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第二章【青梅雨のアーチをくぐり抜け】

日柴喜家との出会い①

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 翌日の土曜日、真詞は予定通りに輝一郎と駅前で落ち合った。

 天気はじめじめとした雨。

 体格のいい輝一郎が傘を差しているので幅を取ったけど、声が聞き取りにくくなることもなく彼は言った。

「今から行くのは俺の実家なんだ。ちょっと距離があるけど移動費は出すから気にしないでくれ」
「実家? 距離?」
「俺の実家は市内にあるんだよ。普段は学校の近くで一人暮らしをしている」

 輝一郎に手渡された切符を受け取って改札を通る。真詞たちの住んでいるエリアからは、市内――つまり中心部――までは電車で三十分近くかかる。

 何で第一西に来たのだろうか? という当然の疑問が口をついて出そうになった。

 輝一郎は中間テストでも学年一位を取っていた。学力的にも、実家の場所からしても、中心部にある県内随一の進学校を狙うのが普通だろう。

「第一西を選んだのは、それなりの進学校で、俺のことを知っている人間が少なさそうだったからだな」
「そうか」

 真詞の心情を察したのか、輝一郎が何てことなさそうに答えた。

 式神――輝一郎は唯神と呼んだ――を持っているくらいだし、きっと色々あるのだろう。深く追求することでもないかと無難に相槌を打った。

「なぁ、日柴喜、それ、自分で買ったのか……?」

 チラッと輝一郎の身につけている物を見る。

「いや? 何でだ?」
「だってそれ、本物だよな?」

 指差したのは腕時計だ。真詞の記憶が正しければ十万くらいするものだったはずだ。高校生が簡単に手を出せる金額ではない。

「ああ、家が金持ちなんだ。このくらいは付けろと煩いんだよ」
「そ、そうか……」

 と事前に聞いてはいたけど、これはちょっと規模が違うと思った。

「ここだ」と案内された門戸は、ドラマくらいでしか見たことがないような大きさだった。

 見事な日本風の塀は端っこが見えないほど長く、内側には家屋がどこにあるかも分からないくらいに立派な木々が植わっている。全て庭木なのだろうと思うと口の端が引きつった。

 電車の中で「俺の家は神使いの家系なんだ」と輝一郎は話した。古くは平安時代からある由緒正しいお家柄で、そこの現当主が輝一郎なのだそうだ。

 門戸から中に入ると、縁石が敷かれた見事な並木道があった。そこにはたくさんのモノが、あちらこちらでふよふよと浮いていた。

 それらが輝一郎に気付いた途端に、一斉に寄り添ってくる。

「輝一郎! お帰り!」
「お帰り、お帰り」
「遊びましょう? ずっと待っていたのよ」

 口々に様々な言葉飛び交う。目まぐるしくて後ずさりをした。

「なんだ、コレ……」

 つい呟くと、集団がバッとこちらを振り向く。何かマズイことをしただろうかとたじろぐ。

 それらはジリジリと一定の距離を保ちながら、真詞の周りを飛び回っている。危うく傘を取り落としそうになった。

「おい、何だこれ」
「ははは! 気に入られたんだよ。よかったな」
「いいのか?」
「悪いことではないだろ」
「俺にはいいか悪いかの基準すらないんだけどな……」

 それらは歩いていく真詞の後ろを、進むにつれて数を増やしてぞろぞろと付いてくる。確かに嫌な感じはしなかったけど、歓迎されている風でもないような、と早速疲れを感じる。

 正面玄関らしきところから入ると、その後に続くことはしなかったので庭に住み着いているのかもしれない。

「帰った。岬(みさき)はいるか?」
「輝一郎様、お帰りなさいませ。岬坊ちゃんは離れにいらっしゃいます」
「そうか。渡辺クン。こっちだ」

 比較的に一般的な横開きの戸――恐らく素材がものすごく高い――を開けると、当然のように使用人がいて輝一郎の帰りを待っていた。丁寧に下げた頭を上げると静かに荷物を受け取り、問われたことにだけ答えている。

「お邪魔します」
「いらっしゃいませ」

 使用人がいるだけでなく、見慣れない所作や会話のやり取りは強烈なカルチャーギャップとなって顔を強張らせる。

 外から見えなかったけど、家の中も恐ろしく広かった。

 目的の部屋に行くまでに曲がった回数などは、三回を超えた時点で数えるのを諦めた。しかも至る所に色々なモノがいて、自由気ままに過ごしている。下手に迷子になったら出て来られなくなりそうな恐怖を感じて、粛々と輝一郎の後を付いて行く。

 途中からは和風の家に似つかわしくない謎の電飾が飾られていて、本当によく分からなかった。

 そして、それは大河ドラマに出てくるような渡り廊下を越えて離れと呼ばれているエリアに来たときだった。

 不意に何か覚えのある感覚が首筋を撫でた気がした。

 最初は勘違いかと思って首を傾げた。

 しかしその感覚は段々と濃くなっていき、真詞の眉間には皺が増えていった。ザワザワッと背筋に悪寒が走っていく。まさかそんなはず、と否定する自分と、間違いない、間違えるはずがないと肯定する自分が拮抗している。

「岬、入るぞ」

 そうしてたどり着いたのは、離れと言うには立派過ぎる建物の一室だった。襖の前から輝一郎が声をかける。

「どうぞ」

 返ってきた声が決定打だった。真詞は丸々と目を見開いてその場に固まる。

 その様子を横目で見ていた輝一郎は、構うことなく勢いよく襖を横に引いた。

「――めぐる……」
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