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九章 胸騒ぎ

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 シフトを終えた私たちはやっと自由の身になることができた。
「さーて、どこ行こうかなー。どこ行く、琴姉?」
「ん? どこでもいいや」
 特に行く当てもなかった私たちは、にぎわう校舎内の廊下を散歩していた。
「しかし意外だなー。百合絵のことだから、自分のシフト終わった瞬間あいつに会いに行くもんかと思ってたけど」
「あっ、その……、舟渡くんも忙しいからね……。それに文化祭実行委員なんだし、邪魔しちゃいけないと思って……」
 琴乃の突然の質問に慌てながらも必死にそう答えた。
「ふ~ん……。その割にはさっきからキョロキョロしてるじゃ~ん」
「はっ!」
 私はまた、体が火照ってきてしまった。
「あ、そうだ。家庭科部でも遊びに……、あっ……」
「あ~、家庭科部か~、……どした?」
 私は真妃のことを思い出していたけれど、例のカップルを見て思考停止してしまった。にぎわう廊下の踊り場に佇む二人の姿。それはまぎれもなく舟渡と的場だった。
「どうした? 百合絵……。あー、あいつらかー」琴乃もすぐに気づいたようだ。
「あいつめ、また……」
 私は二人を凝視した。的場は舟渡と手を握りながらにこにこしている。今日もあの二人は楽しそうだ。
「おい、あいつらのことなんて放っといて家庭科部行こうぜ」琴乃はそんなこと言っていたように聞こえたが、今の私は聞く耳を失っていた。
「琴姉、追いかけよう」
「はあ~⁉ おまえバカじゃねぇの。そんなことしてどうすんだよ」
「なぜだか知らないけど、悔しいの……」
 本当になぜだかはわからない。やきもちを焼いているのか? だけど私は生からそんなことは気にしない性格のはず。でも、以前にも増して私の中には悔しさが芽生えていた。舟渡が的場と一緒にいるところを見ているとなぜかとても悔しくなってしまうのであった。
「……はあ~。まあ気持ちはわかるけど……」
「ねっ! いいでしょ! 追いかけようよ!」
「んー……、あっ、そういうことだったら百合絵一人でやってくれない。私は他のとこ回るから」
「えっ!」手のひらを返したかのように琴乃は突然言った。少々寂しかったけれども今はそんなことを言ってる場合ではなかった。
「わかった……。一人で行く」
 そう言って私は琴乃と別れ、イチャつく舟渡と的場の方へ近づいて行った。


「さっきのお化け屋敷、チョー怖かった」
「ははは。萌花~怖がりすぎだよ~」
「ねえねえ、次はどこ行く?」
「う~ん……そうだな~」
「啓ちゃんの好きなとこでいいよ」

 ……離れない。隙がない。
 的場は今日も一瞬の隙を見せずに舟渡にべったりだった。舟渡も舟渡である。あんなにべたべたされて鬱陶しくないのだろうか。やっぱりあいつらも両思いなのか。そして何よりも……。
 あ~、めちゃくちゃ楽しそう!
 うらやましい気持ちと悔しさでいっぱいだった私は、心の中で叫びながらも彼らに見つからないように尾行を続けていた。

「あー、旨そうー……。あっ! 熱っ! 熱っ!」
「うふふふっ、啓ちゃんったら~」

 中庭に来た。所狭しと並ぶ屋台と群がる人たちであふれていた。その片隅にある木の下のベンチにやつらはいた。どうやらたこ焼きを食べているようだ。
 あ~、あいつら~、……あーお腹すいたな~……。
 はおいしそうな焼きそばのようなにおいも漂っていた。うらやましい気持ちと悔しさを感じていた私はさらに空腹感も感じてしまった。

「さっきの劇、ドキドキしちゃったー」
「ああ、あれには俺もびっくりしたよー」
「あっ、啓ちゃんも! うふふふっ、あたしたちって結構、気が合うのかもね!」
「えっ、あ……ああ、そうかもな」

「あいつら……、まだどこか行くのかよ~」
 お化け屋敷に笑点、屋台三件に演劇と回ってきていたが、的場は舟渡から一向に離れようとはしない。そればかりか舟渡への絡みつき具合が次第に増していっているようにも見えた。
 疲れたしもうやめようかな~。……いや、でもここまでやったんだ。絶対最後まで見届けてやる!
 いい加減疲れを感じてきた。けど、まだあきらめきれずにはいられなかった。
 あっ、今度はここに入るのか?
 彼らはとある教室の入り口の列に並ぼうとしていた。茶道部だった。
 茶道か……、つまんなそうだな~。
 物陰に隠れそう考えながら壁に手を突いたその時だった、それは突然動き出した。
「わあっ!」

 バンッ!

 よろけながら、私は大きな物音を聞いた。そばには倒れた立て看板があった。どうやら私が壁だと思って手をついてしまったものはこの看板のようだった。近くにいた人たちの慌てたざわめきが聞こえてくる。すぐさま茶道部の部員だと思われる着物を着た女子たちが声掛けと看板の再セッティングを始めた。幸いけが人はいないようだけど、看板が倒れるという唐突な出来事と、茶道部の部員たちの手際の良さに圧倒され、私はただ呆然としていた。

「あーっ! ちょっとー! 何の用かしらー⁉」
 また唐突な出来事が起こってしまった。なんと、騒ぎに気付いた的場が声をかけてきたのである。
 やばい! とうとう見つかってしまった。舟渡も私の方を呆然と見ていた。
「えっ……、あっ……何の用って言われても……」
 まさか、これまで尾行していたことなんて口が裂けても言えない。しかし何と言えば丸く収まるのか……。それも私にはわからなかった。
「あっ、私も……、私も並んでたんだよ、茶道部……」
「ふう~ん、本当かしらー? なーんかその割には壁際でこそこそしてたような気がしたけどー。……まさか、あたしと啓ちゃんのこと見張ってたわけじゃないでしょうね⁉」
「えっ、そ……、そんなことしないよ~」
 終わった。気づかれてしまったのか。私が思っていた以上に的場は手強い相手のようだ。動揺する私だったが、そんな私に舟渡はまた助け舟を出してくれた。
「おいおい……、考えすぎだよ。西谷がそんなことするわけないだろ~。たまたま近くにいただけだよ~。なっ、西谷」
「う、うん……」動揺しながらも、とっさにうなずいた。
「あっそ……。まあ啓ちゃんがそう言うならそうなのかしらね~」ジト目の的場はなんとか納得してくれたようだ。
「あっ、そうだ。西谷、文化祭もうすぐ終わっちゃうけど、一緒に回る?」
「えっ?」
 舟渡からの突然の提案に私は困惑した。「はい、喜んで!」って言いたいところだけど、こいつがいるしな……。
 そう思い込んでいた私に、突然的場の声が降りかかった。
「ちょっと! 何言ってるのよ! 西谷さんだって困ってるじゃない! 啓ちゃんにはあたしがついてるんだからいいの!」
 別に困ってないっつーの……。むしろあんたが私を困らせてんじゃない! ああ~、私も舟渡と一緒に文化祭回りたいよ~。
 そう思いながら、不機嫌気味の的場を見た。
「行きましょっ!」そう言って的場は舟渡の腰に手をまわしその場を後にしようと歩き出した。舟渡も慌ててついていく。
 こいつ……琴乃の言う通り、本当に性格悪いわ。舟渡だって絶対そう思ってるはずよ。
 心の中で私はぶつぶつと愚痴っていた。そんな私を見透かしたかのか知らないが、的場は去り際、後ろを振り向き、指で右目の下を広げて舌を出した(べぇ~っ!)。
 くう~っ! あいつめ~!
 本当に醜いやつだ。普段あまり怒ることのない私も、的場の態度にはさすがにムカついてきたのだった。
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