聖衣の召喚魔法剣士

KAZUDONA

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14  出発

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 目が覚めると、キッチンからは良い匂いが既に漂って来ていた。カリナはベッドから出ると、洗顔などの朝の準備を済ませてからキッチンへと向かった。

「おはよう、今日も早いな」

「おはようございます、カリナ様。もうすぐ準備ができますのでテーブルに着いておいて下さい」

 てきぱきと朝食の準備を終えると、テーブルにはトーストやベーコン、目玉焼きなどの料理が並べられた。

「やはりルナフレアの料理は美味いなぁ」

「まあ、こんな質素なお食事で喜んでもらえるなんて嬉しいです」

 朝食を食べ終わると、カリナの着替えをルナフレアが手伝ってくれた。昨日着せられた衣装が装着される。更に昨日買った厚手の黒いコートを手渡された。

「上空は寒いかもしれませんからね。これはアイテムボックスに入れていつでも着れるようにしておいて下さい。体調を崩されては大変ですから」

「ありがとう、準備しておくよ」

 ルナフレアの心遣いが身に染みる。昨日季節外れのコートを買ったのはこういう理由だったのだと理解できた。

「それとお弁当です。休憩する時にでも食べて下さいね」

 サンドイッチの包みを渡される。「ありがとう」と言ってそれもアイテムボックスの中にしまい込む。

「じゃあ行ってくるよ。なるべく早く帰って来るようにするから」

「はい、お待ちしています。と、その前に……」

 ルナフレアがカリナの右手を取って、左手を重ね合わせる。二人の手が輝き、カリナの右手の甲にある紋章へと収束されていった。

「加護の更新です。何があるかわかりませんから」

「ありがとう。安心感が増した気がする。じゃあ行ってきます」

 カリナはそう言って自室の扉を内側から開けて駆けていった。

「どうか、何事も起こりませんように……」

 ルナフレアはそう言って両手を組んで祈りながら、カリナの背を見送った。

 城内を通り抜けて城門を開ける。そこにはカシューと側近のアステリオン、近衛騎士団隊長のクラウス、戦車隊隊長のガレウス、エクリアとその代行のレミリア、そして王国騎士団副団長のライアンがカリナが来るのを待っていた。

「これは、こんな朝早くから私の見送りのために集まってくれたのか?」

「そういうことだ、カリナよ。其方からの朗報を期待している」

 国王のロールプレイで話しかけたカシューに思わず笑みがこぼれる。

「私もサティアの安否は気になるから、よろしくねカリナ。良い知らせを待ってるわ」

 エクリアは人前では完璧な女性を演じている。その余りの豹変振りにカリナは大笑いしそうになったが、皆の手前我慢した。

「我々もカリナ様の安全を祈っております」

 すっかり丸くなったクラウスが礼儀正しく挨拶をする。最初に出会ったときとは全く違う態度に毒気を抜かれる。その後もそれぞれから声を掛けられると、カリナは東の地、ルミナス聖光国へ向けて出発するためにペガサスを召喚した。

「じゃあ行ってくるよ。何かあれば通信機で連絡は入れるようにするから。それじゃ」

 ペガサスに跨ると、その翼が輝き、はためき始めた。地上から離れると、上空で旋回し、かなりの速度でペガサスは空を駆けて行った。

「さて、無事にサティアが見つかるといいんだが……」

「どうか致しましたか、陛下?」

 カシューの小声にアステリオンが反応した。

「ここ最近の各国の情勢を各地にいる諜報員に報告させているが、悪魔共が陰で色々と動きを見せている可能性がある。五大国でも何かしらの影響はあるかもしれないということだな」

「確かに最近の悪魔の目撃例は多いですからね。聖光国に何事もなければいいのですが……」

 一行の心配をよそに、カリナはペガサスと空の旅を楽しんでいた。


 ◆◆◆


 眼下にエデン周辺の街並みが見える。そして更に東に行った先にある平原は、地形が抉れて至る所にクレーターの様なものが出来上がっていた。ここには魔物討伐にエクリアの部隊が出陣していたはずである。荒れた大地を見ながら、やはりエクリアは災害級の魔法使いなのだと実感した。

 ペガサスが更に高度を上げると、上空はやはり少し冷え込んで来た。ルナフレアから渡されたコートを取り出して身に付けると幾分かはマシになった。

「やはり上空を飛ぶときは体温管理が大切になってくるな」

 聖光国まではまだ数日の距離がある。適度に休息を取って進まないと参ってしまう可能性がある。それにペガサスの体力も問題になってくる。如何に召喚体とはいえ、疲労は蓄積する。カリナは2、3時間に一度は地上に降りて休憩を取るように心掛けた。

 下に街が見えた時にはそこに立ち寄って休むことにした。そして日が暮れて来たときに、調度街が見えた。今日はここで休むことにしようと思い、ペガサスを降下させる。そして街の中心部に降りると、ペガサスに「また頼むぞ」と言って召喚解除した。

 光の粒子となって送還されていくペガサスと、それに乗って来た美少女を見て、街の住民達は騒然となった。

「しまった、街の手前で降りるべきだった」

 迂闊なことをしてしまったと思ったが後の祭りである。カリナの周りに興味を持った住民達が声を掛けに来る。

「お嬢ちゃん、まさかペガサスに乗って来たのか?」

「高位の召喚獣じゃないか、まだそんなものを扱える召喚士がいたんだな……」

 物珍しさから住人達に囲まれてわいわいと話しかけられる。それほどまでに今の召喚士は数が少ないのかと、カリナはしょんぼりとしてしまった。

「いかにも私は召喚士だ。今日はこの街で宿を取ろうと思ってね。どこかに良い宿がないか紹介してはくれないだろうか?」

 マップ機能を展開すると、ここはチェスターという中堅冒険者が集まる街だとわかった。且つては自分もこの辺りでレベリングしていたので、地名くらいは知っている。だが100年の時が流れている訳だし、自分が知っているVAOとは別物だと考えるようにしている。

 ゲーム時代には召喚獣に乗ることなど、地上を走るユニコーンくらいしかできなかった。上空から見下ろすことなどなかったので、到着するまではここが何処なのかはわからなかったのである。

「それなら街の南にここいらじゃ一番立派な宿屋があるぜ。「鹿の角亭」っていう飲食店と一緒になっている店だ。そこは料理も美味いから行ってみるといい」

「ありがとう、行ってみるとするよ」

 集まって来た者達から情報を聞くと、カリナは人混みを抜け出して歩き始めた。

 昼間はルナフレアから渡されていた弁当を休憩がてらに食べただけだったので、この時間になるとさすがに空腹が酷くなっていた。更に長時間ペガサスに跨っていたのでお尻が痛い。明日はもっと乗り心地の良い召喚体を呼ぶべきかと考えていたところに、後ろから誰かがぶつかって来たので、体重の軽いカリナは前につんのめって転んだ。

「痛たた……。誰だよ急に突っ込んで来たのは」

 身体を起こして振り返るとそこには小さな子供が一人前のめりに倒れていた。この子がぶつかって来たのだろう。カリナは一瞬スリか何かかもしれないと警戒したが、その子供が泣いていることに気付いて、その線はないという風に考えを変えた。そして立ち上がってから手を引いて起こしてやる。

「どうした少年? 何か急ぎの用事か何かか?」

「あ、あううう……」

「男がそんなに泣くんじゃない。何があったのか話してみろ」

 泣き止んだ黒髪の少年は、カリナの首から掛けられているギルドの冒険者章を見ると、涙を拭いて話し始めた。

「お姉ちゃんひょっとして冒険者?」

「ああ、私はカリナというBランクの冒険者だよ。それでどうした? 何があった?」

「お父さんとお母さんが帰って来ないんだ。近くの「死者の迷宮」に行った切り……。もう3日も経つのに……」

「死者の迷宮か……。あそこはアンデッドがウヨウヨしている中級難易度のダンジョンだったな」

「うん、だから連れて行ってくれる冒険者を探していたんだけど……」

 そうやって少年と話をしていると、その後ろから4人組の冒険者パーティーらしき者達が走ってやって来た。

「ようやく追いついたわ」

 明らかにこの少年を追いかけてやって来たと思われる4人組から少年を自分の後ろに隠し、カリナは警戒した。

「何だお前達は? ひょっとして人攫いか?」

 カリナの視線に射抜かれて、4人組は「違う違う」と弁明した。

「じゃあ何の用がある? この少年を追って来た理由は?」

「その子が死者の迷宮に一緒に行ってくれる冒険者を探してたのよ、ギルド組合でね。でも誰も取り合ってくれなかったみたいで……。「それなら独りでも行く」って言って出て行ったものだから、私達は心配になって追いかけて来たって訳」

 最初に声を掛けて来た軽装の女戦士がそう説明した。耳が長く尖っている。彼女はエルフだろう。

「そういうことだ。だから俺達は人攫いとかそんなんじゃない」

 巨大な戦斧を背中に背負った重戦士風の男も弁明する。

「何だ、そういうことだったのか。ではお前達がこの子を迷宮に連れて行くつもりなのか?」

「いや、さすがにこんな子供を連れてダンジョンに潜る訳にはいかないからな、俺達が代わりに行くから待ってろって言おうとしたんだけど逃げられちまって……」

 この青年の装備からしてシーフやスカウトといった職業だろう。ダンジョン内での罠探知や宝箱のトラップ解除に長けているジョブである。

「そうか、だったら私がこの子を連れてダンジョンに行くよ。ちゃんと守ってやれば問題はないだろう?」

 カリナには鉄壁の守備力を持つ召喚体のホーリーナイトがいる。それに守らせれば少年の護衛など造作もない。

「ええっ? でもあなたが? まだ小さいのにそんなことができるの?」

 最後に魔法使い風の青いローブを纏った女性が声を上げる。確かに見た目からしてカリナはまだ幼さが残るファンシーな衣装を着た少女にしか見えないからである。

「できるとも。私の召喚術に不可能はほとんどない」

 そう言ってカリナは胸を張った。

「そこは「ない」じゃないのね……」

 エルフの女性戦士がツッコミを入れる。

「それはそうだろう。全てのことに完璧に対応できる人間なんていない。そんなことができるのは神だけだ。だからほとんどないと言ったんだ」

「でも召喚術だろ? 俺は召喚士をまともに見たことがないんだが、大丈夫なのか?」

 ここでもまた召喚士は不遇扱いなのかと、カリナはうんざりした。ならばと左手の人差し指を捻っただけでシャドウナイトを呼び出し、その大剣の切っ先を軽口を叩いたシーフ風の男の首筋に突き付けた。

「なっ?! いつの間に? 何て速さの召喚なんだ……」

「これでもまだ当てにならないか?」 

 黒騎士を送還してからカリナはそう言った。

「今ので十分だ。お嬢ちゃんが凄腕の召喚士であることは理解できる」

 重戦士の男が素直にカリナの召喚術の凄さを認めた。

「それに私自身魔法剣士で格闘家でもある。多少の魔物程度なら召喚術を使うまでもない」

「わかったわ。ならもう止めない。でも私達も心配だから同行させてもらうわ。それでもいいかしら?」

 そのくらいは構わないだろうと思ったカリナは快く承諾した。

「で、少年。お前の名前は何というんだ?」

 ずっとカリナの後ろに隠れていた男の子は、協力者ができたことに安心して前に出た。

「僕はヤコフと言います。お父さんは剣士でジェラール、お母さんは僧侶でクリアです」

「その二人なら組合でも指折りの実力者じゃないの! そんな二人が帰って来ないとなるとさすがに何か起きたとしか考えられない……」

 魔法使いの女性がそんなことを言った。カリナはここにも悪魔の影響が及んでいるのかもしれないと考えた。それならば猶更自分が赴く必要がある。

「わかった。だが今日はもう遅い。夜中にダンジョンに入るなど普通に自殺行為だ。宿を紹介してもらったし、そこでは飲食もできるらしい。そこでお互い自己紹介とでもいこう。ヤコフもそれでいいか?」

「うん、ありがとうカリナお姉ちゃん」

「街の人が紹介するくらいの飲食できる宿屋なら「鹿の角亭」ね? 賑わって席がなくなる前にさっさと行きましょう」

 エルフの女性はそう言って、カリナを案内するために先陣を切って歩き始めた。
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