弱肉強食 ー君臨する龍、異形の蟲ー

世の中退屈マン

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山波の山羊龍編

驚愕の結末

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 山羊龍は後に跳躍しながら蟻の山に向けて吐息を放つと、炎はどんどん蟻の山を燃やし蟻たちは世話しなく不規則に動き続けるだけで瞬く間に焼き尽くされていく。

 状況はより悪化しただろう。全身に蟻たちが纏まとわりついている。
 何よりあれだけの蟻たちがまだいたことが驚愕だ。完全に想定外だった。
 もしもまだ大量の蟻たちが地中に潜んでいるのだとしたら、敵は想像以上に強大なのかもしれない。

 そんなことを考えていた山羊龍の視界がふと何かによって遮られた。
 そしてそれが山羊龍の眼球にこびりつく蟻だと気づいた時にはもう遅い。
 両方の眼球に強靭な顎が突き立てられる。硬い体皮と比べて脆弱な眼球はブドウの果実のようにいとも簡単に抉られた。

 ーーゴギャアアアアアアア!!!

 眼球を潰された山羊龍は仰け反りながら叫び声をあげると何度も顔面を強く地面に叩きつけた。顔面に付着していた蟻はほとんど潰れたが、わずかな蟻が潰された眼球からあるいは口や鼻から体内へと侵入したようだ。

 山羊龍の三度目の咆哮にヲチたちは警戒するが、何か違和感を感じていた。

(何だろう……一回目二回目の咆哮と比べるとどこか弱々しいような……悲鳴のようにも聞こえる……)

「たぶん眼球をやられたんだ。あの感じじゃ体内にも侵入されてるかもしれない」

 内心の疑問を察したのかセンが答えてくれた。
 センの言葉にある程度納得しながらもヲチは強い違和感を覚える。

(どうして、この距離で山羊龍の状態をそこまで把握できるんだ……?)

 いくら龍が巨大とはいえこの距離でわかるのは、蟻の山から山羊龍らしきものが跳び出し全身が朱色に包まれているという程度の認識だろう。蟻一匹一匹の動きや山羊龍の傷の程度など視認できるはずがない。

 不思議そうにセンを見るが山羊龍たちの戦闘に気をとられているのかヲチの視線に気付かない。
 そんなセンをカンコンも複雑な表情で見つめていた。


 体内へと侵入された山羊龍にとっては一刻の猶予もない。
 山羊龍は空気を吸い込み口を閉じると吐息を口内で爆発させた。ボォン!という音と共に山羊龍の頭部がビクンッと跳ねる。

 口や鼻の穴から煙がゆらゆらと立ち上る。多少危険な行為だが炎の加減さえ間違えなければ致命傷には至らない。

 口内に侵入してきた蟻はこれで処理できただろう。
 ただ眼球の穴から侵入してきた蟻はどうしようもない。入ってきたのは数匹だが、決して楽観できる相手ではない。

 山羊龍の顔以外の全身には朱の蟻がびっしりとこびりつき、強靭な顎を突き立ているが、今はそれらに構っている暇はない。
 再び蟻たちの猛攻が始まったからだ。地中より噴き出しては空を舞い山羊龍を休ませまいと降り注いでくる。

 視覚を潰された山羊龍は地面から噴き出てくる時の音を聞いて敵の位置を察知し蟻の猛攻をなんとか凌いでいる状態だ。
 両翼もボロボロで使い物にならないため飛ぶこともできない。

 蟻たちの猛攻は桁違いに激しさを増しているが、山羊龍は死に物狂いでそれををかわし続けた。
 先ほどまで空高く噴き出しては弧を描くようにして降下していたが今は山羊龍目掛けて一直線に噴出している。噴水というよりは血飛沫ちしぶきのようだ。

 避けては吐息で反撃し蟻たちを焼き尽くすを繰り返していたが、やがては吐息も不発に終わるようになってしまう。
 さらには、ついに右前肢の体皮が破られ、そこから続々と蟻たちが体内へと侵攻を始める。

 肉を抉られるような痛みにうめき声を漏らしながら、右前肢の傷口を地面に擦りつけ集る蟻を押し潰すが、その僅かな隙が蟻たちのさらなる猛攻の餌食になってしまう。

 気づけば形勢は一気に傾いていた。


(まさか……こんな結末を迎えることになるとはのう……)

 自分の老い先短い人生、今日の祭儀とスコーンの忘れ形見を見守り育てることに費やしてきた。
 だが、結果このザマだ。人生最後の祭儀は成功どころか最悪の大失態に終わり、スコーンの忘れ形見のセンも災厄に巻き込まれ15歳という若さで将来を閉ざされようとしている。

(なんと……残酷な運命なのだ……両親だけでなくこの若さで未来まで奪われようとは……)

 再び山羊龍と朱の蟻たちの戦闘が始まったがカンコンにはもはや関係の無いことのように思えた。どちらが勝とうがセンの将来が絶たれるのはもう避けようがないのだから。
 今自分に出来ることはせめて、一緒にーー

「カンコン」

 自分の名を呼ぶ声が聞こえた。誰かは直ぐにわかった。長い付き合いだ。

「キレレキ殿……」

「何をしておる。早く言うべきこと、やり残したことを済ませてこんか。もうあまり時間はないぞ」

「ああ……そうじゃな」

 頷くと立ち上がり何度か躊躇いながらも血の繋がらない孫の名前を呼んだ。

「セン」

 センは振り向きカンコンの表情を見て思わず言葉を失った。
 カンコンは今まで見たことのないくらい優しい表情をしていた。


「セン……きっとお前は恨んでおるのじゃろうな。ヤギ村や山羊龍様のことを。じゃがそれは自然な感情じゃお前は何も間違ってはおらん。だから、いつかお前はここを出たいと願うじゃろうなと思っておった」

「ああ、外の世界のことを教えてくれたのはジジイあんただ。だから俺はここを出て好きなように自分の力で生きていく。そう決めたんだ」

「そうじゃ。じゃが教えなかったこともある。外には過酷で理不尽なことや残酷なこともある。この村に縛りつけることでお前からそういったものを遠ざけることができると思っておった」

「理不尽で残酷なことならこの村にだってある」

「そうじゃな、その通りじゃ。あの時儂は皆をまとめる立場にありながら皆の暴走を止めることが出来なかった。お前の母親、スコーンは儂らの価値観で測れる人間ではなかった。故に恐ろしかったのじゃ。もちろん、だからといってお前たち家族にした仕打ちは許されるものではない」

 センは表情を崩さない。ただ真っ直ぐにカンコンを見つめている。
 ヲチとキレレキはそんな二人を静かに見守っていた。

「じゃが、どれほど謝ったところでお前の両親は返ってこない。だからこそどんな謝罪も無意味なように思えた。ならば、せめてわしが死んだ後でもちゃんと生きていけるようにする、それが儂に唯一残された贖罪の道だと思った」

センは少しだけ寂しそうな表情になる。
 カンコンは続ける。

「成長するにつれやはりスコーンの子だと実感するようになった。お前の発言には何度もヒヤリとさせられたものじゃ」

 くくく、とカンコンは嬉しそうに笑った。

「口喧嘩の絶えない日々じゃったな、何度も衝突した。じゃが、子供のいないわしにとってお前が成長していくところを見るのは楽しかった。この子はきっといつか化ける。スコーンのような多くの人に衝撃を与えるような人間に。じゃがその素質を生かすべきか、殺すべきかずっと迷っておった。スコーンの最期を知っている身としてはな」

「そうやって今まで育ててきたが、このざまじゃ」

 カンコンは炎に包まれた周囲を見回す。

「儂にはもうお前をここから救いだす術はない。結局お前には何もしてやれなかった。せめて、一緒に……ここで……死んでやることぐらいしか……」

 そういってカンコンはセンを優しく抱き締めた。

 センは何も言えなかった。何かを言おうとするがどうしても言葉が出てこない。母親が殺され父親が姿を消し故郷の人間たちから憎悪をぶつけられぼろぼろになっていた時、カンコンに拾われてから今日までの事が走馬灯のように思い出された。

(何一つとして納得できなかった俺は何度もジジイと衝突した。感情に任せて自分の怒りをジジイにぶつけたことは何度もあった。それでもジジイは……俺を見捨てなかった)

「もう……いいよ」

 センはそう言って涙を溢こぼしながら自らもカンコンの背中に手を回した。カンコンもそれに応えるように一層強く抱きしめた。

(これはこれで良かったのかもしれない……)

 きっともう無理なんだろう。カンコンも言ったようにこの状況から助かる術はない。死を受け入れないといけない。
 自分の人生辛いことばかりだったように思えるけど、自分には家族がいた。だからきっと最悪じゃなかったんだ。

 センがそんな風に思った時だった。

「おい!首に何かいるぞ!」

 付き人の男が上を見上げながら叫ぶ。

 気が付くと山羊龍がかなり近い位置にまで来ていた。
 見上げると確かに人や動物に付着するノミのような、しかしそうとは思えないほど大きな図体の生き物が二匹、首を絞めるかのようにがっしりと六本の足を山羊龍の首に絡ませていた。

 蟻たちの鮮やかな朱とは違い全身が地味な茶色っぽい色をしていたのでより鮮明に認識することができた。

「あれは、蟻……じゃない。何だ?」

「何なんだ一体……俺たちの村に一体何が起きてんだよ……」

 各々好き勝手に口走る。ヲチも固唾を飲んで見守っていた。
 そしてその直後、決着はついた。

 ーーゴキゴキボキィッ

 生々しい音と同時に二匹の蚤が自重を利用して山羊龍の首を一週するようにねじった。

 ーーギ……ゴ……ゲ……

 山羊龍は麻痺したかのように全身をぷるぷると震わせながら言葉にならない声を漏らす。
 ヲチもセンもカンコンですら、開いた口が塞がらない。その場にいた全員がその光景から目を離すことができずまた一言も発することができなかった。

 ーーブヂブチブチッギチャッ

 蚤がさらにもう一周したことで山羊龍の首は完全に捩切られ宙を舞いながらヲチやセンたちからは離れた場所に落ちた。

 目の前の出来事はそう簡単に受け入れられるものではなかった。
 龍とはこの世界の頂点に君臨する存在で、硬い体皮に覆われその巨体からは考えられないほどの速度を発揮する人類が決して敵わなかった相手なのだ。

 そんな龍が蟲に食い潰されあまつさえ首を飛ばされるだなんてことあるはずがない。あっていいはずがないのだ、と。

 だが、頭部を失った山羊龍の身体はピタリと動きを止め、首から大量の血飛沫をあげてからゆったりと体勢を崩しながら地面に倒れた。
 ヲチやセンたちはそれをただ呆然と見ていることしかできなかった。

「そんな……バカな……」

 しばらくしてからようやくキレレキが何とかしぼりだすように言葉を発する。

「あり得ん!あり得ん!あり得ん!」

 キレレキの声色が徐々に困惑から憤りへと変わっていく。

(本当に……本当に山羊龍が負けたんだ……世界最強の種族が蟻に……)

(こんな……こともあるのか……)

 ヲチやセンもようやく状況を受け入れ始める。龍が負けた。それも出自も何もわからないものたちに。確かだと、絶対だと信じていた価値観が覆された瞬間だった。

(山羊龍様を失ってこれから、どうなるのだ……)

(わしらがどれだけ考えたところで何もかも無意味……か)

 キレレキとソボクは薄れゆく意識の中で山羊龍連合の崩壊を確信した。
 煙を吸い込みすぎたせいだろう。全員意識が朦朧もうろうとしてきていた。
 ヲチも段々と意識が遠のいていくのがわかる。

(ここまで、なのか……?)

 ヲチは問う。

(まだ何も成し遂げていない。家族のいる故郷、あの日交わしたあの人との約束。でももうダメだ身体に力が入らない。ごめんなさい。ごめんなーー)

 そうして意識を失う直前、確かに聞こえた。蟻たちが地下を侵攻する音ではなく、龍の咆哮でもなく、鳴き声のような不快な高音でもない。
 木々を押し潰しあるいは押し流しながら何かが猛烈に押し寄せてくる音。

 蟻たちの異常ともいえるほどの地下侵攻で大きく地形が変化したことによってできた新たな水の流れはヲチたち全員を飲み込み激流となってどこまでもどこまでも流れていった。
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