a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】二章 そうそう平穏ではいられない

十七、四面楚歌で踊るのは

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 茶色の分厚い扉を開ける。明るさが眩しい大きな窓にはレースのカーテンがかかっている。胸を張って見た相手は、変わらず書類を見下ろしていた。

 ……今思えば、僕がお爺様に会う時間は早くても夕方ばかりだった。ほとんをどニュドニアの王城で過ごしていて、数少ない在宅の際も早朝に家を出て深夜に戻ってくるような人とどう会えばいいというのか。

 会う、と言うのも何か違う。実際はただの事務連絡だった。何かしら、どうしても直接指示しなければいけないような事態があったようなときだけ、夕方頃に戻ってきていた。あの人も人間なので、一応はそのまま眠りについたこともあったようだ。僕の知るところじゃないけれど。

 それでも、あの人――お爺様は、僕にとってのほとんど唯一の肉親だ。礼儀と義理を込めて、トーカシア国へ向かう日は挨拶へ向かった。

「トーカシア国へ向かい、ブライトル殿下の夫となります。……お世話になりました」

 何も無かった。お爺様は何も言わなかった。いつも通り、ただ書類に視線を落としてペンを動かしていた。「そうか」の一言くらいあるかと思っていた。ブライトルが言うには、僕を多少は心配していたようだったから。

「……失礼します」

 いつもより多く、四拍ほど待って、やっぱり何も無いこと確認すると深く頭を下げて踵を返した。

「いきなさい」

 扉が閉まる直前、聞き間違いじゃなかったとしたなら、あの人はそう言った。決していい祖父じゃなかった。必要以上の厳しさは前世なら虐待と訴えることも出来たレベルだし、愛情を注がれた記憶なんてない。ただ、きっとそれなりに情はあったのだろうと、そう信じてもいいのかもしれない。
 だって、この日は朝陽が差していた。

 『生きなさい』だったのか『行きなさい』だったのか。もう聞く機会は来ないだろうけれど。

 *****

 九月。
 僕たちはトーカシア国の最も格式の高い学園へ編入した。
 二つ年下のフルーリア王女は一人セカンダリへ行くことに可愛らしく唇を尖らせていた。それでもイアンに「頑張ろうね」と言われただけで、瞳を輝かせている姿は本当に愛らしかった。
 
 学園の造りと言うのはどこも余り違いはないようで、教室の広さや机のデザイン、学習システムや校内のルールなどはニュドニアもトーカシア国も似たり寄ったりだった。気候差による建物自体の構造の違いはあるみたいだけれど、むしろ生活を快適にするものだ。さすがに言語や歴史の内容、文化のギャップには苦労がある。逆に理系科目は単語さえ覚えてしまえば何とでもなりそうだった。

 それよりも、一番の大きな違いはこの学園にはクォータナリの研究機関が併設されていることだろう。分かりやすく言えば大学や大学院、さらにその先の専門施設まで敷地内に建っているイメージだ。
 そのお陰でイアンは週に三回、放課後になったらすぐにそちらへ引っ張っていかれて研究に協力することとなっている。

 そうなってくると一人で歩く廊下は気温が下がったかのような冷たい空気が広がって、鋭い視線で埋め尽くされることになる。表立って色々としてこないのは、イアンやフルーリア王女が留学中だからだ。下手を打ってニュドニアとの関係を悪くするわけにはいかないしな。

 例えば王女の可愛い言い間違いや、片言のイアンにはにこやかに対応しているのに、僕の多少の発音の違いを彼等は鼻で笑う。形ばかりの微笑みに乗る目が冷え切っていて、いっそ清々しいくらいだ。

 でも突き刺さる視線は特に害もないので黙殺している。陰口も問題ない。今までは賞賛されることばかりだったから違和感はあるものの、そのくらいで参るような矮小な神経はしていない。
 念のためと初日から持ち物にも気を付けているから、荷物が増えるなどの不便はあっても、今のところ実害はない。日本と違って教室の席が固定なわけでもないので、そちら方面でのダメージもない。

 二人が帰国してから、さらに言えば、ブライトルがターシャリを卒業してからどうなるかは分からない。きっと不穏な呼び出しなどが増えるのだろうし、対処が難しい問題も出てくるのだろう。でも、気にしてもしょうがないと開きなおっている部分がある。

 必ず死ぬわけじゃないからだ。

 学園内で直接命を狙うわけにはいかないし、行き帰りは基本的に馬車でSPも付く。仮に巧妙に事故を装ったところで身を守る程度の力は持っている。本当に命の危険を感じた場合はモクトスタを起動する許可も取り付けている。

 それから、言い方は悪いけれど、女性じゃないので貞操面で辱めるのも難しい。全裸にされて張り付けにされたとして、むしろ困るのは学園側だ。そんな低俗な真似をする生徒がいると王族側に知られる方がまずい。さすがに僕だってそこまでされたら傷つくだろうけれど、……でもやっぱり死ぬわけじゃないんだ。

 僕はこの前とうとう十六歳になって、正式に婚約者としての立場を得た。ここから先は、きっと逃げることはできない。常に行動にも覚悟が必要とされて、責任も伴う。

 ここにいるきっかけはブライトルの無茶な行動だった。王族が男を伴侶に選ぶなんて、前代未聞だ。本当は選ばれたことがイヤだったと言い訳することはいつでもできた。彼も僕が本気で拒絶したら諦めてくれていたのではないかと思う。
 だから結局、僕は僕の道を自分で選んだのだ。誰が決めたわけでもなく、胸を張って、自分の力で。


 どうやら情をかけてくれていたらしい肉親がいた。僕を信頼してくれている友人がたくさんいる。新しい家族は話の分かる方たちだ。何より、ブライトルからは僕を大切に思ってくれていることが伝わる。
 ……なら踊ってやるしかないか、とも思える。それがどんなに滑稽で、そこでたった一人だったとしても。
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