やる気

やる気

 2028年、アメリカの某大学の研究チームが発表した「最先端の技術を用いて、人間の『やる気』を可視化することに成功した」というニュースは、世界中に大きな衝撃を与えた。全ての行動の源であるやる気、つまり意欲そのものは、我々人間の肉眼には見えていないだけで、そこら中に落ちている。しかも、いつでも拾い上げて口の中へ放り込む事で、自分のものに出来るのだという。そんな嘘のような情報が各国で報道されると同時に、研究チームはあらかじめ用意しておいた「一般大衆でも容易にやる気を視る事が出来、更にやる気の摂取をスムーズに浸透させる為の最もリーズナブルな商品」を発売した。そう、スマートフォンアプリである。その名も「モチベーションGO」といった。
 アプリのシステムはシンプルかつ画期的で、自分の年齢、職業、趣味を登録し、片手に持ったスマートフォンの画面をそこら辺に向ければ、落ちている「野生のやる気(フリーモチベーション)」が画面内に映し出される。それを、空いたもう片方の手で拾い上げ、キラキラ光るやる気が手に乗っているのをスマホ画面で確認した後、口に放り込めば、たちまち自分が現在欲しているやる気がみなぎってくるのだ。
 日本も他の国に漏れず、発売と同時にアプリはバカ売れし、スマートフォンを所持している者でモチベーションGOをインストールしていない者はダメ人間のレッテルを貼られ、迫害されるほどの流行をみせた。街中では皆、モチベーションGOを起動したスマートフォンを片手にありとあらゆる「やる気」を探し回り、地べたに片手を付いたかと思えばそれを口元へもっていくという、一見ばっちい動作を繰り返していた。もはやポケットなモンスターを探している者は誰一人としておらず、仮にいたとしても「遅れすぎ」「クソアホ」などといわれなき誹謗中傷を受ける羽目になった。
 例えばあなたが「今日は学校へ行きたくないな」と考えたとしよう。そんな時はモチベーションGOだ！ スマホ片手に外へ一歩出てみれば、そこら中にやる気は落ちている！ あなたの職業は「学生」に設定されているはずだ。ならば拾い上げたやる気は自動で「勉学」「部活動」「宿題」等に設定されて、飲み込めばホラ！ みるみるうちに学校へ行きたくなってきただろう？ え？ やる気はなくならないのかって？ 心配ご無用、やる気は世界中にある「気場」俗に言うパワースポットから世界中に拡散されているので、実質無限に手に入るんだ！ パワースポットの近所にお住まいの方は超ラッキー！ 新鮮なやる気をモチベーションGOでGET！ お子様にはファミリーフィルターも設定出来て安心！
 こんなCMが、日本のテレビではひっきりなしに流れていた。また、モチベーションGOにあやかって「やる気のおいしい味付け」などというグルメアプリや「近場のやる気をすぐさまキープ！」といった予約アプリまで配信される始末だった。
 ところが、空前のやる気ブームは思わぬ形で終息を迎える。落ちている「やる気」の中に「ヤる気」や「殺る気」などの有害な「やる気」が混入していることが判明し、世界各国で強姦や無差別殺人が多発してしまったのだ。この連続した事件を受けて各国の政府は「やる気は目に見えないからこそ人の心を奮い立たせるのだ」というもっともらしい表明とともに、モチベーションGOの販売を停止、人々のスマートフォンから完全に削除した。
 こうして世界は再び平穏さを取り戻していったが、やる気の過剰摂取を行った反動で堕落してしまう人間が大量に増え、また、あまりに幅広い年齢層の人々がモチベーションGOを利用したため、その後数年間の各国の出生率、就職率、GDPは大幅に減少したという。
 余談だが、やる気の過剰摂取の副作用は「あくびが止まらなくなる事」であり、街行く人々が、大きく空けた口に手を当てるその動作は、目に見えないやる気を口に放り込む様によく似ていた。