怪しき中にも道理あり

チベ アキラ

文字の大きさ
上 下
9 / 20
悪夢の道理

推理もヘッタクレもない事

しおりを挟む
「拝み屋『水鏡書堂』の鬼払瀬 美晴です。こっちは助手の香雪丸。ご子息より相談を受けまして、調査及び除霊の為に伺いました。」
ブレザー姿の女子高生が淡々と拝み屋としての自己紹介を述べる。他所から見ればとんでもない冗談だ。
流石に突然の訪問だったからか、母さんは目を丸くしている。事前に電話はしたのだが、相談した友人も霊感があって見に来てくれる、だけでは説明しきれなかったらしい。忙しい身の母さんに申し訳なくなった。
「稔、あなたのお友達ってもしかして女の子だらけなの?それとも友達以上?彼女?」
前言撤回だ。なんて事をぬかしやがる。
「いや、そうじゃなくて。電話しただろう?霊感の強い友達がいるから見てもらうって。」
「てっきり男の子かと思ったんですけど?まあ、とりあえず上がって。稔、あんたちゃんとベッドの下とか片付けた?」
「変なこと言うなよ!というかコテコテなセクハラを息子とその同級生に向けるな!」
その間鬼払瀬は玄関周りをじっくりと見ているようだった。もともとその様な手順なのか、それとも既にここに何かあるのか、とにかく調査は、もう始まっていた。
「香雪丸、念のため神来くんのお母さんからもお話を聞いてほしい。確認したいことがある。」
「承知致しました、美晴様。」
お邪魔します、と2人揃って綺麗に一礼し、家にあがる。
香雪丸がリビングに行くなか、鬼払瀬は俺を呼び止めた。
「神来くん。私はキミの部屋を見るから案内してくれ。」

  俺の部屋に家族以外が立ち入ったのは鬼払瀬が2人目だった。ちなみに1人目は勉強会という口実でウチの冷暖房をタカリに来る葛西 掬江だったりする。
自分の部屋に美人な女子が入って二人きり。普通ならとても嬉しい展開だろう。その女子が鋭い目つきで鈴を鳴らしながら入ってくる点を除けば。
「・・・少し大仰に立ち入ってみたが、そう畏る必要はないよ。念のための魔除けだ。」
「鈴が、魔除け?」
思えば香雪丸のランドセルにも鈴がついていた。歩くたびに鳴っていたが、アレも霊的な理由だったのだろうか。
「柏手の魔除けは有名だろう?大きく手を打ち鳴らし、その音による波動で魔を祓う。民間に伝わる俗説だが、これは間違っていない。こういった鈴や鐘、それから先ほど挙げた柏手も、神道においては魔除けや神への呼びかけとして古くから用いられている。」
「それで香雪丸もランドセルに鈴をつけていたのか。」
「彼は厳密には言霊信仰だから、つけようとしたときに複雑な顔をしていたがね。」
あの穏やかな表情が歪む姿をイマイチ想像出来ない。
「そういえば、俺の部屋でそれだけ鳴らしているってことは、俺に見えない何かが居るのか?」
俺は以前、調整される前の豆郎はしっかりと視認できなかった。また、玄関先で寒気を感じたときは周囲に幽霊の姿は見えなかった。
「・・・いや、余計なモノが入ってくると推理が崩れるからね。ここで結論を出す。
さあ、明け祓うとしよう。」

「キミの霊感は本当に良い精度をしているね。おかげでとても推理がしやすい。」
  鬼払瀬は俺のベッドをジッと見つめながら推理を始める。そんな場合ではないと分かっているが、自室に女子と二人きりでベッドの上を凝視されるというのはなんとも言えない複雑な気分だ。
「キミの霊感はモノによって強さが変わる。人間の霊や強い怨念には視認も可能だが、定義の違う存在は曖昧に捉えている。以前の豆郎がその最たる例だね。」
「まあ、たしかに。ハッキリと見えるものと見えないものがあるな。特に今回はそれらしい姿は見ていなかった。」
自分で言っておいて、俺はある疑問に至る。
「・・・あれ。俺はどうして何の姿も見ていないのに、心霊現象だって思ったんだ?」
「今更気づいたかい?そう、今回キミは幽霊の姿を一切見ていない。見ていれば、真っ先にその姿を私や香雪丸に話し出すはずだ。おそらく下で話しているキミのお母さんも姿は見ていないだろう。」
今香雪丸がリビングでしている聴取は俺の話の裏付けの為だったらしい。
「キミの霊感は視覚に依存している節があったからね。霊が見えていないのに私に相談しに来た事が不思議だった。だから現場検証に来て、私自らの目で確かめるしかなかったわけだが・・・」
そう言って鬼払瀬はベッドの下を覗き込む。
「な、何やってんだよ!別に何も入ってないぞ?」
「何をそんなに動揺しているんだい?まあ確かに何も無かったが。」
鬼払瀬は母さんの冗談を聞き流していたらしい。
続いて枕の下、そばの壁、扉そのものを入念に触れていく。
「・・・やはり無いね。」
「さっきから何を探しているんだ?」
「玄関先をもう一度見せてもらうよ。最後の確認だ。」
会話の間も惜しいと言わんばかりに鬼払瀬は部屋を出る。探しているものがあるなら言ってくれれば一緒に探すというのに。
未だに理解できないマドンナに振り回されながら、俺はその後をついていった。

  玄関先。俺が例の寒気を感じた現場。外に出てすぐにある軒先の空間まで降りてきた。
鬼払瀬はしゃがみ込んで地面をなぞる。
「今まで似たような経験はあったかい?」
「いや、ここまで身の危険を感じたのは初めてだ。」
ここも違う、と呟いて周囲を見回す。先程から探しているものの正体は相変わらず教えてくれない。
しばらくその姿を眺めていると、急に鬼払瀬から話しかけてきた。
「・・・神来くん。呪われた経験はあるかい?」
「・・・はっ?」
呪われた?確かにそう言った。鬼払瀬は今回の事件を呪いだと思っているのだろうか。
「呪われたことは無いと思うけど・・・まさか呪いなのか?」
「いや、ただちょっと確認しただけさ。その様子だと呪いの形も見た事が無さそうだね。見えるか見えないかも、自分では分からない。
・・・神来くん、ゴミはどこに捨てている?」
今日の鬼払瀬はよく話が飛ぶ。
「ゴミ捨て場があるからそこに捨てているな。」
「それは神来家だけのものかい?」
「いや、ここら辺はみんな使ってるよ。ゴミステーションって言うのか?こういうの。」
俺の話を聞き流しながら、鬼払瀬は吸い込まれるようにゴミ捨て場へと向かい、鈴を鳴らす。
そして、どこか落胆したような大きな溜め息をついた。
「・・・推理もヘッタクレもあったものじゃないね。」
「き、鬼払瀬?」
「嫌な予感がしていたからサッサと済ませようと思っていたが、やっぱりそうだったみたい。
道理は通った。終わらせよう。」
しおりを挟む

処理中です...