a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】一章 仲間と平和と学園と

二、空は広く明るいと知ったから

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「正念場だぞ」

 姿見の前に立った自分を睨んで僕はそう言い聞かせる。
 トイメトアの決戦から約四ヶ月。怪我の調子もだいぶよくなったので、今日は久しぶりに外でブライトルに会う予定が入っている。本当は先月には足以外は完治していたのだけれど、心配性な周りに押し切られて今まで大人しく過ごしていた。

 さて、婚約者候補とは言っても隣国の王子様と会うのだ。失礼な服装はできないと、スリーピースのスーツを着て、以前彼からもらったチェーンのネックレスをシャツの下に潜ませる。

 目の前にはもう自分の姿としか思えないエドマンドの姿がある。アッシュゴールドに一ヵ所だけシルバーのインナーカラーの入った髪は、決戦後に首を怪我していたのもあって襟足まで短くした。薄い緑の目はどちらかと言えば垂れ目なのに目つきのせいで鋭く見えるし、薄い唇と真っ白な肌は軽薄そうだ。

 なのに、ポジティブに捉えればミステリアスとも取れるし、口元の黒子は無駄に色っぽい。体に対して頭が小さく首も長く確実に七頭身はある。努力の賜物である全体を覆う適度な筋肉はしなやかで、でも成長期特有の儚さがあって……。なるほど。これは男女問わず人気が出るはずだ、と理解した。何というか、危うい、と言うか。

 この二年半、他に考えることが多すぎたから、自分の顔の造りも何もかもに興味がなかった。それが、ここ暫くの間で余裕ができたのだろう、自分や周りの人々のことを意識して見るようになった。そこで気付いたのは、さすがは漫画のキャラクターと言えばいいのか、周囲の見事な美形っぷりだった。

 例えばイアンは主人公らしく大きな深紅の瞳が印象的で、笑うと口角が綺麗に上がる。主人公らしくやや童顔だ。カナリアイエローの髪もあって柔らかい印象だけれど、ブレない目の奥や言動から意志の強さが伝わるし、手足が大きいからもしかしたらこれからもっと身長が伸びるかもしれない。

 ダンはミドルティーンズの割りには骨格も筋肉もしっかり付いているし、かなり背が高い。浅黒い肌と黒い髪、太めの眉、掘りの深い目鼻立ち。その中で金色の瞳が印象的で、正に名脇役といった風情だ。

 フルーリア王女はピンク色の長い髪がふわふわと可愛らしく、小さな顔にこれまたピンクの大きな瞳、小さな鼻と唇が愛らしい。アンドリューたち三人もそれぞれに整った容姿をしていた。

 そして、ブライトルは言わずもがな。シルバーの髪と真っ青な瞳が相変わらず物語の王子様のようにハンサムだ。……実際に王子様なのだけれど。

 そんな彼は、数日前まで母国へ戻っていた。色々と報告する必要があるのだろう。
 その間の僕はと言えば、静養のために休学していた。三日と空けずにイアンやアンドリューたちが見舞いに来てくれたから暇になることもなかったし、彼らが学校に行っている間は家庭教師と勉強したので授業の遅れも心配ない。

 それでも、会わなくても平気だったと言えば嘘になる。その気持ちを認めることにもかなりの覚悟が必要だったけれど、婚約を前提にしている以上は意地を張っても仕方ないとも思った。

 原作より伸びた身長――と言っても、百七十センチには届かなかった――で鏡の前で左右の様子を見てみる。足がまだ全快していないから、今日は杖を付いて赴く予定だ。スーツもそれに合わせて少しクラシカルなイメージにしてあるし、改めて見てみても特に問題はないだろう。
 

 ブライトルは王城での手続きを完了させてからやって来るらしい。ターシャリ卒業を目前にして、ニュドニアでの生活に終止符を打つことにしたんだ。ここから先、彼はトーカシア国で第二王子としての責任を全うする。

 どうせなら卒業までいてもいいのでは、という声もあったそうだけれど、彼がニュドニアにいたのはセイダル国との戦況を見極めるためという部分も多かった。停戦している今、これ以上留学する必要はないと判断されたのだろう。将来的には王弟として現在の皇太子殿下である兄上を支えるための準備期間も必要だ。早いに越したことはない。

 そもそも、ほとんどの有力者や資産家の子供たちがあの学園へ通い、ターシャリ卒業後には家業を継いだり国の中枢を担う機関に就職したりする。特別学業が優秀であったり、研究職を選んでいたりする者だけがクォータナリまで進むのが普通だ。他国の王族が三年も留学――しかもターシャリの最終学年だ――というのはとても珍しい。

 ちなみに、これが市井の人たちになると、そもそもターシャリまで進学する人の方が少なく、クォータナリとなるとほんの一握りとなる。二十一世紀の日本を知っている身としては、果たしてこの状況が正しいのかたまに疑問に思ってしまう。だからと言って、どうすればいいかの答えなど持っていない。僕は優秀だけれど、万能ではないのだから。


 馬車に乗って高級店街へと向かう。窓から通りをゆったりと歩く鮮やかなスカイブルーの服を着た淑女が見える。通り沿いの店の前に立つSPの人数が一時期に比べて減っている。飲食店の看板も掲げられている。街が、生きている。

 そう言えば、こうしてちゃんと外出するのは久しぶりだ。怪我のせいもあって、まともに屋敷から出ることはなかった。最後に見たのはそれこそトイメトアから帰還するときだったから、もう三ヶ月近く経つ。

「ドノア地区はどうなっている?」
「はい。先週ご報告した以上に活気づいております。露天の数は過去最高だとの報告が上がっております。避難民の受け入れ態勢も整いつつあります」
「そうか。少しずつ、前へ向かっているのだな」
「はい」

 侍従がしっかりと頷く。ならば、なおさら今日の話し合いはしっかりとしなければならない。
 馬車が止まる。見覚えのある真っ白な外壁に小さな丸い扉と窓が二つ。ブライトルと初めて外出したときに訪れた店だった。店内へ入ると、見事に貸し切りにしたらしく僕以外の客は見当たらない。コツ、コツ。と杖が床を叩く音を立てながら、促されるままに椅子へ腰かける。

「お飲み物はいかがなされますか?」
「……ダージリンを、頼む」
「かしこまりました」

 敢えてあのときと同じ物を頼んだ。出てきた紅茶の香りを楽しんで、二口。扉の開く音がして、ブライトルが来たことを知る。少し早足の気配。引かれる正面の椅子。瞬き一つ。

「エドマンド」
「お久しぶりです、ブライトル殿下」

 約二ヶ月ぶりのブライトルが微笑みながらこちらを見ていた。
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