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山波の山羊龍編
蟲籠山にて
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ジージー、チチチチチとセミやヒグラシが一斉に鳴く真夏日、二人の少年が雨上がりのまだぬかるんだ地面に苦戦しながら山奥を歩いていた。
一人はとある山の麓にあるヤギ村の住人であるセンという名の少年である。歳は十五で目つきの悪い顔立ちをしている。
もう一人は山中で意識を失っていたところをヤギ村の住人に発見され運び込まれたヲチという名の旅人の少年である。歳はセンと同じだが顔つきは対照的で眼鏡のかけている以外はこれといって特徴のない無害そうな少年だ。
「あの~それで僕らはどこに向かってるんですか?」
体調が万全に回復したヲチはセンに半ば無理やり連れてこられて戸惑っていた。
「旅人さん、俺たち年は一緒だろ?敬語はやめてくれよ。俺はセン=オリオン、センでいいぜ」
「ああ、うん。僕はヲチ=コクリコ。僕もヲチでいいよ」
「ここはヤギ村のやつでも限られた人間しか出入りしないいわくつきの山でさ、村のやつらから聞いてないか?もうしばらくたつとでかい祭りが催されるって」
「でかい祭り?」
「聞いたことくらいはあるだろ?『龍奉祭』だよ」
「『龍奉祭』!?十年に一度行われるあの『龍奉祭』が!?」
龍奉祭とはこの世界最強の存在である龍種とその地に住む人間たちの共存と繁栄のため、百年以上前から行われている一大伝統行事である。
その実態はこの世界を滅ぼしかけた龍種の食欲を満たすため十年ほどかけて備蓄した食糧を贄として龍に捧げ、龍の怒りや暴走を鎮め外敵、つまり他の龍種の侵略から自分たちを守護してもらうためのものだった。
「そうか、ということはこの山には龍奉祭で捧げる龍の食糧になる物が?」
「そういうこと、と……ほら、あれだよ」
センが指さした木を見ると枝の太い部分に何かが垂れ下がってるのが見えた。少し近づくとそれが鳥籠とりかごのような形をしていてセンやヲチの身長ほどの高さがあるとわかった。さらに近づくとその鳥籠のようなものの中に何かがぎっしりと詰まっているようだ。
「うわっ……これは……」
それらが何か認識した瞬間ヲチは本能的に数歩後へ下がってしまう。
「久しぶりに見たけど……やっぱり気持ち悪いな」
鳥籠のようなものの中には大量の虫の死骸で一杯になっていた。蝶や蛾、百足、何かの幼虫や蜘蛛など数多の虫たちが死骸となって特殊な檻おりに閉じ込められているようだ。
「うちの連中はみんな虫籠むしかごって呼んでるぜ」
「何ていうか……気味が悪いね。まるで呪いの儀式でも始まるみたいだ」
臭いもなかなかの悪臭だ。それに周りを見ると他にもたくさん木の枝から垂れ下がってる。
「言っただろ?いわくつきだって。村の仕事でここに来るやつ以外みんな気味悪がって近づきたくないんだ」
「これが……龍奉祭の奉納品なの?」
「ほんの一部だけどな。龍は基本的には雑食だから何でも喰らうだろ?肉、野菜、魚、穀物も当然奉納品さ。でも、うちみたいな生産力の低い地域はそれだけじゃ足りないからこうやって虫なんかを使ってるんだ。こいつらを白い粉と一緒に混ぜ込んで作る蟲だんごはずっと昔から龍奉祭に使われてきたんだってさ」
「なるほど、ヤギ村は山に囲まれてるから生産力が低いのか。それを補うために……」
感心している様子で下を向くヲチをセンは横目でじっと見つめていた。
「……ん?どうかしたかい?」
センの視線に気づいたヲチは顔をあげセンを見る。
「俺もさ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「僕に?」
「ああ」
真剣な表情でセンはうなずく。
「どうして、そんな歳で旅を……故郷を出ようと思ったんだ?」
「ん?ああ、そっかそりゃそうだよね。普通は生まれた場所があってみんなそこで暮らしていくものだもんね」
センは村長であるカンコンにヲチの話を聞いたときからずっとそのことが気になっていた。なぜならそのヲチの生き方こそ以前から自分が強く想い描くと同時に到底できはしないと考えていたものだったからだ。
ヤギ村は山に囲まれているため、この山地を上手に渡らなければ必ずどこかでのたれ死んでしまう。実際にヲチがそうなりかけていた。一部の大人たちは適切な道順を知っているがセンにそれを教えてはくれなかった。
そもそもどこかに定住することなく各地を旅するなんてことは行商人でもない限り常人には体力、金銭、精神面で不可能なことなのだ。
だからこそ、ヲチの存在を聞いた時は耳を疑った。一度話してみたい。どうして、どうやってそんなことをしているのか聞いてみたいそう思ったときからこの瞬間を心待にしていた。
「そうだな……たぶん自分が何も知らないただの子供なんだと思い知らされたから……だろうね」
センの熱い視線に耐えかねたのか背を向けて歩きながら話し始める。
「何も……知らない?」
「うん、これは受け売りなんだけど……この世界には様々な障害、多くの理不尽があるだろう」
「…………」
「しかしそれでも世界はあらゆる可能性に満ちている」
「可能性?」
「それは、繁栄あるいは滅びの可能性。それは善もしくは悪の可能性。それは進化ないしは退化の可能性。この世の全てのものは何らかの可能性をもって生まれてきたのだ」
「そんなもんかね……」
「些細なことで気づけない。当たり前のことすぎでわからない。しかし自分の世界より遥かに広い外の世界を覗いた時きっと君の常識は打ち砕かれる」
「…………」
「そして、知るだろう。自分はこの世界のことを何も知らずに生きていた無知なる子供同然だということに……ってね」
「……つまり何が言いたいんだ?」
「そうだね、僕も最初は何のことかよくわからなかったけど……例えばセンはこの山地を抜けた世界がどうなってるか知ってるかい?」
「さあ……見当もつかないね。なんせ生まれてからずっとここに閉じ込められてるからな」
うんざりしたような口ぶりだった。
「そこにはね、いろんな国、いろんな人々がいるんだ。木の生えない砂地に住む人たち、水の上に浮かぶ町、何百万人もの人間が集まる都市にそれらが生む恩恵、抱える問題。そんな世界があるなんて、信じられるかい?セン」
「いや……無理だ。とてもじゃないけど信じられない」
「その気持ちさ」
「……え?」
「とてもじゃないけど信じられない。でも自分の目で見たのなら……信じる以外にないじゃないか」
「ああ……確かに…………そうかもな。その通りだ」
無表情で分かりにくいがヲチはなんとなく腑に落ちたようなセンの表情が読み取れたような気がした。
「……でも、結局それは全部後付けなんだ。僕が旅をする途中で気づいたこと。本当はーー」
ーーズズズズズズズズズ!!!
「!?」
「なんだ!?」
すさまじい音と共に地面が大きく揺れ始めた。センとヲチはまともに立っていられず胸と腹を地面につけて俯せの状態になる。
木々も見たことないほどに揺れている。
「地震……か。大きいな……」
「こんなでかいのは初めてだぞ」
ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!
「長いな……このままだとまずい……」
俯せになってから数分ほど立ってる筈だが収まる気配はない。
「おいあれ、倒れるぞ!」
ギギギギギギギィ、ミシミシッ、ダァンッ!
太く長い木が根本近くから折れて地面に叩きつけられた音がした。すると一本また一本と木々が倒れていく。吊り下げてあった虫籠も倒れた樹木の下敷きになったり、倒れた時に蓋ふたが開き中身がこぼれた状態になっている。
「虫籠が!」
やがて二人の周りの木々もミシッ、ミシッと嫌な音をたて始める。
「くそっ!ヲチ、こっちに倒れるぞ!」
先ほど同様、木の幹にひびが入っていく音を立てながら数本の木が二人の上に倒れてきた。
二人はヒヤリとしながらも身体を折り畳むようにして小さくしたり、横に転がって何とか避けきった。
その体勢のまま姿勢を保ちながら揺れが収まるのを待っていると、しばらくたって揺れは収まった。
「ヲチ、無事か?」
「うん。なんとか。そっちは?」
「俺も大した怪我はない。かなり危なかったけどな」
「とにかく、一旦村へ戻ろう。この状況は僕たちだけじゃどうにもならないよ」
ヲチが辺りを見回すとそこには無数の木々が無惨にへし折れ、虫籠も中身が散らかり回収できる状態ではなかった。
「そうしたいのは山々なんだけどな……」
「どうかした?」
「悪い、帰り道、わかんなくなっちまった……」
「えええっ!?」
そう言いながらも虫籠がある地点までの上ったり下りたりの複雑な道のりを思い返すとこんな状況では無理もないことだとヲチは思い直した。
「うーん……困ったな」
「ああ……」
「誰かが来るのを待とうか?」
「言ったろ?好き好んでこの山に来るやつはいねえよ。仕事でここに来る奴らも今は龍奉祭の準備を手伝っててほとんどが手一杯だ」
「でも、ここにある虫籠も奉納品なんだよね?だったら……」
「ああ、数日中には大勢人が入ってくるさ。でもそれは今日じゃない。早くても三日後ってとこだろうな」
「そうか……」
流石に三日も待ち続けるのは不可能だ。となると自力で帰るしかない。どうしたものかとヲチが頭を悩ませている時だった。
上空から妖しく青白く光る小さな何かがひらひらと舞い降りてくるのが二人の視界に入った。それはゆっくりと二人の前を通りすぎていく。
「これは……蝶だ。すごい……発光してる」
「驚いたな。こんな蝶がいるなんて」
二人は蝶の美しさに目を奪われ、ついそのあとを追うようにして歩いていく。まだ明るい日中でも認識できるほど強く時に眩まばゆく発光していたので蝶が高く飛んでいても見失うことなく追跡することができた。二人は好奇心に身を任せ地震で荒れた山中を奥へ奥へと入っていく。
どれほど歩いただろうか、日中にも関わらず気がつけば辺りは薄暗くなり、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「うおっ!ヲチ!これ見てくれよ!」
センはついはしゃいだような声を出してしまう。
それは木の幹についているカブトムシだが、山でよく見かける普通のカブトムシではない。赤黒い体色に通常種よりもふた回りほど大きくセンが掴つかみとろうと引っ張っても、まるで外れる様子はない。
「セン!もしかしたら危険な種類かもしれないから不用意に近づかないほうがいいよ」
「お、おお……そうだな」
ヲチの警告にセンは慌てて手を離しヲチのあとを追う。
少しすると今度は先頭を歩くヲチが立ち止まる。
「セン!これ……」
「うおわっ!……でっけえ……」
二人の前に現れたのはセンやヲチの身長の倍ほどの大きさはある巨大な蜘蛛の巣だった。
「一体ここはなんなんだ……」
「わからない。どうしてこの山にだけこんな生態系が……」
二人は不穏な雰囲気をひしひしと感じながらも好奇心に呑のまれ発光する蝶を追う。
その道すがら他にも木漏れ日に照らされギラギラと光る銀色の繭にギシャシャ、ギシャシャシャとまるで威嚇されてるのかと思うほどの圧を含んだ鳴き声を放つ鈴虫など、地元の人間であるセンにとっても各地を旅するヲチにとってもそれらは初めての強烈な出会いだった。
やがて木々が密集する薄暗い空間を抜け日が射し込む明るい場所に出ると二人の目の前には古びてぼろぼろになったあまり大きくない社やしろが現れた。
一人はとある山の麓にあるヤギ村の住人であるセンという名の少年である。歳は十五で目つきの悪い顔立ちをしている。
もう一人は山中で意識を失っていたところをヤギ村の住人に発見され運び込まれたヲチという名の旅人の少年である。歳はセンと同じだが顔つきは対照的で眼鏡のかけている以外はこれといって特徴のない無害そうな少年だ。
「あの~それで僕らはどこに向かってるんですか?」
体調が万全に回復したヲチはセンに半ば無理やり連れてこられて戸惑っていた。
「旅人さん、俺たち年は一緒だろ?敬語はやめてくれよ。俺はセン=オリオン、センでいいぜ」
「ああ、うん。僕はヲチ=コクリコ。僕もヲチでいいよ」
「ここはヤギ村のやつでも限られた人間しか出入りしないいわくつきの山でさ、村のやつらから聞いてないか?もうしばらくたつとでかい祭りが催されるって」
「でかい祭り?」
「聞いたことくらいはあるだろ?『龍奉祭』だよ」
「『龍奉祭』!?十年に一度行われるあの『龍奉祭』が!?」
龍奉祭とはこの世界最強の存在である龍種とその地に住む人間たちの共存と繁栄のため、百年以上前から行われている一大伝統行事である。
その実態はこの世界を滅ぼしかけた龍種の食欲を満たすため十年ほどかけて備蓄した食糧を贄として龍に捧げ、龍の怒りや暴走を鎮め外敵、つまり他の龍種の侵略から自分たちを守護してもらうためのものだった。
「そうか、ということはこの山には龍奉祭で捧げる龍の食糧になる物が?」
「そういうこと、と……ほら、あれだよ」
センが指さした木を見ると枝の太い部分に何かが垂れ下がってるのが見えた。少し近づくとそれが鳥籠とりかごのような形をしていてセンやヲチの身長ほどの高さがあるとわかった。さらに近づくとその鳥籠のようなものの中に何かがぎっしりと詰まっているようだ。
「うわっ……これは……」
それらが何か認識した瞬間ヲチは本能的に数歩後へ下がってしまう。
「久しぶりに見たけど……やっぱり気持ち悪いな」
鳥籠のようなものの中には大量の虫の死骸で一杯になっていた。蝶や蛾、百足、何かの幼虫や蜘蛛など数多の虫たちが死骸となって特殊な檻おりに閉じ込められているようだ。
「うちの連中はみんな虫籠むしかごって呼んでるぜ」
「何ていうか……気味が悪いね。まるで呪いの儀式でも始まるみたいだ」
臭いもなかなかの悪臭だ。それに周りを見ると他にもたくさん木の枝から垂れ下がってる。
「言っただろ?いわくつきだって。村の仕事でここに来るやつ以外みんな気味悪がって近づきたくないんだ」
「これが……龍奉祭の奉納品なの?」
「ほんの一部だけどな。龍は基本的には雑食だから何でも喰らうだろ?肉、野菜、魚、穀物も当然奉納品さ。でも、うちみたいな生産力の低い地域はそれだけじゃ足りないからこうやって虫なんかを使ってるんだ。こいつらを白い粉と一緒に混ぜ込んで作る蟲だんごはずっと昔から龍奉祭に使われてきたんだってさ」
「なるほど、ヤギ村は山に囲まれてるから生産力が低いのか。それを補うために……」
感心している様子で下を向くヲチをセンは横目でじっと見つめていた。
「……ん?どうかしたかい?」
センの視線に気づいたヲチは顔をあげセンを見る。
「俺もさ、あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「僕に?」
「ああ」
真剣な表情でセンはうなずく。
「どうして、そんな歳で旅を……故郷を出ようと思ったんだ?」
「ん?ああ、そっかそりゃそうだよね。普通は生まれた場所があってみんなそこで暮らしていくものだもんね」
センは村長であるカンコンにヲチの話を聞いたときからずっとそのことが気になっていた。なぜならそのヲチの生き方こそ以前から自分が強く想い描くと同時に到底できはしないと考えていたものだったからだ。
ヤギ村は山に囲まれているため、この山地を上手に渡らなければ必ずどこかでのたれ死んでしまう。実際にヲチがそうなりかけていた。一部の大人たちは適切な道順を知っているがセンにそれを教えてはくれなかった。
そもそもどこかに定住することなく各地を旅するなんてことは行商人でもない限り常人には体力、金銭、精神面で不可能なことなのだ。
だからこそ、ヲチの存在を聞いた時は耳を疑った。一度話してみたい。どうして、どうやってそんなことをしているのか聞いてみたいそう思ったときからこの瞬間を心待にしていた。
「そうだな……たぶん自分が何も知らないただの子供なんだと思い知らされたから……だろうね」
センの熱い視線に耐えかねたのか背を向けて歩きながら話し始める。
「何も……知らない?」
「うん、これは受け売りなんだけど……この世界には様々な障害、多くの理不尽があるだろう」
「…………」
「しかしそれでも世界はあらゆる可能性に満ちている」
「可能性?」
「それは、繁栄あるいは滅びの可能性。それは善もしくは悪の可能性。それは進化ないしは退化の可能性。この世の全てのものは何らかの可能性をもって生まれてきたのだ」
「そんなもんかね……」
「些細なことで気づけない。当たり前のことすぎでわからない。しかし自分の世界より遥かに広い外の世界を覗いた時きっと君の常識は打ち砕かれる」
「…………」
「そして、知るだろう。自分はこの世界のことを何も知らずに生きていた無知なる子供同然だということに……ってね」
「……つまり何が言いたいんだ?」
「そうだね、僕も最初は何のことかよくわからなかったけど……例えばセンはこの山地を抜けた世界がどうなってるか知ってるかい?」
「さあ……見当もつかないね。なんせ生まれてからずっとここに閉じ込められてるからな」
うんざりしたような口ぶりだった。
「そこにはね、いろんな国、いろんな人々がいるんだ。木の生えない砂地に住む人たち、水の上に浮かぶ町、何百万人もの人間が集まる都市にそれらが生む恩恵、抱える問題。そんな世界があるなんて、信じられるかい?セン」
「いや……無理だ。とてもじゃないけど信じられない」
「その気持ちさ」
「……え?」
「とてもじゃないけど信じられない。でも自分の目で見たのなら……信じる以外にないじゃないか」
「ああ……確かに…………そうかもな。その通りだ」
無表情で分かりにくいがヲチはなんとなく腑に落ちたようなセンの表情が読み取れたような気がした。
「……でも、結局それは全部後付けなんだ。僕が旅をする途中で気づいたこと。本当はーー」
ーーズズズズズズズズズ!!!
「!?」
「なんだ!?」
すさまじい音と共に地面が大きく揺れ始めた。センとヲチはまともに立っていられず胸と腹を地面につけて俯せの状態になる。
木々も見たことないほどに揺れている。
「地震……か。大きいな……」
「こんなでかいのは初めてだぞ」
ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!ズズズズズズズズズ!!!
「長いな……このままだとまずい……」
俯せになってから数分ほど立ってる筈だが収まる気配はない。
「おいあれ、倒れるぞ!」
ギギギギギギギィ、ミシミシッ、ダァンッ!
太く長い木が根本近くから折れて地面に叩きつけられた音がした。すると一本また一本と木々が倒れていく。吊り下げてあった虫籠も倒れた樹木の下敷きになったり、倒れた時に蓋ふたが開き中身がこぼれた状態になっている。
「虫籠が!」
やがて二人の周りの木々もミシッ、ミシッと嫌な音をたて始める。
「くそっ!ヲチ、こっちに倒れるぞ!」
先ほど同様、木の幹にひびが入っていく音を立てながら数本の木が二人の上に倒れてきた。
二人はヒヤリとしながらも身体を折り畳むようにして小さくしたり、横に転がって何とか避けきった。
その体勢のまま姿勢を保ちながら揺れが収まるのを待っていると、しばらくたって揺れは収まった。
「ヲチ、無事か?」
「うん。なんとか。そっちは?」
「俺も大した怪我はない。かなり危なかったけどな」
「とにかく、一旦村へ戻ろう。この状況は僕たちだけじゃどうにもならないよ」
ヲチが辺りを見回すとそこには無数の木々が無惨にへし折れ、虫籠も中身が散らかり回収できる状態ではなかった。
「そうしたいのは山々なんだけどな……」
「どうかした?」
「悪い、帰り道、わかんなくなっちまった……」
「えええっ!?」
そう言いながらも虫籠がある地点までの上ったり下りたりの複雑な道のりを思い返すとこんな状況では無理もないことだとヲチは思い直した。
「うーん……困ったな」
「ああ……」
「誰かが来るのを待とうか?」
「言ったろ?好き好んでこの山に来るやつはいねえよ。仕事でここに来る奴らも今は龍奉祭の準備を手伝っててほとんどが手一杯だ」
「でも、ここにある虫籠も奉納品なんだよね?だったら……」
「ああ、数日中には大勢人が入ってくるさ。でもそれは今日じゃない。早くても三日後ってとこだろうな」
「そうか……」
流石に三日も待ち続けるのは不可能だ。となると自力で帰るしかない。どうしたものかとヲチが頭を悩ませている時だった。
上空から妖しく青白く光る小さな何かがひらひらと舞い降りてくるのが二人の視界に入った。それはゆっくりと二人の前を通りすぎていく。
「これは……蝶だ。すごい……発光してる」
「驚いたな。こんな蝶がいるなんて」
二人は蝶の美しさに目を奪われ、ついそのあとを追うようにして歩いていく。まだ明るい日中でも認識できるほど強く時に眩まばゆく発光していたので蝶が高く飛んでいても見失うことなく追跡することができた。二人は好奇心に身を任せ地震で荒れた山中を奥へ奥へと入っていく。
どれほど歩いただろうか、日中にも関わらず気がつけば辺りは薄暗くなり、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「うおっ!ヲチ!これ見てくれよ!」
センはついはしゃいだような声を出してしまう。
それは木の幹についているカブトムシだが、山でよく見かける普通のカブトムシではない。赤黒い体色に通常種よりもふた回りほど大きくセンが掴つかみとろうと引っ張っても、まるで外れる様子はない。
「セン!もしかしたら危険な種類かもしれないから不用意に近づかないほうがいいよ」
「お、おお……そうだな」
ヲチの警告にセンは慌てて手を離しヲチのあとを追う。
少しすると今度は先頭を歩くヲチが立ち止まる。
「セン!これ……」
「うおわっ!……でっけえ……」
二人の前に現れたのはセンやヲチの身長の倍ほどの大きさはある巨大な蜘蛛の巣だった。
「一体ここはなんなんだ……」
「わからない。どうしてこの山にだけこんな生態系が……」
二人は不穏な雰囲気をひしひしと感じながらも好奇心に呑のまれ発光する蝶を追う。
その道すがら他にも木漏れ日に照らされギラギラと光る銀色の繭にギシャシャ、ギシャシャシャとまるで威嚇されてるのかと思うほどの圧を含んだ鳴き声を放つ鈴虫など、地元の人間であるセンにとっても各地を旅するヲチにとってもそれらは初めての強烈な出会いだった。
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