異世界転生カンパニー

チベ アキラ

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巡谷 リンネ 編

リンネ、転生 その3

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「将来の夢、か。」
小学生じゃあるまいし、と心の中で毒づいた。
  つい最近まで中学生で、高校受験に必死になっていた私が、ようやく解放されたと思った矢先にこれだ。
待ち受けていたかのように次は大学受験だとか就職がどうだとか、さらに重たいシガラミが押し潰してくる。
そこまでは社会のシステム上仕方がないとしても、気に食わないのはその選択が本人の希望であることが前提かのように語りかけてくる"夢"という言葉だった。
そして素直に夢を語ると現実を見ろと言われる。現実的な夢という言葉の矛盾がむず痒くないのだろうか。最初は疑問に思っていたが、現幻うつつまぼろしの分別がつく年頃になれば含意は理解できる。親の言う通りにしろ、と。
勉強にも部活にも身が入らなくなったのは、その頃からだった。

「あっ、あれって天使ですよね!すごい、本物なんて初めて見た!」
  肩の力が抜けた私は、とにかくこの視察を楽しんでいた。一生を終えなければ体験できない異世界視察だ。楽しまなければ勿体ない。
今まで事務的だと思っていた鎌田 忍の態度は、適度に相槌をうち欲しい返事をくれる心地よい距離感だった。
そして何より、私が生前抱いていた悩みについて、約束通りあちらからは聞いてこなかった。
「この世界では私も羽が生えて飛べるんですか?」
「基幹的な存在が天使ですからね。巡谷さんも天使として生まれることになります。ご希望とあらば魔王や悪魔にも転生できますが。」
悪役にもなれるらしい。
「世界征服を目指すのは斬新かも。でもモンスターにはなりたくないなぁ・・・あっ、ホワイトな魔王軍のある世界とかありませんか?」
「転生者が魔王をしている世界ではホワイトな軍運用をされる方が多いらしいです。あとは悪魔同士の抗争がある世界ではハト派の魔王がいますね。」
聞けば聞くほど様々な世界の存在が出てくる。そしてどの世界も、その世界に生まれ落ちて為すべき事がハッキリしていた。
ドラゴンや魔王を倒して世界を救うこと、不思議な生き物を育てて町の人たちを幸せにすること、魔王と一緒に世界征服をすること。
生きていた頃の真っ暗な未来ではない、明らかな人生が異世界として広がっていた。
「主人公、みたいだ。」
何かのために生まれるなんて、それこそ。
「異世界転生をすれば、私も主人公になれるんですね。夢みたいだ・・・」
「・・・あなたの人生は、いつだってあなたが主役ですから。
それが生きていようと死んでいようと、変わりませんよ。」
はじめて、目をまっすぐとみつめてその言葉を使われた。
「少なくとも生前の私は、そう思えませんでした。」
「・・・そうなのですか?」
「女優さんに、なりたかったんです。パン屋さんとか、警察官とか、あっ、一時期WJBLのプロ目指してバスケ部に入ったりもしたなぁ。
なりたいものは、たくさんあったんです。」
「色々なものに興味を持たれていたんですね。」
気遣いではなく、本心で言ってくれていた。
「でも、中学卒業する前に足を壊しちゃって・・・。それから、絵を描くことも好きだったから漫画家を目指しました。それからだったかな、親と気まずくなったの。」
今まで通り、応援してもらえると思っていた。分かってもらえると思って素直に打ち明けた。
「食っていけるわけがない、そんな子供らしい夢はもう捨てろ。初めて、そう言われたんです。
わざわざ正座させられて、私の口から諦めますって言うまで毎晩のように。
最初のうちは粘っていたんですが、バイトで貯めたお金で買った画材を捨てられたり、描いた絵を散々バカにされたりして、段々と嫌になっちゃって・・・
それで、諦めた頃に進路の話が学校で始まりました。
『何になりたいか決めなさい』・・・って。」
今更すぎた。
「何もかも折れた後に言われても、ただの嫌味だって。そう思ったら私、自分の人生が自分のものに思えなくなったんです。」
夢を見ることは愚かなことなのだろう。輝かしい世界で生きていけるのはほんのひと握りなのだろう。
だが、こうして何者にもなれないまま死んでしまうのであれば、せめてその前にひと握りの落ちこぼれにでもなりたかった。
始まりもない人生を、送ることなどなかった。
「だから、異世界を見て回っていても怖くなったんです。ここはお前には向いてないっていつ言われるか。
でも、鎌田さんは私の好きなように見せてくれた。
私、ちゃんと心からやりたい事を探して良いんだって・・・」
話しているうちに声が震え始める。生前ずっと押し潰されるような感覚になっていたからだろうか、縛りつけるような重みから解かれて、もう大丈夫だと言われたような気がして、張り詰めていた心の奥の何かが緩んだように。
「あなたの人生は、いつだってあなたの為にあるべきです。それが浮世であろうと転生であろうと。
我々は、そのお手伝いをするのみ。
とりあえず、この勢いで溜まった鬱憤を晴らしていただきましょうかね。」
鎌田は私を抱き寄せ、頭を撫でてくれた。
両親と喧嘩して以来、ご無沙汰だった母親の温もりだった。
「・・・あのね、私・・・それでも、頑張ったんだよ・・・」
「・・・ええ。あなたは、頑張り屋さんですね。」

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