a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】二章 そうそう平穏ではいられない

十一、湖畔にて

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 早朝に王都を出て、馬車で丸一日。段々と建物が低く、その間隔が広くなっていく。代わりに開いた場所には畑や動物の姿が見られて、長閑だな、なんて感想を持ってしまうのは仕方ない。軍事遠征でこういった道を通ったことは何度もあったけれど、今とは明らかに目的も心持ちも違う。

 僕たちは今、ダンの生家が所有している別荘の一つへ向かっている。休憩時間には「モクトスタなら早いのにな」なんて、ある種お決まりの言葉を言い合いながらだった。

「気を、遣われているのか……」

 護衛やブライトルの使用人を含めると馬車は六台になった。その内の三台に分かれて乗車したのだけれど、当然のように僕とブライトルは二人きりで、僕は両肩を落とす。

「俺の努力の賜物だな」
「……物は言いようだな」
「努力したのは嘘じゃないからな」

 正面に座るブライトルが何でもないことのように笑う。
 その点を否定するつもりはない。王族が同性との婚姻を望むなんて、トーカシア国でも前代未聞だったはずだ。

「あんたは……」
「ん?」
「いや、」
「言いたいことははっきり言ってもらいたい。ただでさえお前は抱え込むのだから」

 これを聞くのはどうかとも思ったけど、ここまで力技で押し切ってきたのだから聞かないのも違うのかもしれない。僕は窓の外を見るフリをして視線を逸らした。

「あんたは、僕のことが嫌いだったと思っていた。前のときは自分のことで手一杯だったから、気にする余裕もなかったけど、でも、今は……。何か、きっかけがあったのか?」
「なるほど? 気になるか?」
「言いたくないならいい。……僕は、あんたともう二度と会えないかもしれないと気付いたときだったから、そういう瞬間があったのかと思っただけだ」
「――ん?」
「何だ」

 奇妙な間とどこかマヌケな声に仕方なく顔を向けた。目を丸くした変な顔でブライトルが僕を見ていた。

「エドマンド」
「なんだ」
「お前、俺のことちゃんと好きなんだな……」
「は?」
「そう言うことだろう?」
「はぁ……?」

 一転して目を煌めかせ始めたブライトルと見つめ合う。日も傾いてきていて光源なんて少ないのに、目の前のトーカシアブルーに光が集まる。

 対して僕は頬がカッカと熱を集め始めてじわじわと耳の縁まで広がっていくのを感じた。僕は気持ちをはっきり言ったわけじゃない。でもブライトルが婚姻を結ぶために奔走した話をして、その理由を聞いて、それに対して自分の話をしたのなら、それは――……。

「忘れろっ……!」

 戦闘時でもないのにこんな大声が出せたのか、と我ながら驚いた瞬間だった。


 翌日、僕らはさっそく湖へ足を運んだ。オライリ家所有の屋敷から馬で十分ほどの場所だ。

「うわー! 広い!」
「本当だな。充分広い」
「あっちは少し浅くなってるから釣りをするならこっちの桟橋、ボートはその隣だな、って聞けよ!」

 歓声を上げるイアンに同意するように、アンドリューが手を庇のようにして全体を見回す。ダンがあちらこちらへ指差して説明する。聞いていた話では余り大きくないとのことだったけれど、中央に小島のような土地を残したおおよそ円形のそこは向こう岸までに一キロはありそうだ。

「さすがに森の奥は少し涼しいな」
「水も冷たそうですね。エドマンド様、泳ぎますか?」
「止めておく。お前はどうするんだ?」
「僕もやめておきます」
「おい! 長時間入りっぱなしになるなよ! 冷えるぞ!」

 水着は着ているものの、セドリックは僕と同じで泳ぐ気がなさそうだ。さっさと水際へ走って行ったメンバーにダンが声を張っている。今にも飛び込みそうになっているバートンとイアン、アンドリューは聞いているのかいないのか、こちらへ大きく手を振ってきている。

「エドマンド様、一緒に釣りはいかがですか? こんなときでもないと機会がないですし」
「経験がないな。どんな魚がいるんだ?」
「僕も幼少期に一、二度です。ダンが言うには、マスやフナなどがいるようですよ」
「そう、」
「すまないね、セドリック。彼は私とこちらだ」
「っブライトル殿下。これは失礼しました。――エドマンド様、楽しんで」

 頷こうとしたのをブライトルに遮られる。苦笑してセドリックは釣り竿片手に桟橋の端へと歩いて行った。

「ブライトル?」
「なんだい? エドマンド?」
「人生初の釣りの機会を奪ったのだから、意義のある経験をさせてくれるんだろうな?」
「そうだな。せっかくだ、乗ってみないか?」
「ボートか」

 ブライトルが揺れる小さなボートに飛び乗り、自然な動作で右手を差し出してくる。僕は三度瞬くと、その手をそっと横へ逸らした。そして、同じようにボートへ飛び乗る。

「お、っと……」
「思っていたより揺れるんだな」

 二人で小さなボートの上、バランスを取るために両手をさ迷わせる。その様子が少しマヌケで、僕等は目を見合わせた。

「はは!」
「ふ」
「中々に無様な絵面だな」
「お互い様だ」

 揺れが落ち着いた頃合いにそっと向かい合って腰を落ち着けると、「エドマンド」と呼ばれて顔を上げた。

「なん、……ぇ?」

 この場合は僕が漕ぐべきだろうとオールに目線をやった瞬間、唇に微かに何かが触れて離れて行った。突然の動きにまたボートがぐらりと揺れる。

「手、悪かった。お前を女性扱いするつもりはないのだけどな」
「ぁ、ぇ、い、なん、何で今だ!」
「真っ赤だな」
「質問に答える気はないのか……?」
「まあね。と言うか、最近思っているんだけどな。どうしたんだ? 前までの方が緊張してなかったじゃないか?」

 僕は口元を押さえていた右手の甲を外してオールを掴む。そんなの、僕の方が聞きたいくらいだ。この関係になってすぐの頃の方が余裕があった。どうして今さらこんなに取り乱しているのか分からない。誰にも見られていないことを確認して、とりあえず胸をなでおろす。この際ブライトルのSPの存在は無視だ。

「なあ、エドマンド、どうしてだ?」
「……知らないな。それよりしっかり掴まっていないと落ちるぞ?」
「なに、っ!」

 言うや否や僕は思い切りオールを漕ぎだした。グン、とボートが動き始める。どちらかと言えば腕力より俊敏性や頭脳プレーを得意としているけど、伊達に鍛えていないんだ。このくらい訳はない。

「……やるじゃないか」
「ふん」

 慌ててボートの縁を掴む様子に満足して思い切り鼻を鳴らした。意地になってスピードを上げていると、泳いでいるアンドリューたちの近くを通る。

「エドマンドー! ブライトル殿下ー!」
「イアン、深さはどのくらいなんだ?」
「ダンでギリギリくらいですよ! 思ってたより水深あります!」

 ブライトルはさっきまでの悔しそうな顔はあっさりと隠して、立ち泳ぎをするイアンに王子らしい笑みを見せた。このメンバーにはそれなりに本性を出しているくせに、必ずカッコつけたがるのは生まれつきの性格なのかもしれない。

「あの小島って何かあるのか?」
「昔埋めた俺の宝物が眠ってるな」
「宝物?」
「ああ」

 僕の問いかけにニヤリとダンが笑う。大人三人ほどが並んで座れそうな小島は、湖の他の場所に比べて全く手入れがされていない。逆に意図的なものを感じたけれど彼の意向だったようだ。

「今も埋めたままなのか?」
「気になるか?」
「当たり前だろう?」
「なら、決まりだね。エドマンド!」 
「……はぁ、一応気を付けろよ。いくぞ、三、二、一、スタート!」

 アンドリューとバートンが好奇心に目を煌めかせながら口を開く。
 僕の掛け声と同時に、バシャ! と勢いよく水が跳ね上がり、四人が一斉に小島へ向かって泳ぎだした。みんな泳ぎの訓練などはほとんど受けたことがないはずなのに中々のスピードだ。

「ははは! すごいな! ここまで水しぶきが飛んできた!」
「アイツ等、こっちがボートだって忘れてるな……」
「転覆しなくてよかったじゃないか」
「そのときは、僕が抱き抱えて岸まで泳ぎますよ」
「――エドマンド、実はさっき手を差し出したの、根に持っているな……?」

 目を細めるブライトルに僕は不器用に笑って返す。虚を突かれた顔をした正面の王子殿下を、不覚にも可愛らしいと感じてしまった。
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