褪せた世界をもう一度

湊鈴

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ペンと酒

1℃の世界で

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少女と話した後、私はとりあえ少女の為に温かいお茶の小さいペットボトル買ってあげることにした。
一応自分が着ているパーカーを貸してやろうとしたが、真面目に拒絶されたのでやめておいた。

コンビニに入り、店内の奥に進むとガラス張りのドア付き棚が出現する。
清涼飲料水などが配置されてる中、通常の半分サイズのペットボトルが大量に配備されている棚の前に立つ。

商品棚の上には『温かい飲み物』と緩み切ったフォントで書かれており、熱気が此方へと伝わってくる。

私はその棚からお茶のペットボトルを2本拝借する。


「他に何かいる?」

「いえ、大丈夫です」

「オッケー」


お菓子か何かついでに買おうかと思ったが、少女は要らないと遠慮気味に答えた。
仕方ないので、私の好物の味なしビスケットだけ買っておく。

店内は時間帯と気温の影響もあってか、私達以外に客は居なく、代わりにレジ打ちの店員らしき人物が一人カウンターで佇んでいる。

私はカウンターへと向かい、レジカウンターに持っていた商品を全て置く。
店員はレジから会計中、横にいるボロボロの少女を、コンビニの店員は明らか懐疑的な眼差しで見ていたが知らないフリをした。


「会計530円です」


ピッという電子音の後に、横のモニターから大量の字と強調された530円という文字が映し出される。

私はパーカーのポケットを徐に手探り、100円玉を6枚出す。
いつもなら電子マネー(使いたい所だが、可能な限り早くコンビニから脱出したかったので仕方ない。

店員は「600円お預かりします」と言ってレジスターのキャッシュドロアーに600円を放り込んで、代わりに70円を手に取る。
横から少しばかり伸び出た紙をちぎりとり、そのまま私の前へと手を伸ばす。


「お釣りとレシートです、あざしたー」


やる気のない店員の声をバックに、私は少女を連れて早足でコンビニの出入り口へと向かう。

外に出ると、外は冷たい風が勢い良く吹いていて、とてもじゃないが肌着1枚で生きていける環境ではない。

多少コンビニから遠かったのを確認すると、私は先程購入したペットボトルを彼女に手渡す。


「はいこれ」

「...すみません、ありがとうございます」


少女は短く御礼の言葉を言うと、ペットボトルの蓋を捻って開けて勢いよく飲んだ。

ほぉっという声が彼女から溢れる。

歩きながら私は一応、少女が懸念している可能性のある事について話すことにした。


「私の家さ、この近くなの。まあ今日だけなら多分バレないし大丈夫だと思うよ」

「えっと、すみません」

「謝んないでよ。別に気にしてないし」


ぶっちゃけ半ば勢いだったし。

短く喋った後、私達は暫く黙ってしまった。
ただ寒い風が私達の背中を押していく。

拾った少女は私を完全には信頼していないらしく、少し距離を取って私の後ろを歩いている。

ただ気まずい空気に押し潰されそうになりながら、コンビニにまでの道筋を逆走していると、すぐに見慣れた赤煉瓦造りの小さなマンションが視界に現れた。


「うちさ、あんまり家に人来ることなくて結構汚れてるんだけど...」

「いえ、大丈夫です。すみません」


なんか謝ってばっかりだな、この子。

エントランスについた後、私はズボンの尻ポケットに入れてあった鍵を取り出し、よくある呼び出し口に備え付けられている電子錠にかざす。

すると、反応した錠は何も言わずにただ自動ドアをゆっくりと開けた。
そのままエントランスを抜けてエレベーターの操縦盤を押して、しばらく待つ。

この間、少女は何も話さない
私も特に話題はないので話せないでいた。

静かに待っていると、エレベーターが下りてきてドアを開けて私たちを歓迎する。

乗った後、どうなるかは言うまでもない。

いつもより倍以上の時間の長さを身にしみて感じながら、私はエレベーターを降りる。

そのまま玄関の扉前まで進み、ドアノブの上下に空いている穴に鍵を刺し、解錠する。
中で金属が軋む音が聞こえたのを確認すると、力強くこちら側へと引いて扉を開けてやる。

扉の先は真っ暗で、辛うじて廊下に設置されている光源が玄関を薄く照らす。


「ん、どうぞ」

「...お邪魔します」


私はいつも通りの手順で鍵を靴棚の上に置くと、先に靴を脱いで自宅へと上がり込み少女を招き入れる。

とりあえずマスクと帽子を取ってしまおう。

少女が泥だらけのスニーカーを脱ぐ間、枝分かれになった部屋の廊下を走って、急いで洗面所へと向かい真っ白でモフモフとしたタオルを余分に二枚ほど手に取る。
というかこれ、もういっその事風呂にでも入ってもらおうか。

まあ湯舟を張る時間もかかるし、とりあえず濡れた箇所だけでも拭いて頂かねば。

玄関へ戻って一人立っている少女にタオルを渡し、それで拭くように暗示する。


「まあ風呂入りなよ。汚れたでしょ」

「え、いやそんな」

「厚意は受け取れるうちに受け取るもんだよ」


私は半ば強引に遠慮がちな少女を説得し、洗面所まで引き連れて浴槽に湯を張る準備を開始した。
少女は既に抵抗するのを諦めた様子で、私は少しホッとする。

悪いがついでに彼女の服も洗わせてもらおう、汚い状態で着させるのは些か気が引ける。


「ウチのやつバカ小さくてさ。多分頭とか洗ってたら直ぐ張れると思うよ。その髪、結構面倒くさいでしょ」

「えぇ、まぁ長いので」

「だよねぇ。私のみたいなの結構楽だよ」


自分の髪を手ですり潰すように撫でながら言う。
前の少女の髪と比べて、私のはだいぶ短いボブヘアでそこまで重めのスタイルではない、やはりボブヘアが一番だ。

いや自分のことはどうでも良い、とりあえず着替えでも用意してあげなければ。
私は少女に「とりあえず待ってて」と伝えると、寝室まで早足で向かう。

開けっ放しの寝室に入ると、一人用ベットやら立て鏡やら小物が大量に置かれている中、壁を抉るように作られたクローゼットを開いて数少ない私の部屋着を手に取る。
残念ながらJK受けは全く期待しない方がいいであろう無地の白色の長袖のシャツとズボン、それから私がさっき着ていたパーカーであるが、無いよりかはマシだろう。

下着はどうしようか、流石に汚れているだろうし私ので我慢してもらうしかない。

とりあえず私は部屋着セットを両手で持って、洗面所へと向かい、髪の毛をタオルで拭いていた少女の元まで運ぶ。


「私のしかないけど、大丈夫だよね」

「あ、すみません」


少女は申し訳ない雰囲気を醸し出しながら、あたふたしている。
流石にこれから永遠に少女呼びは不便だし、せめて名前でも聞いておこうか。


「えっと、名前なんだっけ?」

真栄まえです。真心の真に栄えるって書くんです」


随分と良い名前だ。
ご両親の顔を一度見てみたい、色々な意味で。


「ほー真栄ちゃんね、私は麻衣子まいこ。麻に衣に子で麻衣子。えっと真栄ちゃんは今日うちに泊まるよね」

「え?」

「え?」


数秒間、沈黙が走る。
水が落下してゴボゴボと音を立てている以外、何も聞こえなくなった。

どうやら泊まるつもりはなかったらしい。
正直、真夜中且つ極寒の中に放り出すわけにもいかない。

私が説得しようと口を開けるより先に、少女が短く答えた。


「...いや、そんなことは..」


私も些細な出来事で家出をした事はある。
その時運良く泊めてくれたおばあさんを思い出すが、普通初対面の人の家に泊まるなんて恐怖心で一杯だろう。

だが真栄がここ以外に行く宛があるとは思えない上に、仮にあったとしても碌でもない場所である事は火を見るよりも明らかである。

とりあえず私は彼女の心情を口に出してやる事にした。


「だって君、家帰りたくないんでしょ」

「...はい」


少し詰まりながらも、素直に答える。
私の顔を見たくないのか、彼女は下を向いてしまう。


「なら良いんじゃない?今日ぐらい。野宿よりマシでしょ」

「えっとでも...確かに野宿はあんまり..」

「んじゃ泊まりな。あー私女の中でも非力だから安心して」


真栄はふっと軽く吹き出して、下がっていた顔を上げる。


「逆に私が何想像してると思ってたんですか」

「え?そりゃあ...」


無理矢理襲う。と言う寸前で、私は急いで両手で口を塞いだ。
流石に言い難い事ありゃしない。
確かに目の前の少女は男性から見れば、ぐうの音も出ない程美人であることは間違いない。


「ねぇ、何想像してたんですか?」

「え、いやそれは...」

「もしかして...」


真栄が何かを言いかけた途端、ピロリンという明るい電子音が風呂場から鳴る。

私はハッと思い付いたように口を開く。


「あ!沸いたみたい!ささ早く入ってね」

「え、ちょっ」

「ほら!えっと赤い容器のがシャンプー、白がボディソープ、トリートメントは1番上、さあごゆっくり!」


半ば無理矢理浴室前へと押し出し、十分距離を取ったところで急いで洗面所の扉を閉める。

みっともない。

少し顔が熱い、良い歳して情けない自分につくづく失望してしまう。

大人を揶揄うのも大概にしてもらいたいところだ。
私は少し頬に手を合わせて一息つく。

ふと、私は今後の彼女について想像してしまった。

恐らく、この行いがバレたとすれば私は間違いなく捕まるだろう。

私の処遇は簡単に分かる。だが彼女はどうだろうか
真栄は家に帰されるのだろうか、それとも親族に?保護施設かもしれない。もしかしたら親が別れていて片方の方に引き取られるかも。

そうなれば彼女は救われるのだろうか、ただでさえ彼女は追い詰められているのは明らかだ。
一体、彼女にとっての最善の結果は何だろうか

立ち止まって暗く考え耽っていると、突然自分の腹から深く響き渡る音が聞こえた。

そういえば慌てていたせいで何も食べていなかった。


「...デリバリーするかぁ」


彼女も何も食べていないし丁度良いだろう。
あれ、こうやって家で人と何か食べるのって久しぶりだな。

いつもは細々と適当に食べていたが、人が来るとなれば話は別だ。
今日は豪華にいこう。


「善は急げ、だよね」



ドッドッドといつもより早い心臓の鼓動を抑えながら、私はスマホを求めて書斎へと向かった。
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