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第四灯 人体切断マジック

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 「このっ!!、このっ!!、このっ!!」
深夜2時、都内の大ホール。
楽屋裏で響く打撃音、床に散らばる木片。

 私は汗を拭いながら、私が破壊した手品の小道具を見る。
もちろん私の手品の小道具ではない。憎きあいつの手品の小道具だ。
「ハッハッハ、ざまーみろ。これでお前の運命がかかった手品ショーは大失敗だ」

 あいつはこの私から何もかも奪っていった。名誉も地位も、そして娘すらも
許せない。絶対に許せない。
私は奥歯をキリキリと噛み締める。
だがこれで復讐できたに違いない。これで、これで、必ずあいつに大舞台で恥をかかせやれる。
おっと、そろそろ警備員が巡回してくる時間だ。お暇しなければ……
私はキャットウォークで音も立てずに楽屋裏を後にした。



 夕方になった。都内の大ホールに大勢の人が詰め掛ける。
人人人。そして大半の客のお目当てはあいつの手品ショーだ。私の出番を盗んだあいつだ。
本来ならば私が舞台の上に立つはずだったのだ。私は悔しさで涙を流す。

 けれどそれも今日までだ。
あいつは今晩、翼を太陽に焼かれたイカロスのように、無様に地べたに叩きつけられるのだ。あと少しだ。少しの辛抱で……
そして手品ショーは始まった。次はあいつの番だ。

 私はそそくさと舞台の袖に行く。関係者を装う為にマジシャンコスチュームを着た私。予想通り誰も私を止めようとしない。それどころか椅子まで用意された。ハハハ、なにやら関係者も間抜けしかいないようだ。今晩はさぞかし楽しいショーになるだろう。想像してニタニタ笑う。さぁもうすぐだ。私の眼の前で大失敗して大恥をかくんだ。さぁさぁさぁ……


 ショーが始まった。ところが何も起きない。
あいつは涼し気な顔をしながら華麗な手付きで次々と演目をこなしていく。
嘘だ。私はあの道具やその小道具、どれもこれも完全に壊した筈なのに。
何故だ……おかしい……どうした事だ!! 私は狼狽える。


 「では人体切断ショーです」あいつが言う「そして特別ゲストです。皆さん拍手を」
舞台の袖にスポットライトが当たる。いつの間にかやってきた娘が優しく私の手を取って引っ張った。
「パパ お願い」

 私は娘に腕組みされたまま、渋々舞台の上に立った。
眩いスポットライト。スモークが焚かれ、レーザー光線が飛び交いだす。ガラスが破れる音と共に、私が舞台に登場する時につかうジングルが流れ、盛大な拍手が私を迎えた。
「皆さんご存知、世紀の大魔術師にして、そして、まもなく私のお義父さんになる方です」
観客席がどよめく。さらに盛大な拍手が巻き起こる。紙吹雪が上から降ってくる。


 呆然としてる私を、あいつはそっと私の肩を押して人体切断ショーの大道具に押し込んだ。
扉が閉まる直前、あいつは私の耳元で囁く。
「この大道具だけは、時間が足りず直せませんでした。お義父さん、責任を取ってもらいますよ」
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