさらにあった。
「あらっ、今日も相変わらず能天気なのね」的場の声だ。
「ほら、さっさと行くぞ!」そしてそれを遮るかのように琴乃が言った。
 後ろをちらっと見た。
「うふふっ」
 またニタニタ笑っている。
「あの……、何か……?」後ろに向かって私は言った。
「いいえ、何でも」
「何でもないんだったやめてくれない……」そう言い返えそうとしたその時、琴乃が阻止した。「構うな。もう行くぞ」
「百合絵おまえさ~、いくらあいつが後ろにいるからって、ちょっと気にしすぎだよ~。あんなやつ無視すりゃいいんだよ」
「そんなこと言われたって……。あいつ、私のことずっと監視してるし、嫌がらせだってしてくるんだもーん」
 そう、今の席はまるで監獄だった。なんと私のすぐ後ろに的場の席があるのだ。しかもそのさらに後ろの列の私から見える位置に舟渡の席もある。私は常に後ろからの舟渡の視線を感じながらもそれによる身体反応を一切見せないようにする必要があったのだ。席替えして間もないころ、私は油断して舟渡の視線で体が火照り落ち着きがなくなってしまったことがあったが、案の定、すぐ後ろの的場から疑われ罵声を浴びせられてしまった。
「しっかし……やっぱおまえ、本当にあいつと縁があるんだな~。……驚いたよ、おまえの新しい席知ったとき」
「チッ、こんなの腐れ縁よ!」こんな席配置になってしまい、もはや反論することもできなくなってしまった。
 私のすぐ後ろが的場の席になってから、やつの私への嫌がらせはもちろんエスカレートしていた。以前は、遠くから睨んだり、無視したり、舟渡と一緒にいるところを見せびらかしに来る程度のものだった。しかし今はそれだけではなく、列ごとに配るプリントを私から受け取るときにわざと勢いをつけて紙の端で指を切ってしまいそうな状況を作ったり、先生に指名された問題を私が間違えて答えてしまった時には、気付かれないように「バカ」とか「能無し」とか書いた付箋を背中にこっそり貼り付けたりしていた。


「はい、あ~ん……」
「あ~……ん~、んっ! おいしーっ! やるねー真妃」
「えへへへーっ」
 もはや私にとって学校での安寿の地はここだけになってしまった。今日の家庭科部では手作りスィートポテトと既製品の紅茶をアレンジした創作紅茶を囲んでのお茶会、いや試食会が開かれていた。私と真妃そして綾子は今日も同じグループで料理を作ってはそれを食べながら幸せを感じていた。ここには普段の教室での私の席のような殺伐とした雰囲気は全くない。みんなほのぼのとしており互いに誰かを監視することなども全くない。まさに今の私にとっての理想郷だった。
 試食会の時間もあっという間に過ぎてしまい、私と真妃と綾子は先ほど食べたスィートポテトについておしゃべりをしながら校舎横の道を歩き校門へ向かっていた。
「あ~っ」
「おっ、奇遇だなー」
 学校を出ようとするところで琴乃と出会った。部活の活動日も終わる時間も違うので普段こんなことはめったにないので、今日は偶然だ。私たちは琴乃と合流し四人で下校することとなった。
「ね~、今日の真妃のスィートポテト、めちゃくちゃおいしかったんだよ~」
「へえ~、何か特殊な調味料でも入れたのか? グルタミン酸ナトリウムとか?」
「ううん、別に何もしてないよ~」
「とか言っちゃって、真妃絶対何か隠し味でも入れたんでしょ。」
「あっ、真妃ー、もしかしてまた何か分量ドジっちゃって、それでたまたまおいしくなったとか?」
「う~ん……、ふふふっ……、ほんとにそうかも」
「ははっ、何だよそれ」
 私たちは相変わらず今日のスィートポテトについておしゃべりを続けていた。
「あっ、そういえば琴乃ちゃんの部活ってなあに?」突然、真妃が訊いた。そういえば真妃と琴乃は普段会う機会もないし、互いのことよく知らなかったんだっけ。
「えっ、ああ、理科部だけど」
「ふーん、そうなんだ~。なんだかおいしそうじゃないね~」
「はあっ⁉」
 さすがは真妃。まじめな琴乃相手でもブレることはない。

 そんなこんなで結局最後まで家庭科部の話かお菓子の話を続けていた私たちだったけど、真妃と綾子は途中の駅で下車してしまい、私と琴乃はいつものように二人っきりになった。
「あっ……そういえば今日、横浜でちょっと買い物して帰るんだけど……」
「えっ、ついていっていい?」
「いいけど……、文房具とかだぞ、買うの。あっ、あとは新しい百合絵観察手帳……」
「ちょっ! 何よそれ~⁉」
 私は横浜で買い物をするという琴乃に付き合い、駅ビルにある雑貨屋を一緒に回った。
「あー、何とか買えた。これないと困っちゃうんだよね~」
「まさか、手帳のことじゃないでしょうね」
「ぷぷっ……」
「あー! 何よそれ~!」
 琴乃はやけに芯が細い製図用シャーペンとルーズリーフとポケットに入るようなサイズの手帳を買った。本当に私の観察用手帳に仕立て上げる気なのだろうか。
 改札に向かって歩いていると、どこもかしこの店でもクリスマス関連の広告や商品を目にした。
「あーあ……もうすぐクリスマスか~、私も好きな人と一緒に過ごしたいな~」
「ん? 好きな人?」
 私はとっさに、「あっ、もちろん琴姉のことは好きだよ。でも……」といった。
「はあっ? いいよ別に。そんなこと気にしてないし」琴乃は特に気にしていないようだった。
 私たちは買い物を終え、再び電車に乗り帰路についていた。普段乗りなれている電車の車内で見慣れないような広告を見つけた。

『相互直通運転……、ダイヤ改正……』

 広告をよく見ると、どうやら私たちが乗っているこの路線は次の土曜日の十一月三十日にJR線と直通運転を始め、それに伴いダイヤ改正が行われると書かれていた。
「琴姉知ってた? これー」私は広告を見ながら訊いた。
「あ~あれだろ、相鉄とJRの相互直通運転。あんなのニュースでもやってたわ。確か乗り換えなしで渋谷とか新宿とか……、埼京線方面まで行けるようになるって言ってたっけ……。まあ、神奈川の田舎住まいの私たちにとってはありがたい話だな」
 やっぱり、琴乃が知らないわけないか……。そう思っていたが、私はあることを思い出しニヤニヤが止まらなくなっていた。そして口に出てしまった。
「ふふふっ。これで舟渡とより一層つながるってことになっちゃう……。グフフフッ……」
「ああっ? なんだそれ? どういうことだ?」
 私は相変わらずうれしさで気が高ぶっていた。
「あっ、実はね、この前学校帰りに舟渡とあいつをずっと尾行しちゃったんだけど、舟渡って北赤羽駅の近くに住んでるんだってー」
「はぁーっ! 尾行っておまえ……」
 唖然とする琴乃を私は得意げに見た。
「っーか北赤羽って……どっかで聞いたこと……。あっ! そういうこと……」
「そうそう……、グフフフフフッ」
「あー……それはよかったねー」
 北赤羽駅は埼京線の駅。そのことに気づいたであろう琴乃はぶっきらぼうに言い返した。
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