きっと必ず恋をする~初恋は叶わないっていうけど、この展開を誰が予想した?~

野々乃ぞみ

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第二章【青梅雨のアーチをくぐり抜け】

決まった未来③

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 帰宅する気分にもなれず、人気のある所にもいたくない。こんなときに話をするような友人もいない。そもそも、真詞にとっての初めての友人は巡なのだ。

 脳裏をクラスメイトの何人かがただ通り過ぎる。

 どこにも行く当てがなくて乾いた笑いが出てくる。

 仕方なく朝来た道を真っすぐ歩く。大藪神社前の停留所から先にどんな町があるかなんて知らない。この路線は、いつもここで降りていたから。

「赤坂」
「土川小学校前」
「本郷大井」

 することもなく、話す相手もなく。

 停留所に着くたびに何となくその名前を口にする。

 八つ目の停留所の近くで、朝寄ったのとは違うチェーンのコンビニを見つけて足を踏み入れる。

 独特の音楽が入店を知らせて、妙に自己の存在を意識した。

 ガラスに映った、汚れたシャツを着ている疲れ果てた男を見つける。自分だ。

 自覚はなかったけど髪の毛もボサボサになっていた。財布もスマホも持っているけど、傍目には手ぶらに見える。

 急に恥ずかしくなって手櫛で髪を整える。気休め程度でもやらないよりマシな気がした。

 冷蔵庫から容量多めのお茶のペットボトルを取ってレジに向かう。レジ横の看板メニューでもある唐揚げが目に付いて、気付けば一つ買っていた。

 店外の横手にポツンと置かれた喫煙所から三メートルほど距離を取って、お茶の口を開けることなく唐揚げを口に運ぶ。

「ふ、熱……」

 一口サイズに調整されているのだろう茶色い衣が口の中に熱を広げる。

 火傷するかしないかのギリギリの熱さを噛み締める。

 適当に咀嚼して喉を通すと、熱い物が胃に落ちた感覚があった。

 温かい。

 外の気温はじんわりと暑い。

 それでも温かいと感じた。

 ペットボトルの口を開けて喉を鳴らしてお茶を流し込む。

 そこからは脇目も振らずに唐揚げを腹に収めた。

「ふぅ……」

 最後の一個を食べた口をお茶でさっぱりさせて、一息つく。

 コンビニの壁に背中を預けて遠くを眺める。

 微かに流れる風が額に浮いた汗を冷やす。

 うろ覚えの山々が見える。

 どこかから誰かの笑い声が聞こえる。

 目が乾いて忙しなく瞬くと、尻ポケットに入れていたスマホを見た。

 久しぶりに見たロック画面は、一体いつぶりなのかも思い出せない。通販サイトのお知らせメール以外に通知もないから、別に構わない。

 時計は十三時になろうかとしていて、まだまだ今日が長いことを知らせてくる。

 今から戻れば、巡はまだあの場所にいるはずだ。

 でも足が動かない。純粋に歩き疲れたのもあるだろう。そう言えば、朝からずっと歩き通しだった。

「帰るか……」

 壁から背中を離して弱々しく歩き出す。

 帰る家がある。真詞が今その安心感を持っていられるのは、巡がきっかけを与えてくれたからだ。

 そう考えた途端に心臓の辺りに刺すような痛みが走って、右手で胸元を握りしめる。

 巡、巡、巡、巡。

 今も昔も、本当に自分には巡だけだ。

 そのことが悔しくて、嬉しくて、誇らしくて。そして、悲しかった。


 家に辿り着くと、掃除をしていた母親の瑠美が驚いた顔で真詞を見た。

「……お風呂、入ったら?」

 何も聞かずにそう勧めてくれたことが本当にありがたかった。掃除を終えたばかりなのだろう、ピカピカの浴室でシャワーを浴びる。

 汗と泥を流すと、それだけで色々と面倒な物が流れ落ちて行ったような気がした。

 風呂上りの牛乳を飲んで部屋に着いた途端に、真詞はベッドに倒れ込んで気絶するように眠りについた。



 パンッ!

 風船が弾けるような音で真詞は目を覚ました。

「めぐる……?」

 掠れた声が彼の名前を呼ぶ。部屋の中が薄っすらと暗くなっていて、自分がそれなりに長い時間眠っていたことを知らせる。

 ゆっくりと起き上がって呆然と部屋の中を見渡した。

 何かおかしい。

 今まであったものがなくなってしまった感じだ。

 何だ? 何がない?

 この三ヶ月で見慣れた自分のテリトリー。

 照明、クローゼット、チェスト、パソコン、机、制服、ベッド、布団、を握りしめる自分の両手。

「え……?」

 ない。

 巡のおまじないがない。

「巡?」

 眠る前までは確かにあった彼の力を感じられなくなっていた。

 真詞は転げ落ちるようにベッドから飛び出すと、朝と同じように財布とスマホだけを握って階下へ走り降りた。

「真詞? どうした?」

 足音を聞きつけた父の大翼がリビングルームから顔を出す。

「遅くなるっ!」

 答える間さえ惜しかったけど、真詞は律儀に叫んで家を飛び出した。

 いつもなら素足でシューズを履くのを嫌う質だけど、そんなこと気にもならなかった。

「ニ十分後……」

 走りついた一番近くにある停留所は、モニターもないような小ささだ。指で日曜ダイヤを辿ってみれば、次の予定まではまだ時間があった。

 真詞は考える間もなくその場から走り出した。

 ここから祠までならばバスを待った方が早いかもしれないけど、ただただ待つなんてことはできなかった。

 街灯とたまにコインランドリーがあるだけの薄暗い住宅街を必死に走っていく。

 もし、もし巡が藤の神に取り込まれていたら! そんな“もしも”が頭の中をグルグルと渦巻いている。

「たの、む……! 無事で、いてくれっ……!」

 運動は得意だけど、バスに乗るくらいなので短い距離じゃない。それでも必死に走った。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、は……!」

 草むらの前に着いた頃には部屋着の白いTシャツは汗を吸って色を変え、さらに途中で転んだせいで泥だらけになっていた。

 せっかく風呂に入ったのに、これではさっきと同じだ。そんな考えが一瞬過って消えていく。

 左手の甲で汗の垂れる顎を拭う。右手で右ひざを支えた。そうでもしていないと、足がガクガクとうるさくて今にも座ってしまいそうだった。

 いる。と思った。巡はちゃんと祠にいる。

 それだけでホッとして体から力が抜けそうになる。

 とにかく無事を確認しなければ、と本人なりの小走りで祠へ向かう。実際は数キロを全力疾走したのでまともに歩けてもいなかった。

 ぜぇ、ぜぇと響く自分の呼吸音。目の前を雑草や低木が遮って進みにくい。祠はまだ見えない。

「はぁ、はぁ……」

 まだ整わない呼吸をそのままに足を止める。

 おかしかった。いくら足に力が入らなくて、いつもより進む速度が遅かったとしても、藪の入口から祠までは十メートルほどしかない。こんなに着かないなんてことはない。

「巡……?」

 やはり彼の身に何か起こっているのだ。

 真詞はその場に立ち止まると、目を伏せて意識を耳に集中させた。

 すると今まで聞こえなかった“キーン”という耳鳴りのような音が微かに届く。

 バッと音のした方に顔を向けると“キーン、キーン”とさっきよりも大きな音がした。

 ジッと見ていれば、その方向から巡の気配が濃くなってくる。カラカラの喉を気休め程度の唾液で誤魔化して、ゆっくりと足をそちらに向けた。
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