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第四章 もし望めば死亡フラグだって折れるんだ

三十二、死亡フラグへのカウントダウン

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 月を跨いで僕たちは進級した。名目上はセカンダリの三年生だ。
 授業の内容としてはまだまだ二年生に習う範囲だけど、時間は待ってはくれない。
 充分な教育を受けられないのも戦争の代償なのだと初めて知った。

 あの後、僕らは何度か出兵した。後方支援をしていられたのも最初の数回だけだった。
 当然と言えば当然だ。僕はエース・オブ・モクトスタだし、期待値で言えばイアンの方が高かっただろう。

 次はとうとう激戦地区かという頃、僕は十五歳の誕生日を迎えた。
 悠長に祝っている暇なんてあるわけがない。それでも僕は恵まれている。
 肉だけでなく砂糖も貴重になってきているのに、使用人たちから一人前のパウンドケーキと祝いの言葉をもらえた。
 友達から手紙が届いたりもした。
 唯一、ブライトルだけがわざわざ当日に屋敷にやって来きた。
 この間のこともあって多少気まずかったものの、仕方なく自室へ誘えば断られる。

「ブライトル殿下?」
「すまないね、エドマンド。この時間を取るだけでも苦労したのだよ。私も君とゆっくりお茶を楽しみたかったのだけれど、これを渡すくらいしかできそうにない。誕生日おめでとう」

 そう言って手渡されたのは小さな花束だった。渡されてしまえば、受け取るしかない。
 この時勢に生花を集めるだけでも大変だっただろう。嬉しくないと言ったらウソになる。花が好きなわけじゃない。その努力に心臓と口元がムズムズとした。

「……ありがとうございます。ブライトル殿下」
「来年も是非祝わせて欲しい」
「勿体ないお言葉です」
「本気さ。……じゃあ、私はこれで」

 ただ、それだけを言ってすぐに帰って行く背中を、花束を抱えて見送る姿は周りからどう映っていたんだろうと複雑な気持ちになった。
 トーカシアはともかく、ニュドニアには男同士で花を贈る文化はないんだ。
 胸元の花束を見下ろす。花をもらったことなんてなくて、どう扱ったらいいのか分からずとりあえず部屋に飾る。
 オレンジのカーネションとピンクのバラが照明に反射して鮮やかだ。差し色に緑を多めに入れてくれているから派手でもない。

「あの人、どういうつもりだ……」

 抜け目の無いブライトルが花言葉を考えないとは思えない。
 真っ赤なバラを贈られるよりはマシだけど、この二つは恐らく『純粋な愛』と『感銘』になる。意味が分からない。正直、受け取り方に迷う。
 どうにも宙ぶらりんだ。ブライトルはすぐに分かると言っていたけど、本当にそんな日がくるかどうかも分からない。

 ふと思い立って机に向かう。二段目の引き出しの奥に、以前もらったチェーンを入れている。あの後、結局返すこともなくずっと持っている。
 シンプルだけど、材質はいい物だ。
 身に着けて鏡の前に立つ。悔しいけどセンスがいい。小柄な僕でも違和感のない長さと太さ。
 例えばドッグタグやペンダントトップを通すのにも丁度よさそうだ。

 僕は左手の中指に付けている指輪を外した。これは僕の専用モクトスタだ。常に付けておけるように指輪型にしてもらった。
 その指輪をチェーンに通してもう一度着けてみる。
 鏡の前で顎をツンと尖らせる。右から左から見ても、しっくりきた。
 指先でチェーンを撫でていてハッとした。
 ……何をしているんだ、僕は。
 恥ずかしくなってチェーンを外そうとした時だった。
 扉を叩く音がして、侍従が声をかけてきた。手を下ろして扉に体を向ける。

「入れ」
「失礼いたします。エドマンド様、閣下から急ぎ登城せよとお手紙が届きました」
「お爺様から?」

 僕がマスターに昇格した途端、あの人は本当に全く家に寄り付かなくなった。まあ、帰る時間も惜しい状況だろうことは予想できるし、僕としてはその方が助かるのでwin-winだ。
 今の今まで完全に放置していたのに、一体何事だ?
 僕のモクトスタのランクはイエローだけど、軍部内での階級はまだ低い。わざわざ元帥閣下が直接話をするような要件はないはずだ。
 となると、個人的な話か。

「分かった。準備する」
「承知いたしました」

 急いでフォーマルスーツに着替えて従僕と馬車に乗る。
 あの人と話すのは本当に久しぶりだ。顔を見る機会はあっても年単位で話をしていない。
 お叱りを受けるようなことをした記憶はないし、あったとしてもマスターになった僕に言うこともなくなったようだったのに。

 城内に入ると、どうにも騒がしかった。常に緊張が付きまとう今の状況なら仕方ないのだろう。
 祖父の執務室は、その騒がしさの中枢だ。人の出入りが激しい中、優先されるわけでもなく順番がくるまで待ってから入室する。
 祖父は相変わらずこちらを見ることなく手元の書類に目を落としている。ここまで徹底しているなら多分わざと仕事をしているんだ。そんなに僕の顔を見たくないか。なのに呼び出す。何がしたいのか分からないな。

「お久しぶりです、お爺様。エドマンド・フィッツパトリック、馳せ参じました」

 カサカサと紙が擦れる音と、ペンを走らせる音だけが返事だ。
 側近に数枚の書類を渡すと祖父は珍しく僕を正面から見た。
 静かに心臓が竦む。長年培われてきた恐怖はそうそう消えないようだ。
 それでも意識して呼吸を深くすれば、ゆっくりと解けていく。
「エドマンド」
「はい」

 名前を呼んだ? いつぶりだ? 呼ばれた記憶は遥か昔だ。
 益々何がしたいのか分からない。気構えていると、まさか予想もしないようなことを言われた。

「お前を養子に出すことにした」
「は、はい……」
「時期と詳細はいずれまた連絡させる」

 養子?
 何かやらかしたか?
 だとしても、フィッツパトリックの後継者は僕しかいないのに、どういうことだ?
 余りの動揺に声が揺れてしまった。祖父の眉がひそめられる。

「お前のすることは変わらない。今まで通りこの国に貢献しなさい」
「はい。心得ております」
「もういい。下がれ」
「はい。失礼いたします」

 深く腰を折って退室する。
 帰宅すると侍従に養子の件を伝えて、詳細を調べるように指示した。
 このまま養子になるのが先か、死ぬのが先か。最後まで波乱万丈な人生であることに、自嘲することしかできなかった。
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