家事代行先の無口なお姉さん、推しVtuberでした。

星宮 嶺

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第8話 最低限のコミュニケーション

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 透子は携帯端末のスケジュールアプリを開きながら、リビングのローテーブルの端にそっと腰を落ち着けた。片付いた床に座布団を勧めたかったが、まだ備えがない。柚月はソファに小さく座ったまま、両手で膝を抱えている。

「次回の訪問日についてご相談させてください。本日中に決めることもできますし、後ほどフォームからご連絡いただいても構いません。もちろん、今回限りでも大丈夫です。ご要望や、改善してほしい点などありますか?」

 言葉をひと区切りずつ区切り、相手の負担にならない速度を心がける。効果はあったのか、柚月は小さく頷き、口元に手を当てたままか細い声を漏らした。

「……あの……いったん片付くまでは……できれば、毎日でも……」

 毎日。透子は瞬きを一度だけ挟み、柔らかく微笑む。

「ありがとうございます。では、続けてご利用ということで事務所へ確認しますね。少々お待ちください」

 透子はバックルーム専用の内線に連絡を入れる。吉永チーフが即座に応答し、明日のスケジュールに空きがあることを確認できた。

「明日も対応可能とのことですが、担当が私ではなく別のスタッフになります。いかがいたしましょう?」

 受話器を戻しながら尋ねると、柚月は目を伏せ、首を横に振った。

「……できれば……いろんな人に来られるのは……」

 透子は理解のしるしに小さく頷き、再度チーフへ連絡。

「かしこまりました。春野が伺える最短を確認します」

 戻ってきた答えは「三日後の昼以降なら調整可」

「三日後の午後一時からであれば、わたくしが伺えます。よろしいでしょうか?」

 柚月は三秒ほどの沈黙のあと、「お願いします」と返した。

「ありがとうございます。それでは、本日の作業報告書と、今後の流れについてご説明しますね」

 端末を操作し、今日の作業内容と次回以降の提案をまとめた表をタブレットに表示し柚月に渡す。柚月はそれを無言で受け取り、熱心に目を通し始めた。

「何かご不明な点や、気になることはございますか?」

 遠慮がちに尋ねると、長い沈黙のあと、小さな声が返ってきた。

「加湿器のフィルター、お願いできますか? どこで買えばいいか、わからなくて……」

 初めての、具体的な依頼。透子は内心で小さくガッツポーズをしながら、表情はあくまで穏やかに保つ。

「もちろんです。型番を確認して、購入しておきますね」

 柚月は少しだけ考え込み、「お願いします」と答えた。

「承知いたしました。では、次回訪問時にお持ちします」

 報告書の説明を終え、料金と支払い方法について確認する。すべてがつつがなく進み、最後に「何かご質問は?」と尋ねると、柚月は少しだけ間を置いてから、おずおずと口を開いた。

「お仕事、とても丁寧で助かりました。ありがとうございます」

 初めての、感謝の言葉。たどたどしいけれど、心のこもったそれに、透子の胸の奥がほんの少しだけ温かくなった。

「ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです。こちらこそ、貴重なお時間とお部屋をお任せいただき、感謝しております。それでは、本日はこれで失礼いたします。また三日後にお伺いします」

 玄関で最後の挨拶を済ませ、扉が静かに閉まる。

 共用廊下を歩きながら、透子は深呼吸をひとつ。場を和ませたい気持ちはあったが、「会話は最小限に」という依頼文を尊重し続けた結果、最後まで必要事項の確認だけで終始した。相手の緊張は明らかだったが、それでも今日は大きな前進だ。

(次はもう少し、空気をほぐせるといいな)

 エントランスを抜け、柔らかな日差しが差す坂道を下る。背後の高層マンションを見上げ、透子は自分の胸に残る小さな違和感を確かめるように薄く息を吐いた。

 一方、扉の向こうでは、柚月がソファから崩れ落ちるように座り込んでいた。初めて自宅に他人を招いた緊張が一気に押し寄せ、綺麗になった床に目をやりながら小さく呟く。

「緊張した…」

 安堵と疲労が混ざった吐息が、静かなリビングに消えた。
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