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第一章【桜、新緑を越えて】

君を探してる③

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   ※微ホラー注意


 ショートホームルームが終わり、それぞれが席を立って部活に行ったり、帰路に着いたりする。

 でも、ここ一週間ほどの真詞のクラスは少し今までと様子が違った。

「渡辺! まだ間にあうからさ、バレー部どう?」
「渡辺君、楽器とか興味ない? 軽音楽部で渡辺君に声かけて欲しいって言われてるんだけど……」
「渡辺は部活やらないって言ってたじゃん。それよかザスト寄って帰ろうぜ」
「ありがとう。誘ってくれて嬉しいけど、今のところ部活は考えてないんだ。ザストいいな、山岸。行くよ」

 数人のクラスメイトが真詞を部活や遊びに誘っていることだ。

 五月に誘われるならまだしも、部活も本腰を入れ始めて、友人関係だって固まった六月に声をかけられることは稀だ。

 それもこれも、あの日を境に真詞が妙に積極的になったからだった。

 そして、誰もが仲良くなりたかったのに決まった友達を作らなかった真詞とお近づきになりたい人が群がった。

「よっしゃ! おい! 渡辺も行くってー! この前言ったアプリ落としたか?」
「最近少しずつ進めてる」
「じゃあ、初心者イベはクリアしただろ?」
「ああ。そう言えばレアなの出てさ」
「お! 見せて見せて!」

 真詞は笑顔を張り付けた。

 前から気になってたアプリだから始めるのは別に構わない。学生だから課金をして強さを比べるわけでもないし、最近声をかけてくれる山岸も人懐こくていいやつなのは分かる。

 一緒にザストに行く残りの二人も真詞のスマホを覗き込む。初心者ガチャで手に入れたSSRのキャラを見て素直に歓声を上げて羨ましがってくれる。

 それぞれにスマホを出して手持ちのキャラや装備を見せ合うと、今度は何を食べるかを話し始める。

「新メニューの冷麺が辛そうでさぁ、試したいんだよなー」
「オレはチーズインだな」
「お前、ほんとそればっかな」
「そう言うお前はすぐ新しいの試すよな」
「それでこの前足りなくて追いハンバーグしてたの笑う」
「そんなことあったんだ」
「あのときは渡辺いなかったよな。金ねぇとか言ってたのに、結局二つ頼んでたんだよ。お前は? 何食うか決めてる?」
「うーん、肉?」
「それな!」

 共感を得られると分かっていて冗談めかして言った言葉に全員が頷き、示し合せたかのように同時に笑い合う。

 楽しくないわけじゃない。笑いたくないわけじゃない。みんなのことが嫌いなわけじゃない。ただ、違う存在なんだろうなと遠く感じるだけだった。



 山岸と二人、外が暗くなる前に適当な理由を付けてザストを出た。

 クラスメイトが座っている前の窓の前を、少し大げさに手を振りながら通り過ぎる。残った二人は夕飯を食べて帰るらしい。

「渡辺ってここから家近いんだっけ?」
「そうだな。ここからなら徒歩圏内」
「そっか。俺バスだからこっちだわ。じゃーなぁ――ねぇ、名前なんて言うの?」

 山岸がそう言って曲がりかけた足をピタリと止めた。

「ああ。――山岸? 名前? 真詞だけ、ど……」

 そこまで言ってハッとした。――違う。これは……。

「まこと、真詞。綺麗な名前ね」
「山岸……? 山岸っ!」
「大丈夫だよ? あの子は、ホラ」

 話しかけてくるモノが指さした方を向くと、バス停の人の列に並ぶ山岸の姿が見える。そのことにホッとしたのも束の間、真詞は半歩後ろに下がった。

 人間との会話の途中で、入ってきた。

「嘘だろ……?」
「どうしたの? あのね、初めまして。あたし、名前はないの。ごめんね。でも、君が綺麗だからずっと話しかけるタイミングを待ってたんだ」

 最初に聞いた声は確かに山岸のものだったのに、いつの間にかそれは女性のものに変わっていた。

 顔は分からない。逆光になっているかのようにシルエットだけ。

 でも、その方がいい気がした。

 目の前にいるモノの存在がどの程度の強さなのかなんて分からない。とにかく、今までの方法では逃げられないことは分かる。

 だからだ。

 誕生日から一週間、真詞は頻繁にこういうモノに付きまとわれている。

 今までは無視したり、逃げたりすれば大丈夫だった。知らずに会話したときや着いて行ったときだって、こちらが拒絶の意思表示をすればどうということはなかった。

 それなのに――。

「ねぇ、あたし、君のことがとても好きみたい。一緒に行こうよ」

 思い切り顔を逸らす。周りの人が変な目で真詞を見ている。余りの衝撃に忘れていたけど、見えているのは真詞だけなのだ。

「ねぇ、さっきは答えてくれたじゃない。一緒に行こう?」

 このまま関わって変な噂が立つのは嫌だった。かと言って、人気のない場所へ行くのは最悪のパターンだ。

 どうする? どうする? とその単語が脳裏に浮かぶたびに目の前が揺れる。

「……き、たく、なぃ……」
「なぁに? 聞こえないよ?」
「行きたくないっ! 絶対に嫌だ!」

 思い切って振り返ってはっきりと拒絶した。分かっている。これはよくない。きっと怒り狂う。

「ひ、酷い……。酷いよ、君のこと好きなのに。好きなのに、好きなのに? どうして? どうして君はあたしを好きじゃないのかなぁ? どうしてだろう?」

 不思議そうに首を傾げる女のようなモノが段々とそのシルエットを変えていく。頭からメキメキと音がしそうな勢いで角が生えてきていた。見えていないのに、それが堅固であることが嫌でも想像できる。

「クッソ……!」

 真詞は踵を返して走り出した。

 夕方の人通りの多い道を突っ切り、先ほどまでいたザストを通り過ぎる。視界の端に楽しそうに笑う二人の姿が映る。何だか涙が出そうだ。

 学校の前は通りたくなくて、わざと一本遠い道を選ぶ。人気は減るけど、こんなモノから逃げている所なんて見られたくない。例え、みんなに見えていなくても。

 チラッと見た背後には走っているわけでもないのに一定の距離でついてくる女のようなモノがいる。

 家とは反対側に走ったことを少し後悔して、すぐに思い直す。もし家を知られでもしたら、本当に逃げ場がなくなる気がした。

 背後から大きな排気音がして横をバスが通り過ぎる。数メートル前にバス停が見えて、ちょうどそこに停車した。

「はぁ、はぁ、はぁ、の、りますっ!」

 走る速度は変えずに、真詞は勢いよくバスに飛び乗った!

 他に人もいなかったのですぐに扉が閉まる。扉の前に佇むモノを凝視する。通り抜けたりする様子はなさそうだ。はぁーと大きく息を吐く。

 汗だくになって息を乱す真詞のことは誰も気にしていないようだ。バスに乗り遅れないために走っていたと思われているのだろう。

 両腕でポールに掴まり体重を預ける。とにかく一度呼吸を整えたかった。額から汗が落ちるのを手の甲で拭う。

 二つ目の停留所に着いたときに、やっと何のバスに乗ったのかを確認した。

 先週訪れた、巡がいそうだと思った大きな神社の前を通る路線だ。

 あの神社にはあれ以来行っていない。行って色々と確かめたい気持ちと、ここ最近の異常事態のきっかけになった場所に恐怖を感じる気持ちが入り混じった状態だ。

「次は大藪神社前。大藪神社前」

 車内アナウンスが到着を告げる。

 この前来たときはもっと長い時間乗っていた気がしたけど、それだけの距離を走ったということだろうか。

 プシューと大型車特有の音を立ててバスが停車する。降車する客はいない。バス停に人もいない。何で、と思ったと同時にその疑問は解消された。

「時間調整のため暫く停車します。少々お待ちください」

 途端にドッドと速まっていた心音を自覚する。とうとうバスの運転手まで操りだしたのかと恐怖したのだ。

 フロントガラスの向こうは薄暗がりになろうとして、灯り始めた街灯の光が薄く見える。

 ゆっくり振り返った後ろに、さっきのモノはいないようだった。

 そのとき「今しかない」と何かが言った気がした。

 どうする? と悩んだのは一瞬で、真詞は勢いよく足を踏み出した。

「降ります……!」
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