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序章 総ての始まり
第2話 髪切り魔の噂
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結局その日はそれ以上お客が来る事もなく、早々に店じまいとなった。……まぁ、あの千円だけでもウチにしては破格の稼ぎだったんだけど。
ちなみにその千円でささやかな贅沢……をするような事はなく、しっかりと貯金しておいた。いつ急な出費があるか、解らないもんね。
「おはよー、美沙緒」
「おはよー」
そして今日もウチはいつも通り、大学に顔を出す。友人達と適当に挨拶を交わすと、いつも座る講堂の中央左側の席についた。
前すぎると、教授に顔を覚えられる。後ろすぎると、講義の内容がよく聞き取れない。真ん中すぎると、真っ先に目に付きやすい。
といった感じで半年かけて探し出した、ウチにとっては絶好のポジション。中心部から少し左右にずれるだけで、人間の認識率はグッと下がるのだ。
美大と言うととにかく作品を作って作って作りまくる!ってイメージの人が多いだろうし、実際ウチも入学するまではそう思ってたけど、最初の一、二年ぐらいはこうやって講義を受ける事も必須になってる。勿論実技もあるけど、それだけやってれば卒業出来る訳じゃない。
つまり美大生だって、それなりに勉強が出来なければならないのだ。ここはちょっと、ウチにとって誤算だった。
「美沙緒おはよ。今日も余裕のご到着だね」
とりあえず机にうつ伏せになってダラダラと時間を過ごしていると、不意に横から声をかけられた。顔だけをそっちに向けるとこじゃれた服装の、いかにも大学生活満喫してます!って感じのセミロングの茶髪の女の子が立っていた。
この子の名前は秋吉遥。この大学で初めて友達になった子だ。
「おはよ、遥。だってこの席狙ってる人多いんやもん」
「自分の為ならメチャクチャバイタリティー発揮するよね、美沙緒は」
「トーゼン! 自分の為に頑張らないで、他に何に頑張るの」
ダラダラしながらのウチの主張に苦笑いを浮かべ、遥が隣に座る。ウチにこう言ってはいるけど自分だってこうして早めにいい席を確保しているのだから、皆考える事は一緒……の筈だ。
「で、どう? 絵の方は」
バッグから筆記用具を取り出しながら、何気無く遥が尋ねてくる。うちはそれを聞いた途端、ガバッと跳ね起き遥に捲し立てた。
「それがね、聞いてよー遥! めっちゃ変な客がいたんだよ!」
「変な客?」
「そいつってばいきなり人を黒い毛虫扱いしてさ! もー信じらんない!」
「毛虫……プッ」
可笑しそうに吹き出した遥に、ますますウチの機嫌は悪くなる。そんなにウチは毛虫に見えるか、この!
「遥ぁー……」
「ゴメンゴメン。で、変なとこってそれだけ?」
「それだけって、ウチにとってはそこ一番重要なとこ! ……まぁ、それ以外もおかしかったけどさ……」
「へぇ。どういう風に?」
ウチは再び机にうつ伏せになって、顔だけ遥に向ける姿勢に戻る。そしてこれを「おかしなところ」として報告しなければならない事に若干の屈辱を覚えながら言った。
「そいつ、ウチの似顔絵買ったの。しかも千円で」
「は? アンタの似顔絵に、千円?」
途端に、遥の顔が怪訝そうなものに変わる。うぅ……そんな疑いの目で見ないでよぉ……。
「え嘘? エイプリルフールはまだ半年以上先よ?」
「本当だって! しかもウチの噂知ってるのに、前払いで出してきたの!」
「前払いぃ!? それで後で返せとも何も言われなかったの!?」
「うん……怒るどころか気に入ったって……」
言ってるうちに、だんだん自分でも昨日の出来事が本当にあった事なのか不安になってくる。でも財布には、確かに千円増えてるしなぁ……。
「マジで? たまたま上手く描けたとか?」
「逆逆! 上手く描けるどころか顔が……」
そう言いかけて、はたと言葉が止まる。「出来上がった絵がのっぺらぼうだった」なんて、いくらこの流れでも悪い冗談にしか思われないんじゃないだろうか。
「顔が?」
「……今までで一番似てなかったの! すっごく!」
ひとまずウチは、強引にそう繋げる事にした。遥はとりあえず納得してくれたようで、腕を組みふんふんと何度も頷き返す。
「成る程ねー……そりゃ確かに変な客だわ」
「ウチは儲かったからいいけどさー……でも、出来れば二度と会いたくないかな」
「じゃあ、場所変える?」
言われてウチも考える。どっちにしろ、このまま駅前にこだわってても噂のせいで客は大して来そうにないし。
そういや、アイツ最後に何か言ってなかったっけ? 場所を変えるなら商店街がいいとか何とか……。
「……商店街、とか?」
試しに、そう呟いてみるウチ。けれど遥は、それを聞いて急に顔を曇らせた。
「アンタ……知らないの?」
「へ? 知らないって、何が?」
「『連続髪切り魔』。最近商店街で活動してるって噂だよ」
その言葉に、思わずウチは息を飲む。『連続髪切り魔』とは文字通り、女の子の髪を切って回る通り魔の事だ。
正体、目的一切不明。解っているのはこの東京を活動拠点にしている事、そして髪の綺麗な子が狙われるという事だけ。
何しろ髪を切る以外に実害はないので、警察もまともに動いてくれない。でも髪を切られるというのは、女の子にとっては相当な一大事であるのだ。
「他にも場所はいくらでもあるじゃん。商店街だけは今は止めときなよ」
「う、うん……」
真剣な表情の遥に、ウチは頷く事しか出来なかった。
ちなみにその千円でささやかな贅沢……をするような事はなく、しっかりと貯金しておいた。いつ急な出費があるか、解らないもんね。
「おはよー、美沙緒」
「おはよー」
そして今日もウチはいつも通り、大学に顔を出す。友人達と適当に挨拶を交わすと、いつも座る講堂の中央左側の席についた。
前すぎると、教授に顔を覚えられる。後ろすぎると、講義の内容がよく聞き取れない。真ん中すぎると、真っ先に目に付きやすい。
といった感じで半年かけて探し出した、ウチにとっては絶好のポジション。中心部から少し左右にずれるだけで、人間の認識率はグッと下がるのだ。
美大と言うととにかく作品を作って作って作りまくる!ってイメージの人が多いだろうし、実際ウチも入学するまではそう思ってたけど、最初の一、二年ぐらいはこうやって講義を受ける事も必須になってる。勿論実技もあるけど、それだけやってれば卒業出来る訳じゃない。
つまり美大生だって、それなりに勉強が出来なければならないのだ。ここはちょっと、ウチにとって誤算だった。
「美沙緒おはよ。今日も余裕のご到着だね」
とりあえず机にうつ伏せになってダラダラと時間を過ごしていると、不意に横から声をかけられた。顔だけをそっちに向けるとこじゃれた服装の、いかにも大学生活満喫してます!って感じのセミロングの茶髪の女の子が立っていた。
この子の名前は秋吉遥。この大学で初めて友達になった子だ。
「おはよ、遥。だってこの席狙ってる人多いんやもん」
「自分の為ならメチャクチャバイタリティー発揮するよね、美沙緒は」
「トーゼン! 自分の為に頑張らないで、他に何に頑張るの」
ダラダラしながらのウチの主張に苦笑いを浮かべ、遥が隣に座る。ウチにこう言ってはいるけど自分だってこうして早めにいい席を確保しているのだから、皆考える事は一緒……の筈だ。
「で、どう? 絵の方は」
バッグから筆記用具を取り出しながら、何気無く遥が尋ねてくる。うちはそれを聞いた途端、ガバッと跳ね起き遥に捲し立てた。
「それがね、聞いてよー遥! めっちゃ変な客がいたんだよ!」
「変な客?」
「そいつってばいきなり人を黒い毛虫扱いしてさ! もー信じらんない!」
「毛虫……プッ」
可笑しそうに吹き出した遥に、ますますウチの機嫌は悪くなる。そんなにウチは毛虫に見えるか、この!
「遥ぁー……」
「ゴメンゴメン。で、変なとこってそれだけ?」
「それだけって、ウチにとってはそこ一番重要なとこ! ……まぁ、それ以外もおかしかったけどさ……」
「へぇ。どういう風に?」
ウチは再び机にうつ伏せになって、顔だけ遥に向ける姿勢に戻る。そしてこれを「おかしなところ」として報告しなければならない事に若干の屈辱を覚えながら言った。
「そいつ、ウチの似顔絵買ったの。しかも千円で」
「は? アンタの似顔絵に、千円?」
途端に、遥の顔が怪訝そうなものに変わる。うぅ……そんな疑いの目で見ないでよぉ……。
「え嘘? エイプリルフールはまだ半年以上先よ?」
「本当だって! しかもウチの噂知ってるのに、前払いで出してきたの!」
「前払いぃ!? それで後で返せとも何も言われなかったの!?」
「うん……怒るどころか気に入ったって……」
言ってるうちに、だんだん自分でも昨日の出来事が本当にあった事なのか不安になってくる。でも財布には、確かに千円増えてるしなぁ……。
「マジで? たまたま上手く描けたとか?」
「逆逆! 上手く描けるどころか顔が……」
そう言いかけて、はたと言葉が止まる。「出来上がった絵がのっぺらぼうだった」なんて、いくらこの流れでも悪い冗談にしか思われないんじゃないだろうか。
「顔が?」
「……今までで一番似てなかったの! すっごく!」
ひとまずウチは、強引にそう繋げる事にした。遥はとりあえず納得してくれたようで、腕を組みふんふんと何度も頷き返す。
「成る程ねー……そりゃ確かに変な客だわ」
「ウチは儲かったからいいけどさー……でも、出来れば二度と会いたくないかな」
「じゃあ、場所変える?」
言われてウチも考える。どっちにしろ、このまま駅前にこだわってても噂のせいで客は大して来そうにないし。
そういや、アイツ最後に何か言ってなかったっけ? 場所を変えるなら商店街がいいとか何とか……。
「……商店街、とか?」
試しに、そう呟いてみるウチ。けれど遥は、それを聞いて急に顔を曇らせた。
「アンタ……知らないの?」
「へ? 知らないって、何が?」
「『連続髪切り魔』。最近商店街で活動してるって噂だよ」
その言葉に、思わずウチは息を飲む。『連続髪切り魔』とは文字通り、女の子の髪を切って回る通り魔の事だ。
正体、目的一切不明。解っているのはこの東京を活動拠点にしている事、そして髪の綺麗な子が狙われるという事だけ。
何しろ髪を切る以外に実害はないので、警察もまともに動いてくれない。でも髪を切られるというのは、女の子にとっては相当な一大事であるのだ。
「他にも場所はいくらでもあるじゃん。商店街だけは今は止めときなよ」
「う、うん……」
真剣な表情の遥に、ウチは頷く事しか出来なかった。
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