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第四章【椛山の先端が見える】
日柴喜岬という人間③
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それは今から約二十一年前。
岬は全国各地にいる日柴喜の分家筆頭の長男として生を受けた。
神力の強さは生まれたときにほとんど決まってしまう。努が当主代行をしていた中、彼の誕生は心待ちにされていた。次代の当主に相応しい神力の使い手が産まれやしないかと期待が強かった。何せ、岬の両親は有名な神使いだったのだから。
しかし、彼の神力は神使いと呼ぶのもお粗末なほどに弱かった。
本来、血筋が本家に近ければ近いほど、使役する唯神は人型に近くなるのだそうだ。
真詞は岬の唯神を思い浮かべる。喋る亀だったのだ。嫌でもよく覚えている。
「落胆したよ、みんな。俺もな。長いこと強いヤツがいなかったから。俺は家を継ぐ気なかったし、どうせすぐにすごいヤツが出てくるだろうと思ってたからな」
努は続けた。
それでも仕方ない、誰のせいでもない、とみんな最初は岬を大切にした。
状況が変わったのは二年後に輝一郎が産まれ、更に三年後に岬の弟である渚(なぎさ)が産まれてからだった。
真詞でも分かる通り、輝一郎は本当に規格外だった。何もかもが完璧だった。
「岬は何かと歳の近い輝一郎と比べられて、優秀な弟(なぎさ)に負け続けた」
運が悪かった。丁度、日柴喜家は分家も含めて子供が少なかった。歳の近い三人。歴然とした差。余りにも低すぎる能力。
「俺らの目の届かないところで使用人があいつをバカにし始めたのが始まりらしい。詳しくは知らん。弱い上に努力しないヤツに興味ないからな」
両親は全国を飛び回り、輝一郎と渚は何歩も先の技術を習得しようとしている。岬の師匠は段々とやる気をなくし、その内に彼は放置された。
「孤独だったろうと思うよ。そこを和親に突かれたんだろうな」
和親の名前が出て、嫌でも体が強張る。全ての元凶。
でも和親がいなければ、真詞は巡に会うことすらできなかった。
そこまで言うと、努は天井を見上げた。手にしていた加熱式タバコに思い出したように電源を入れる。
「あいつが眠り始めたとき、誰も気に掛けなかった。だから悪化させることになったんだ」
「――巡は……」
「ん?」
「巡は、寂しいと、言っていたような気がします」
「はっきりしねぇな?」
「彼は岬さんでいた頃の記憶がなかったので。でも、きっとずっと寂しかったんだと思います」
「なぁ」
「はい」
努が姿勢を正して真詞を見る。
つられて真詞も居ずまいを正す。
「巡は、楽しそうだったか?」
「楽しんでた、と信じてます」
「そうか……」
努がタバコを一口吸って、煙を吐き出す。真詞より二回りは年上だろう男の感情など読み取れるはずもなく。ただただ、彼の様子を眺めた。
「お前と巡には結び縁があるって話はしたか?」
「結び縁?」
「してなかったか。まあ、不思議な繋がりみたいなもんだと思ってればいい。お前が巡の場所を見つけられたのは、最初の出会いで結び縁を繋いだからだ。んで、同一人物だからだろうな」
そこまで言われて嫌な予感がした。
「まさか……」
「そのまさかだ。岬とお前にも結び縁があるんだよ。だから、今の今まで役立たずだと邪険にしてた岬にみんな期待してるわけだ。渡辺真詞を取り込んでくれってな」
「あの、何でそこまで俺を……?」
「お、そろそろ時間だな。トレーニングに戻るぞ」
「師匠!」
「それは、また今度な。気が向いたら教えてやる」
そう言ってこちらを見た努の目は、今までにないくらい優しかった。
その日の夜、真詞は夢を見た。
子供の頃の夢だった。
今でもたまに思い出す、昔の夢。
真詞は子供の頃から目が良かった。神力が強かったという意味で言うなら、きっと生まれつき見えていたのだろう。
路地の薄暗い隙間には黄緑色の巨大な藻としか言いようのないナニカが挟まっていたり、雪の降る日は空から小指大の人間が落ちてきたりすることはよくあった。
だから、学校が特に嫌いだった。色んなモノがウヨウヨしているのだ。黒板の左端には大河ドラマに出てきそうな恰好の女がいたし、隣の席の女の子の肩には茶色いモフモフが乗っかっていたりした。“何か”は必ずどこにでもいた。
それらが他のみんなには見えていないことは、優しい両親と世話好きな姉の影響でよく知っていた。
「真詞の目は特別な目なの。他の人が見たくても見えない物が見える不思議な目。他の人は持っていないのよ。だから自慢したり、人に言ったりはしないようにしようね。もし知られてしまったら、誰かに羨ましがられたり、悪い人に騙されたりしちゃうかもしれないからね」
「うん!」
元気に返事をしても、所詮は子供だ。親の言う意味なんてこれっぽっちも分かっていなかったし、人と違うことがどれだけ面倒で大変なことかも理解していなかった。
未だに強く記憶に残っているのは、小学校の三年生のときのことだ。少しずつみんなの目に見えている物と、自分の目が見えているモノに違いがあることを自覚した頃合いだった。
どんなに注意していても、ボロが出るのも仕方ない。なにせ、まだ九歳かそこらだった。
岬は全国各地にいる日柴喜の分家筆頭の長男として生を受けた。
神力の強さは生まれたときにほとんど決まってしまう。努が当主代行をしていた中、彼の誕生は心待ちにされていた。次代の当主に相応しい神力の使い手が産まれやしないかと期待が強かった。何せ、岬の両親は有名な神使いだったのだから。
しかし、彼の神力は神使いと呼ぶのもお粗末なほどに弱かった。
本来、血筋が本家に近ければ近いほど、使役する唯神は人型に近くなるのだそうだ。
真詞は岬の唯神を思い浮かべる。喋る亀だったのだ。嫌でもよく覚えている。
「落胆したよ、みんな。俺もな。長いこと強いヤツがいなかったから。俺は家を継ぐ気なかったし、どうせすぐにすごいヤツが出てくるだろうと思ってたからな」
努は続けた。
それでも仕方ない、誰のせいでもない、とみんな最初は岬を大切にした。
状況が変わったのは二年後に輝一郎が産まれ、更に三年後に岬の弟である渚(なぎさ)が産まれてからだった。
真詞でも分かる通り、輝一郎は本当に規格外だった。何もかもが完璧だった。
「岬は何かと歳の近い輝一郎と比べられて、優秀な弟(なぎさ)に負け続けた」
運が悪かった。丁度、日柴喜家は分家も含めて子供が少なかった。歳の近い三人。歴然とした差。余りにも低すぎる能力。
「俺らの目の届かないところで使用人があいつをバカにし始めたのが始まりらしい。詳しくは知らん。弱い上に努力しないヤツに興味ないからな」
両親は全国を飛び回り、輝一郎と渚は何歩も先の技術を習得しようとしている。岬の師匠は段々とやる気をなくし、その内に彼は放置された。
「孤独だったろうと思うよ。そこを和親に突かれたんだろうな」
和親の名前が出て、嫌でも体が強張る。全ての元凶。
でも和親がいなければ、真詞は巡に会うことすらできなかった。
そこまで言うと、努は天井を見上げた。手にしていた加熱式タバコに思い出したように電源を入れる。
「あいつが眠り始めたとき、誰も気に掛けなかった。だから悪化させることになったんだ」
「――巡は……」
「ん?」
「巡は、寂しいと、言っていたような気がします」
「はっきりしねぇな?」
「彼は岬さんでいた頃の記憶がなかったので。でも、きっとずっと寂しかったんだと思います」
「なぁ」
「はい」
努が姿勢を正して真詞を見る。
つられて真詞も居ずまいを正す。
「巡は、楽しそうだったか?」
「楽しんでた、と信じてます」
「そうか……」
努がタバコを一口吸って、煙を吐き出す。真詞より二回りは年上だろう男の感情など読み取れるはずもなく。ただただ、彼の様子を眺めた。
「お前と巡には結び縁があるって話はしたか?」
「結び縁?」
「してなかったか。まあ、不思議な繋がりみたいなもんだと思ってればいい。お前が巡の場所を見つけられたのは、最初の出会いで結び縁を繋いだからだ。んで、同一人物だからだろうな」
そこまで言われて嫌な予感がした。
「まさか……」
「そのまさかだ。岬とお前にも結び縁があるんだよ。だから、今の今まで役立たずだと邪険にしてた岬にみんな期待してるわけだ。渡辺真詞を取り込んでくれってな」
「あの、何でそこまで俺を……?」
「お、そろそろ時間だな。トレーニングに戻るぞ」
「師匠!」
「それは、また今度な。気が向いたら教えてやる」
そう言ってこちらを見た努の目は、今までにないくらい優しかった。
その日の夜、真詞は夢を見た。
子供の頃の夢だった。
今でもたまに思い出す、昔の夢。
真詞は子供の頃から目が良かった。神力が強かったという意味で言うなら、きっと生まれつき見えていたのだろう。
路地の薄暗い隙間には黄緑色の巨大な藻としか言いようのないナニカが挟まっていたり、雪の降る日は空から小指大の人間が落ちてきたりすることはよくあった。
だから、学校が特に嫌いだった。色んなモノがウヨウヨしているのだ。黒板の左端には大河ドラマに出てきそうな恰好の女がいたし、隣の席の女の子の肩には茶色いモフモフが乗っかっていたりした。“何か”は必ずどこにでもいた。
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「真詞の目は特別な目なの。他の人が見たくても見えない物が見える不思議な目。他の人は持っていないのよ。だから自慢したり、人に言ったりはしないようにしようね。もし知られてしまったら、誰かに羨ましがられたり、悪い人に騙されたりしちゃうかもしれないからね」
「うん!」
元気に返事をしても、所詮は子供だ。親の言う意味なんてこれっぽっちも分かっていなかったし、人と違うことがどれだけ面倒で大変なことかも理解していなかった。
未だに強く記憶に残っているのは、小学校の三年生のときのことだ。少しずつみんなの目に見えている物と、自分の目が見えているモノに違いがあることを自覚した頃合いだった。
どんなに注意していても、ボロが出るのも仕方ない。なにせ、まだ九歳かそこらだった。
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