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狐面の男
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深夜、二階の自室で小説を読んでいる。
ふと、遥か遠くで鈴が鳴っている事に気づく。
その音は一定のリズムでしゃん、しゃんと、しかし少しずつこちらに近づいてくるようで、次第に大きくなっていく。
耳のすぐそばで鳴らされているほどけたたましい音量になった時、我慢できずに窓のカーテンを開ける。
窓の外に見える大きな木のてっぺんで、狐の面をかぶったタキシード姿の男がこちらを見ている。
しばらく見つめ合ってから、狐面の男は建ち並ぶ家々の屋根を点々と飛び移りながら去っていく。鈴の音はいつの間にか止んでいる。
こんな体験を幼少の頃よくしてたんですよ、と、地方から来た後輩は言った。
不思議な話もあるもんだなと月並みな感想を述べると、後輩は
「はい、本当に不思議な体験でした」
と言い、続けた。
「僕が狐面の男を見た次の日は、必ず身内が亡くなったんです」
それは…と、私が次の言葉を探している間も、後輩は話しをやめない。
「最初は病気で入院中だった祖母でした。その時は気にも留めなかったんですが、次に狐面の男を見た時、まだ若かった父が死にました。そして三度目にそいつが現れて、前日まで元気だった息子が死んだ時、私はようやく、そいつと身内の死の法則性に気づいたんです」
もはや次の言葉を探すことすら放棄し、絶句することしか出来ない私に、後輩は笑って言った。
「もう、見ることはありませんけどね」
後輩と別れた後も、私は妙にその話が引っかかっていた。
後輩は真面目な奴だ。冗談でも身内の死をネタにして、先輩である私を驚かせるような真似はしないだろう。モヤモヤした思いを抱えながら電車に揺られ、自宅マンションである四◯三号室に着いたのは夜の十一時だった。まだこれから書類を仕上げなければならない。私はノートパソコンを開いて青白く光るモニターと向き合ったが、集中出来るはずもなかった。
はっと目を覚まして時計を見ると、深夜二時を十分回ったところだった。どうやら椅子に座ったまま居眠りしてしまったらしい。眼前の画面にはあいも変わらず、出来損ないの文書ファイルが映し出されている。
どうしたもんかな。タバコを咥えて火をつけた時、確かに遠くの方で鈴の音が聴こえた。私は硬直し、窓の方を見やった。
鈴の音は一定のリズムでしゃん、しゃんと、少しずつ大きくなっていく。
後輩の話していた内容とそっくり同じだ。その音は次第にけたたましくなっていき、両の耳元で鳴らされているくらいの音量となって私を襲った。恐ろしさと五月蝿さで半狂乱になった私は、自室のカーテンを開けてしまった。
最初に目に飛び込んで来たのは、月明かりに照らされて輝く黒い革の靴。そこから徐々に視線を上に向けていくと、夜風にはためくタキシードと狐の面を身にまとった男が、ベランダのヘリに立ち、私を見下ろしていた。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事だろう。私は身動き一つ取れず、そいつを凝視することしか出来なかった。
一体どれほどの時間そうしていただろうか、突然そいつは身をひるがえし、およそ人とは思えない跳躍力でマンションやビルを跳び回り、夜の闇へと消えていった。
眠れぬ一夜を過ごした私は明け方、働きだしてからあまり会えていなかった母の死を知らされた。
数日間の休みをもらい、母の葬儀や遺品の整理をしている最中、私はずっと引っかかっていた後輩の言葉の意味を理解し、ひとつの結論に辿り着いた。
狐面の男の話をし終わった後、後輩は確かにこう言っていた。
「もう、見ることはありませんけどね」
会社に復帰したその日の昼休みに、私は上司に狐面の男の話をした。後輩が私に話したのとそっくりそのまま。最後のヒントも忘れずに。
数日後、身内の不幸を理由に会社を休んだ上司のデスクを見て、私は深い安堵を覚えると共に、後輩を責めることは出来ないなと思った。
ふと、遥か遠くで鈴が鳴っている事に気づく。
その音は一定のリズムでしゃん、しゃんと、しかし少しずつこちらに近づいてくるようで、次第に大きくなっていく。
耳のすぐそばで鳴らされているほどけたたましい音量になった時、我慢できずに窓のカーテンを開ける。
窓の外に見える大きな木のてっぺんで、狐の面をかぶったタキシード姿の男がこちらを見ている。
しばらく見つめ合ってから、狐面の男は建ち並ぶ家々の屋根を点々と飛び移りながら去っていく。鈴の音はいつの間にか止んでいる。
こんな体験を幼少の頃よくしてたんですよ、と、地方から来た後輩は言った。
不思議な話もあるもんだなと月並みな感想を述べると、後輩は
「はい、本当に不思議な体験でした」
と言い、続けた。
「僕が狐面の男を見た次の日は、必ず身内が亡くなったんです」
それは…と、私が次の言葉を探している間も、後輩は話しをやめない。
「最初は病気で入院中だった祖母でした。その時は気にも留めなかったんですが、次に狐面の男を見た時、まだ若かった父が死にました。そして三度目にそいつが現れて、前日まで元気だった息子が死んだ時、私はようやく、そいつと身内の死の法則性に気づいたんです」
もはや次の言葉を探すことすら放棄し、絶句することしか出来ない私に、後輩は笑って言った。
「もう、見ることはありませんけどね」
後輩と別れた後も、私は妙にその話が引っかかっていた。
後輩は真面目な奴だ。冗談でも身内の死をネタにして、先輩である私を驚かせるような真似はしないだろう。モヤモヤした思いを抱えながら電車に揺られ、自宅マンションである四◯三号室に着いたのは夜の十一時だった。まだこれから書類を仕上げなければならない。私はノートパソコンを開いて青白く光るモニターと向き合ったが、集中出来るはずもなかった。
はっと目を覚まして時計を見ると、深夜二時を十分回ったところだった。どうやら椅子に座ったまま居眠りしてしまったらしい。眼前の画面にはあいも変わらず、出来損ないの文書ファイルが映し出されている。
どうしたもんかな。タバコを咥えて火をつけた時、確かに遠くの方で鈴の音が聴こえた。私は硬直し、窓の方を見やった。
鈴の音は一定のリズムでしゃん、しゃんと、少しずつ大きくなっていく。
後輩の話していた内容とそっくり同じだ。その音は次第にけたたましくなっていき、両の耳元で鳴らされているくらいの音量となって私を襲った。恐ろしさと五月蝿さで半狂乱になった私は、自室のカーテンを開けてしまった。
最初に目に飛び込んで来たのは、月明かりに照らされて輝く黒い革の靴。そこから徐々に視線を上に向けていくと、夜風にはためくタキシードと狐の面を身にまとった男が、ベランダのヘリに立ち、私を見下ろしていた。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事だろう。私は身動き一つ取れず、そいつを凝視することしか出来なかった。
一体どれほどの時間そうしていただろうか、突然そいつは身をひるがえし、およそ人とは思えない跳躍力でマンションやビルを跳び回り、夜の闇へと消えていった。
眠れぬ一夜を過ごした私は明け方、働きだしてからあまり会えていなかった母の死を知らされた。
数日間の休みをもらい、母の葬儀や遺品の整理をしている最中、私はずっと引っかかっていた後輩の言葉の意味を理解し、ひとつの結論に辿り着いた。
狐面の男の話をし終わった後、後輩は確かにこう言っていた。
「もう、見ることはありませんけどね」
会社に復帰したその日の昼休みに、私は上司に狐面の男の話をした。後輩が私に話したのとそっくりそのまま。最後のヒントも忘れずに。
数日後、身内の不幸を理由に会社を休んだ上司のデスクを見て、私は深い安堵を覚えると共に、後輩を責めることは出来ないなと思った。
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