怪しき中にも道理あり

チベ アキラ

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悪夢の道理

香雪の儀〜夢の事〜

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  何故緊張するのだろうか。部屋は落ち着いた和室で、くつろいで座れるような椅子もある。観葉植物が静かに彩り、時計の秒針もひっそりと時を刻んでいるだけだ。周囲の環境は落ち着いている。
ただ、正面の美少年と向かい合っているだけで。

「では、改めて伺いましょう。私は、『香』る『雪』を『丸』めると書いて、香雪丸と申します。」
「えっと、神来 稔です。・・・あぁ、『神』が『来』る、に、“のぎへん”に“念”じると書いて・・・」
つられて漢字まで名乗ったが、ふと考えた。念じるという漢字は小学生で学習するのだろうか。
俺の記憶ではあまり早い時期に習わなかった気がするし、妹の直美もまだ書けない。香雪丸は明らかに直美より年下だった。
俺が言い直そうとすると、懸念が伝わったように口を開く。
「稔様、ですか。素敵なお名前です。
『豊かに実りある人生になるように』とつけられることが多いですが、とりわけ『のびのびと育って欲しい』という願いも含まれるとか。」
俺以上によくご存知だった。
「そういえば小学生の頃に聞いたことあるな。自分の名前の由来を調べましょうって課題で。」
「あっ!それボクもやりました!」
思いのほか食いついたが、仕事中だと思い出したのか顔を赤くして姿勢を正す。大人びた雰囲気だったが、こういうところは年相応のようだ。
「コホン、失礼しました。本題に入りましょう。
その厄介事というのは、いつ頃から起こったことでしょうか。」
「ちょうど今朝起こったことだ。いや、でも夢だったから厳密には昨日、なのか?」
「夢・・・?」
「あぁ、夢を見たんだ。内容はよく覚えていないが、とにかく気味の悪い夢。それを見たあと、水が欲しくなって・・・」
自分でも要領の得ない話をしていることは分かっているが、いかんせん夢の話はうまく整理できない。夢の内容を覚えていればどうにかなるのかも知れないが、怖くて目が覚めたことしか思い出せない。
「あとは、家を出る時に異常な寒気がした・・・んだが、なんだろうな。説明しようとするとわけわからなくなる。」
「・・・なるほど。一度、整理してみましょう。
まず、あなたが嫌悪感を抱いた出来事は何ですか?」
「嫌悪感・・・変な夢を見たこと、おかしいくらい水が欲しくなったこと、家を出たときに感じた寒気、だな。」
自然とこの話題の焦点三つが浮かび上がる。ただ少し視点を変えただけで。説明するのではなく、自分の感覚に沿って事実を列挙することで。
「では、更に的を絞って話を進めます。夢を見た直後に感じた感覚は、次のうちどれですか?
命にかかわる恐怖か、思い出したくなくなるような嫌悪か、言いようのない困惑か。」
「そのどれかと言えば・・・嫌悪、なのかな。目を覚ました後、少しホッとしたのも覚えている。」
言い表しようの無い感覚に、適切な言葉が例示された。俺はその中から自分が最もしっくりと来る言葉を選ぶことができた。
「ホッとしたのは、目を覚ました瞬間とその後に何か変化があったからでしょうか?」
「そう、だな。そういえば、豆郎・・・守護霊の姿を確認してからは少し落ち着いたかな。帰ってきたって感じがしたというか。」
落ち着くまでの俺は、まるで俺では無いようだった。ワケも分からずただ水を求めて、吠えている豆郎に引っ張り込まれるように意識が戻ってきたんだ。
「ということは、水を求めていたことに違和感を覚えたのも夢に関係するのですか?」
「そう、だな。少なくとも俺はそう思ってる。結局正気に戻った後も喉は渇いていたけど。」
繋がった。
「寒気については、流石にどう説明していいか分からないな。こう、身の毛もよだつ、っていうか、背筋を指先でなぞられたような、何とも言えない感じだった。」
「・・・なるほど。気温の変化による身震いというよりは悪寒、という感じですね。」
「そう、悪寒だ!まさにそんな感じだった!」
話がまとまった。あんなに漠然としていたのに。気がつけばこの少年に乗せられて、話すうちに説明し尽くしていた。俺は話し下手な方だと思っていたが、事情を伝えるには十分だったのでは無いだろうか。むしろ今は話し足りないと言えるほどまである。何か話すことがあるかと言えば無いのだが。
「ちなみに神来様、その悪夢についてですが」
「ストップ。聴取以上のお喋りは後だよ香雪丸、ご苦労様。」
話に熱が入り始めたところで、鬼払瀬が水を差す。
小さな火が踏み消されるように、俺と香雪丸の言葉は立ち消えた。
「まったくキミは相変わらずの聞き中毒だね。その好奇心は関心だが、今は神来くんの悪夢をどうにかするのが先だろう?」
「あっ・・・申し訳ありませんでした。」
2人の間で完結されたが、俺は何故話を止められたのだろうか。ちょうどまだまだ話したいと思い始めたところだというのに。
「悪いね、神来くん。話し足りないだろうけど、それはこの子がそう仕向けているだけなんだ。タチの悪いことに、無意識にね。」
「えっ、ど、どういうことだ?」
「君も最初のうちは自覚していたかも知れないが、香雪丸は君が話しやすいように道筋を作っていたんだ。曖昧な点を整理して、言い表しづらい所には定義を教えて。聴取としては天賦の才だが、いかんせん聞きたがりな子でね。良く言えば聞き上手、悪く言えば『聞き中毒』なのさ。」
そういえば、ついさっきまで柄にもなく話に熱が入っていた気がする。これが言霊師 香雪丸の会話術・・・。
「でも、お陰で君の置かれた状況は把握した。これは流石に現場検証が必要だね。」
「現場検証?」

「君のお家にお邪魔する。」
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