a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

文字の大きさ
48 / 89
【第二部】一章 仲間と平和と学園と

一、僕の話を聞いてみて欲しい

しおりを挟む
 目の前を舞う青白い粒子が、蛍か雪の欠片のようにチラチラと霞む視界を覆う。発生源は僕の破壊されたモクトスタだ。目の前に迫る死に、少しでも生存率を上げるために精一杯威力を上げた腕で頭を庇う。その間もモカトはサラサラと抜け落ちていった。まるで僕の体が発光して消えていくかのように。

「……お前は今、確実に殺したほうがよさそうだ」

 霞んだ視界の中、アーチー・カメルが立ち上がる。コイツとの戦闘はまだニ十分も経過していないはずなのに、とうとうモクトスタを起動するための精神力と体力がなくなってしまった。せっかく特別に専用機を造ってもらったのに、こんなにすぐに破壊してしまうことになって技師の人たちに申し訳ない。

 手慣れた様子で握られたナイフの先端が鋭利に光っていることだけが分かる。とても実用的なサイズと形をしているな、と思った。

 的確に喉を狙って振り下ろされるのは、僕の、いのちを、うばうもの。

 ――――ドッ。

 心臓が大きな音を立てた。あれを振り下ろされたら僕は死ぬ。死んでしまう。時間をかけて死ぬのか、一瞬なのかはこの男の機嫌次第なのだろうけど。

「は、はっ、はぁ、はぁっ……!」

 呼吸が荒くなる。目が刃先から離せない。い、やだ。嫌だ。嫌だ! 怖い、怖い、怖い、怖いっ! 死にたくないっ……!

「う、ぁ、ぁ……」

 怖い…………!!!

「っはぁ……! はぁ、はぁ、はぁ、は……、ぁ……?」

 目を思い切り見開いた。暗闇に慣れた目に見慣れない天蓋と天井が映った。背中には柔らかい感触。通気性のいいシーツと軽いブランケット。ぜぇぜぇとうるさい自分の呼吸と、響くはずのない暴れまわる心音が頭蓋骨を叩いているように感じる。

 ここは……?

 ギョロギョロと目だけで辺りの様子を何度も往復して、やっと今どこにいるのかを思い出した。落ち着いていく息遣いと反対に体から汗が吹き出す。ゆっくりと左手を首筋に持っていく。そこはぬるりと指を滑らせたけど、痛みも切れた様子もなく、むしろ激しく脈打っていた。

「は、はぁ…………」

 体から力を抜いて僕の新しいベッドに体重を預ける。
 生きている。僕は今生きている。僕だけじゃない。ブライトルもイアンもダンもアンドリュー、バートン、セドリック。みんな、みんな生きている。僕の選んだ道は、少なくとも僕の周りの人を生かした。
 でも――。でも、じゃあ、僕が見えなかった部分はどうなった――?

 そこまで考えて強く両目を閉じた。強く、強くつむって息を止めて、ぷはっと吐き出した。頭を切り替える。……それはもうバタフライエフェクトだ。人の関与できる範囲じゃない。

 ゆっくりと起き上がる。母国であるニュドニアの自室に比べると少し硬いベッドがキシリと音を立てる。はめ殺しの窓にはガラスはなく日本の網戸のように小さな穴が空いていて、カーテン代わりにすだれのような物がかかっている。

 一年の中で夏が長く総じて気温も高い。その割に三方が海に面しているから年中湿った風が吹き、体感温度は心地よく、雪が降るわけでもないのに冬はそこそこの寒さになるという。

 同盟国『トーカシア』僕は今その地にいる。

 少し僕の話をさせてくれ。
 名前はエドマンド・フィッツパトリック。十六歳の誕生日を迎えたばかりで、性別は男だ。――この世界が現実だという僕の認知が間違っていない限り――僕には前世の記憶がある。死ぬ前の僕は二十一世紀もいくらか過ぎた時代の日本人男性だった。そして今生きている世界は『ブレイブ・オブ・モクトスタ』という、当時読んでいた少年漫画の世界。僕はまるでライトノベルそのままに、その漫画の主要人物の一人として転生していた。

 しかも流行のライトノベルにはありがちで、僕にはいわゆる死亡フラグが立っていた。この漫画は主人公のイアン・ブロンテという少年が、モクトスタと呼ばれる『対人用戦闘特化型アーマー兵器』を装備して敵国と戦う物語だ。人気の少年漫画にありがちなアクション有り、友情有り、勝利有りの内容には、仲間やライバルの死も付きものなんだろう。なんと、その年齢十五歳。僕の余命は残り二年だと、思い出したと同時に判明したわけだった。

 色々とあって、死亡フラグは折った。だから今、僕は生きている。そのことで考えることがないとは言わないけれど。
 
 ところで、先ほどのプロフィールに追加したい項目がある。

 僕には恋人がいる。なんと相手の性別も男性で、しかも同盟国の王子様だ。生前の僕が恋愛にどんな嗜好を持っていたのかは分からないので、もしかしたら元々男性も好きだったのかもしれないし、エドマンドがそうなのかもしれない。本当のところは分からない。

 ただ僕は彼――ブライトル・モルダー・ヴァルマを好きになってしまった。

 彼は死ぬのが怖いのに、かと言って率先して抗うことで漫画の筋書きが変わるのも恐ろしかった僕を認めて受け入れてくれた人だ。素直に認めるのはまだ照れるけれど、……大切に、思っている。
 その彼の母国が、ここトーカシア王国だ。

 すっかり目が覚めてしまって、サイドチェストの上の時計を見てため息を付いた。針は午前三時半を少し過ぎていた。起きるにはまだまだ早い時間だ。まずはこの汗に濡れてしまった寝巻を着替えるためにベッドを下りる。

 用意されている部屋履きは木材のサンダルのようなものだ。履くと足の可動域が狭くなってしまうから、咄嗟の動作には邪魔な気がする。ニュドニア国では室内でも靴を履くことが多く、精々入浴後にスリッパのような履物を身に着けていたくらいだ。部屋の調度品一つ取っても、隣国なのにトーカシアとは雰囲気も素材も全く違う。

 ここがこれから数年間、僕の部屋となる。
 つい数日前に、僕は正式にトーカシアの国民の一人になったからだ。この国でも歴史の長いオルティアガ家に養子として受け入れられたのだ。オルティアガは貴族制度が残っていた頃には侯爵相当の位だったそうだ。
 
 だから、そう。僕はこう名乗らなければいけない。
 名を、エドマンド・オルティアガ。元ニュドニアの軍部総帥の唯一の血縁であり、モクトスタのグリーンランクのマスターの実力を持つ、トーカシア王国の由緒正しい家柄の年の離れた末っ子。
 
 そして、第二王子ブライトル殿下の正式な婚約者だ、と。
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

処理中です...