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15 自己紹介
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エルフの女性に案内されて、辿り着いた鹿の角亭は多くの人で賑わっていた。
「おや、エリア達じゃないか? 久しぶりだね。今日はお客を連れて来てくれたのかい?」
カウンターで宿の女将さんらしき人に声を掛けられる。なるほど、あのエルフの女性はエリアというのかと分かった。
「うん、ちょっと色々ね。結構人数いるけど空いている席はあるかな? それと宿泊する子がいるから部屋は空いてる? そこ予約しておいてくれる?」
「ああ、すぐに案内するよ」
給仕の女性が案内してくれて、カリナ達はテーブル席に座った。カリナの右隣にはヤコフが腰掛け、左側からエリアというエルフ、魔法使いの女性、スカウトの青年、重戦士の男が座った。
「さて、落ち着いたところで自己紹介といこうかしら? 私はエリア、このシルバーウイングのギルドの副団長を務めているわ。一応剣士ね、よろしく」
エリアというエルフの女性が先に名乗った。黒髪でセンターで左右に分けたロングヘア、綺麗な翠眼をしている。身に付けている装備は軽装で、レザーアーマーに腰には長剣を帯びている。外は暗くなっていたのでそこまで特徴は掴めなかったが、明るい店内に来たので、カリナは彼らの外見的特徴をしっかりと把握できた。
「俺はロックだ。見ての通りスカウトをやっている。罠解除やトラップ探知は俺の得意分野だ、よろしく」
頭にスカーフを巻き、短めの金髪をしている。見た感じ軽そうな雰囲気の青年だが、愛想よく挨拶をするその姿勢には好感が持てた。スカウトらしく身軽さを身上にするため、軽いジャケットと黒いズボン、腰には二本の短剣を装備している。
「じゃあ次は俺だ。名前はアベル、見ての通りの力特化型の戦士だ。武器はこの背中のバトルアクス。よろしくな、お嬢ちゃん達」
赤茶色の短く揃えた髪をした、強面の屈強な男である。体には全身を覆うプレートメイル、武器は見た目通り威力がありそうな戦斧である。一見堅物そうだが、物腰は柔らかく、兄貴分といった印象だ。
「最後は私ね。セリナ、魔法使いよ。それにしてもこんな美少女が冒険者をやっているなんて、はぁ、その綺麗な肌をつんつんしたい……」
何やら不穏な発言が聞えたが、敢えてスルーする。エメラルドグリーンの髪は肩までの長さで、青いローブを着ている。耳にはリングの形をした大きなピアスをしており、お洒落な印象だ。テーブルには長い杖が立てかけられているので、これが彼女の武器だろう。
「私はカリナという。これでも一応Bランクの冒険者資格を持っている。今はエデン王国のカシュー王からの任務でルミナス聖光国に向かう途中にこの街で一泊する予定だったんだが、この子がぶつかって来て事情を聞いたからには放置することはできないと思った。多少の道草も旅の醍醐味だからな。因みに召喚士で魔法剣士でもある」
悪魔が関わっているという可能性を口に出すのはやめておいた。いらぬ混乱を招くことにもなりかねない。
「エデンの任務?! ってことはカシュー陛下と近しい関係なのかしら。それにしてもこんな少女が任務に就くなんて本当に相当な実力の持ち主なのね……」
「まあ、それは明日のダンジョン探索でわかる。今はその程度くらいしか私の情報はないよ」
カリナはそう言ってはぐらかした。国の任務を一般人に詳しく説明する訳にもいかない。
「ぼ、僕はヤコフです……。両親のために態々ありがとうございます」
最後にヤコフが自分の名前を言った。この少年にしてみれば居酒屋の様な場所に連れて来られた上に、大人達に囲まれているのだから居心地が悪いのかもしれないし、緊張もあるだろう。
「心配するな、ヤコフ。お前のことは私がちゃんと守ってやるからな」
そう言ってカリナはヤコフの黒髪を撫でてやった。安心したのか、彼はもう泣き止んでいたが目はまだ赤いままだった。
「その子の両親はかなりの使い手よ。それが行方不明なんて不慮の何かが起きたのかもね……。でも安心して、私達シルバーウイングはAランクのギルドなの、これで全員って訳じゃないけど、明日は首を突っ込んだ以上私達だけで同行するわ」
エリアがそう言って胸を張った。なるほど、模擬戦でボコしたあの雑魚Bランクの冒険者達よりは遥かに頼りになるかもしれない。そう思い、カリナは少し安心した。
「それにしても、いきなり死者の迷宮に連れて行ってくれなんて言われてよくカリナちゃんは引き受けたもんだな」
ロックがそんなことを言った。確かに普通に見ればカリナにとっては何のメリットもない話である。
「何でだ? 困っている者がいれば手を差し伸べる。それがある程度の力を手にしたものの責務だろう?」
カリナは平然と言ってのけた。それが如何に崇高な理想であるのか、理解はできても実行に移す者は少ないのが世の中である。
「すごいな、だが素晴らしい理想論ではある。では俺もその理想に乗らせてもらう。ここで会ったのも何かの縁だしな」
アベルはカリナの言葉に心を打たれたようだった。彼にしてみれば、カリナのような少女が口にできることではないと思えたが、それを可能にする力が彼女にはあるのだろうと感じられたからである。
「ええ、すごいわ。こんな美少女なのに、まるで正義感の塊の様な高潔さ……。ああ、その綺麗な髪をクンクンしたい……」
「やめなさいセリナ」
隣に座っているエリアがセリナの頭にチョップをかました。「うぎゃっ」と言ってセリナはテーブルに額をぶつけた。
カリナは何だか妙な危機感を覚えた。セリナの視線はまるで情欲を孕んでいるかのように見えるからである。
「そいつは大丈夫なのか……?」
心配になってエリアに尋ねる。
「ああ、可愛いものに目が無くてね。大丈夫よ、ちゃんと見張っておくから」
「ああ、頼む。さっきから此方を見る目が獣の様でちょっと怖い……」
可愛いものが好きというレベルではないように感じられる。身の危険を感じるレベルである。カリナは少々寒気を感じたので、持って来たコートを羽織った。
「はっはっは! セリナは相変わらずだな。まあそこまでの変態じゃないから気にしないでくれ」
「まあ、冒険中は真面目にやってくれる。これでもそれなりの魔法使いだからな」
ロックとアベルが仕方なくといった感じで庇うので、カリナもこれ以上追及することはやめることにした。
「エリア、いい加減に何か注文してくれないかい? ここはお店なんだよ」
カウンターの奥から女将さんがやって来て声を掛けて来た。確かに注文もしないのは失礼だったと、一同は謝罪した。それから各々好きなものを頼み、料理や飲み物を楽しんだ。
「酒は飲まないのか?」というカリナの問いに対して、彼らは冒険の前日には体調管理のために飲まないことにしているという。カリナはその姿勢に、ある意味冒険者としてのプロフェッショナルな流儀を感じた。
「お前達なら信頼できそうだ」
カリナは小さく呟いたが、盛り上がっている彼らの耳には届かなかった。支払いは自分ですると言ったカリナだが、子供に払わせるわけにはいかないと、エリアが頑として譲らなかったので、奢ってもらうことになった。
夜も遅くなってきたのでお開きとなったが、ヤコフをどうするかということが問題になった。こんなに遅くに子供独りで家に帰らせる訳にもいかない。それに帰宅しても両親がいないのは孤独であるだろう。一行がどうしようかと試行錯誤していたとき、カリナが口を開いた。
「ではヤコフ、今日は私と一緒にここに泊まるとしよう。それなら寂しくはないだろう?」
「うん、でもいいの? カリナお姉ちゃん……」
「ああ、構わないぞ。今のお前を独りにする方が心配になる。私の部屋に一緒に泊まるとしよう」
その言葉にセリナ一人が騒然となる。
「ええええっ! 少年と美少女が同じ宿に泊まるなんて! な、なんて危険な、いや、背徳的な、ふぎゃっ!」
騒ぐセリナの頭にエリアのげんこつがヒットした。
「アンタ以外は誰もそんな不純な気持ちで見てないわよ! わかったわ、じゃあヤコフ君をお願いね、カリナちゃん。明日は街の広場の時計台の下で、そうね、こっちも準備とかあるから10時に集合しましょう。また明日ね」
「ああ、広場の時計台だな。わかった、じゃあお休み」
「皆さんありがとうございました」
ヤコフも深々と頭を下げた。シルバーウイングの面々がその頭をよしよしと撫でる。そうしてその日はお開きになった。
◆◆◆
宿の浴場を使わせてもらい、身綺麗にしたところでルナフレアから渡された寝間着に着替える。薄手の白いワンピースのような部屋着で、少々セクシー過ぎやしないだろうかとカリナは思った。
長い髪を乾かしてからベッドに横になってアイテムボックスの中身を整理していると、ヤコフも男子浴場から上がって来た。宿で用意されていた寝間着を着せてやり、タオルで頭を拭いてやる。
「偉いな、ちゃんと一人で洗えたのか?」
「うん、お父さんやお母さんから自分のことは何でも自分できるようになりなさいって、いつも言われてるから」
「そうか、さぞかし立派な両親なのだな」
「うん……。でも帰って来ない……」
ぐすぐすと泣き始めたヤコフにカリナは困ったが、こういう時はルナフレアの姿勢を真似ようと思い立った。
エリアが取ってくれた部屋にはベッドが二つ置いてあったが、この状態のヤコフを独りで寝かせるのは忍びないと思った。自分のベッドに入り、片手で掛け布団を広げる。
「一緒に寝よう、ヤコフ。それでお前の寂しさが少しでも紛れるのならだけどな」
「うん、ありがとうカリナお姉ちゃん……」
自分の枕を持って来たヤコフを招き入れると、カリナはヤコフを優しく抱き締めてやった。これが両親の代わりになるとは思わなかったが、この少年の不安を少しでも和らげてやりたくなったのである。
カリナの柔らかい身体に抱き着いたまま泣いていたヤコフだったが、やがて規則正しい寝息を立て始めた。どうやら安心してくれたらしいと思ったカリナは、自分もかなり疲れていたため、そのまま二人で眠りに落ちた。
恐らくルナフレアならこうしてくれただろうと思ったカリナの行動で、ヤコフは安らかな睡眠を3日振りに取ることができたのだった。
◆◆◆
翌朝目覚めると、ヤコフはもう既に起きて着替え始めていた。寝惚けながらカリナが身を起こすと、薄手のワンピースの様な寝間着の肩紐がずれて乳房が露わになった。それを見たヤコフが見てはいけないものを見たと、恥ずかしくなって目を逸らした。
「おはよう、ヤコフ。よく眠れたか? ってどうした?」
「カリナお姉ちゃん胸が出てる!」
そう言われて下を見下ろすと、肩紐がズレて乳房がモロ出しになっていたので、慌てて着衣を整えた。年端もいかない少年に妙な性癖を与えてしまったのではないかと心配になったが、ヤコフはその後は普通にしていた。
「私は着替えるのに時間がかかるから、先に下に行って好きなものを朝食に頼むといい」
「うん、じゃあ先に行っておくね」
ヤコフを見送ってから、これまでにメイド隊から渡された衣装を見比べ、良さげなものを身に付ける。未だにブラジャーの着け方が難しくて苦戦する。
そうして何とか着替え終えると階下の食堂に降りて女将に朝食を頼み、ヤコフと一緒に食べた。簡単な洋食のセットだったが、空腹の腹に染み込んでいくように感じた。コーヒーを飲みながら、備えられている新聞に目を通すと、ヤコフの両親が行方不明になっていることが大きく記事にされていた。これはヤコフに見られない方が良いだろうと思い、新聞紙を折り畳んだ。
宿の料金は既にエリアが前払いをしておいたらしく、カリナはまたしても借りを作ってしまったことを悔いた。だが、彼女なりの善意なのだろうと思い、ありがたく受け取っておくことにした。
まだ集合の時間には間がある。その前に何かしらやるべきことはないだろうかと頭を巡らせる。そして宿の女将に近くの防具屋を教えてもらい、ヤコフと一緒に向かうことにした。
「世話になった。ではまた機会があれば寄らせてもらうよ」
「ありがとうございました」
「あいよ、お嬢ちゃん達も気を付けて行ってらっしゃい」
挨拶を済ませて宿を出ると、近くの教えて貰った防具屋へと向かう。
「カリナお姉ちゃん、どこに行くの?」
「今の普段着の格好だと、いざと言う時に怪我をするかもしれないからな。ヤコフに似合う防具を少し買いに行くぞ」
そう言ってカリナはヤコフの手を握って歩き出した。街の住人達は宿から出て来たゴスロリチックな衣装を纏った気品ある美少女に目を奪われた。「どこぞの御令嬢か?」「それにしても美人だな」「あれは弟か? あんな綺麗な姉がいるとか勝ち組だな」などと噂が流れたが、カリナ自身はそんなことを知る由もなかった。
「おや、エリア達じゃないか? 久しぶりだね。今日はお客を連れて来てくれたのかい?」
カウンターで宿の女将さんらしき人に声を掛けられる。なるほど、あのエルフの女性はエリアというのかと分かった。
「うん、ちょっと色々ね。結構人数いるけど空いている席はあるかな? それと宿泊する子がいるから部屋は空いてる? そこ予約しておいてくれる?」
「ああ、すぐに案内するよ」
給仕の女性が案内してくれて、カリナ達はテーブル席に座った。カリナの右隣にはヤコフが腰掛け、左側からエリアというエルフ、魔法使いの女性、スカウトの青年、重戦士の男が座った。
「さて、落ち着いたところで自己紹介といこうかしら? 私はエリア、このシルバーウイングのギルドの副団長を務めているわ。一応剣士ね、よろしく」
エリアというエルフの女性が先に名乗った。黒髪でセンターで左右に分けたロングヘア、綺麗な翠眼をしている。身に付けている装備は軽装で、レザーアーマーに腰には長剣を帯びている。外は暗くなっていたのでそこまで特徴は掴めなかったが、明るい店内に来たので、カリナは彼らの外見的特徴をしっかりと把握できた。
「俺はロックだ。見ての通りスカウトをやっている。罠解除やトラップ探知は俺の得意分野だ、よろしく」
頭にスカーフを巻き、短めの金髪をしている。見た感じ軽そうな雰囲気の青年だが、愛想よく挨拶をするその姿勢には好感が持てた。スカウトらしく身軽さを身上にするため、軽いジャケットと黒いズボン、腰には二本の短剣を装備している。
「じゃあ次は俺だ。名前はアベル、見ての通りの力特化型の戦士だ。武器はこの背中のバトルアクス。よろしくな、お嬢ちゃん達」
赤茶色の短く揃えた髪をした、強面の屈強な男である。体には全身を覆うプレートメイル、武器は見た目通り威力がありそうな戦斧である。一見堅物そうだが、物腰は柔らかく、兄貴分といった印象だ。
「最後は私ね。セリナ、魔法使いよ。それにしてもこんな美少女が冒険者をやっているなんて、はぁ、その綺麗な肌をつんつんしたい……」
何やら不穏な発言が聞えたが、敢えてスルーする。エメラルドグリーンの髪は肩までの長さで、青いローブを着ている。耳にはリングの形をした大きなピアスをしており、お洒落な印象だ。テーブルには長い杖が立てかけられているので、これが彼女の武器だろう。
「私はカリナという。これでも一応Bランクの冒険者資格を持っている。今はエデン王国のカシュー王からの任務でルミナス聖光国に向かう途中にこの街で一泊する予定だったんだが、この子がぶつかって来て事情を聞いたからには放置することはできないと思った。多少の道草も旅の醍醐味だからな。因みに召喚士で魔法剣士でもある」
悪魔が関わっているという可能性を口に出すのはやめておいた。いらぬ混乱を招くことにもなりかねない。
「エデンの任務?! ってことはカシュー陛下と近しい関係なのかしら。それにしてもこんな少女が任務に就くなんて本当に相当な実力の持ち主なのね……」
「まあ、それは明日のダンジョン探索でわかる。今はその程度くらいしか私の情報はないよ」
カリナはそう言ってはぐらかした。国の任務を一般人に詳しく説明する訳にもいかない。
「ぼ、僕はヤコフです……。両親のために態々ありがとうございます」
最後にヤコフが自分の名前を言った。この少年にしてみれば居酒屋の様な場所に連れて来られた上に、大人達に囲まれているのだから居心地が悪いのかもしれないし、緊張もあるだろう。
「心配するな、ヤコフ。お前のことは私がちゃんと守ってやるからな」
そう言ってカリナはヤコフの黒髪を撫でてやった。安心したのか、彼はもう泣き止んでいたが目はまだ赤いままだった。
「その子の両親はかなりの使い手よ。それが行方不明なんて不慮の何かが起きたのかもね……。でも安心して、私達シルバーウイングはAランクのギルドなの、これで全員って訳じゃないけど、明日は首を突っ込んだ以上私達だけで同行するわ」
エリアがそう言って胸を張った。なるほど、模擬戦でボコしたあの雑魚Bランクの冒険者達よりは遥かに頼りになるかもしれない。そう思い、カリナは少し安心した。
「それにしても、いきなり死者の迷宮に連れて行ってくれなんて言われてよくカリナちゃんは引き受けたもんだな」
ロックがそんなことを言った。確かに普通に見ればカリナにとっては何のメリットもない話である。
「何でだ? 困っている者がいれば手を差し伸べる。それがある程度の力を手にしたものの責務だろう?」
カリナは平然と言ってのけた。それが如何に崇高な理想であるのか、理解はできても実行に移す者は少ないのが世の中である。
「すごいな、だが素晴らしい理想論ではある。では俺もその理想に乗らせてもらう。ここで会ったのも何かの縁だしな」
アベルはカリナの言葉に心を打たれたようだった。彼にしてみれば、カリナのような少女が口にできることではないと思えたが、それを可能にする力が彼女にはあるのだろうと感じられたからである。
「ええ、すごいわ。こんな美少女なのに、まるで正義感の塊の様な高潔さ……。ああ、その綺麗な髪をクンクンしたい……」
「やめなさいセリナ」
隣に座っているエリアがセリナの頭にチョップをかました。「うぎゃっ」と言ってセリナはテーブルに額をぶつけた。
カリナは何だか妙な危機感を覚えた。セリナの視線はまるで情欲を孕んでいるかのように見えるからである。
「そいつは大丈夫なのか……?」
心配になってエリアに尋ねる。
「ああ、可愛いものに目が無くてね。大丈夫よ、ちゃんと見張っておくから」
「ああ、頼む。さっきから此方を見る目が獣の様でちょっと怖い……」
可愛いものが好きというレベルではないように感じられる。身の危険を感じるレベルである。カリナは少々寒気を感じたので、持って来たコートを羽織った。
「はっはっは! セリナは相変わらずだな。まあそこまでの変態じゃないから気にしないでくれ」
「まあ、冒険中は真面目にやってくれる。これでもそれなりの魔法使いだからな」
ロックとアベルが仕方なくといった感じで庇うので、カリナもこれ以上追及することはやめることにした。
「エリア、いい加減に何か注文してくれないかい? ここはお店なんだよ」
カウンターの奥から女将さんがやって来て声を掛けて来た。確かに注文もしないのは失礼だったと、一同は謝罪した。それから各々好きなものを頼み、料理や飲み物を楽しんだ。
「酒は飲まないのか?」というカリナの問いに対して、彼らは冒険の前日には体調管理のために飲まないことにしているという。カリナはその姿勢に、ある意味冒険者としてのプロフェッショナルな流儀を感じた。
「お前達なら信頼できそうだ」
カリナは小さく呟いたが、盛り上がっている彼らの耳には届かなかった。支払いは自分ですると言ったカリナだが、子供に払わせるわけにはいかないと、エリアが頑として譲らなかったので、奢ってもらうことになった。
夜も遅くなってきたのでお開きとなったが、ヤコフをどうするかということが問題になった。こんなに遅くに子供独りで家に帰らせる訳にもいかない。それに帰宅しても両親がいないのは孤独であるだろう。一行がどうしようかと試行錯誤していたとき、カリナが口を開いた。
「ではヤコフ、今日は私と一緒にここに泊まるとしよう。それなら寂しくはないだろう?」
「うん、でもいいの? カリナお姉ちゃん……」
「ああ、構わないぞ。今のお前を独りにする方が心配になる。私の部屋に一緒に泊まるとしよう」
その言葉にセリナ一人が騒然となる。
「ええええっ! 少年と美少女が同じ宿に泊まるなんて! な、なんて危険な、いや、背徳的な、ふぎゃっ!」
騒ぐセリナの頭にエリアのげんこつがヒットした。
「アンタ以外は誰もそんな不純な気持ちで見てないわよ! わかったわ、じゃあヤコフ君をお願いね、カリナちゃん。明日は街の広場の時計台の下で、そうね、こっちも準備とかあるから10時に集合しましょう。また明日ね」
「ああ、広場の時計台だな。わかった、じゃあお休み」
「皆さんありがとうございました」
ヤコフも深々と頭を下げた。シルバーウイングの面々がその頭をよしよしと撫でる。そうしてその日はお開きになった。
◆◆◆
宿の浴場を使わせてもらい、身綺麗にしたところでルナフレアから渡された寝間着に着替える。薄手の白いワンピースのような部屋着で、少々セクシー過ぎやしないだろうかとカリナは思った。
長い髪を乾かしてからベッドに横になってアイテムボックスの中身を整理していると、ヤコフも男子浴場から上がって来た。宿で用意されていた寝間着を着せてやり、タオルで頭を拭いてやる。
「偉いな、ちゃんと一人で洗えたのか?」
「うん、お父さんやお母さんから自分のことは何でも自分できるようになりなさいって、いつも言われてるから」
「そうか、さぞかし立派な両親なのだな」
「うん……。でも帰って来ない……」
ぐすぐすと泣き始めたヤコフにカリナは困ったが、こういう時はルナフレアの姿勢を真似ようと思い立った。
エリアが取ってくれた部屋にはベッドが二つ置いてあったが、この状態のヤコフを独りで寝かせるのは忍びないと思った。自分のベッドに入り、片手で掛け布団を広げる。
「一緒に寝よう、ヤコフ。それでお前の寂しさが少しでも紛れるのならだけどな」
「うん、ありがとうカリナお姉ちゃん……」
自分の枕を持って来たヤコフを招き入れると、カリナはヤコフを優しく抱き締めてやった。これが両親の代わりになるとは思わなかったが、この少年の不安を少しでも和らげてやりたくなったのである。
カリナの柔らかい身体に抱き着いたまま泣いていたヤコフだったが、やがて規則正しい寝息を立て始めた。どうやら安心してくれたらしいと思ったカリナは、自分もかなり疲れていたため、そのまま二人で眠りに落ちた。
恐らくルナフレアならこうしてくれただろうと思ったカリナの行動で、ヤコフは安らかな睡眠を3日振りに取ることができたのだった。
◆◆◆
翌朝目覚めると、ヤコフはもう既に起きて着替え始めていた。寝惚けながらカリナが身を起こすと、薄手のワンピースの様な寝間着の肩紐がずれて乳房が露わになった。それを見たヤコフが見てはいけないものを見たと、恥ずかしくなって目を逸らした。
「おはよう、ヤコフ。よく眠れたか? ってどうした?」
「カリナお姉ちゃん胸が出てる!」
そう言われて下を見下ろすと、肩紐がズレて乳房がモロ出しになっていたので、慌てて着衣を整えた。年端もいかない少年に妙な性癖を与えてしまったのではないかと心配になったが、ヤコフはその後は普通にしていた。
「私は着替えるのに時間がかかるから、先に下に行って好きなものを朝食に頼むといい」
「うん、じゃあ先に行っておくね」
ヤコフを見送ってから、これまでにメイド隊から渡された衣装を見比べ、良さげなものを身に付ける。未だにブラジャーの着け方が難しくて苦戦する。
そうして何とか着替え終えると階下の食堂に降りて女将に朝食を頼み、ヤコフと一緒に食べた。簡単な洋食のセットだったが、空腹の腹に染み込んでいくように感じた。コーヒーを飲みながら、備えられている新聞に目を通すと、ヤコフの両親が行方不明になっていることが大きく記事にされていた。これはヤコフに見られない方が良いだろうと思い、新聞紙を折り畳んだ。
宿の料金は既にエリアが前払いをしておいたらしく、カリナはまたしても借りを作ってしまったことを悔いた。だが、彼女なりの善意なのだろうと思い、ありがたく受け取っておくことにした。
まだ集合の時間には間がある。その前に何かしらやるべきことはないだろうかと頭を巡らせる。そして宿の女将に近くの防具屋を教えてもらい、ヤコフと一緒に向かうことにした。
「世話になった。ではまた機会があれば寄らせてもらうよ」
「ありがとうございました」
「あいよ、お嬢ちゃん達も気を付けて行ってらっしゃい」
挨拶を済ませて宿を出ると、近くの教えて貰った防具屋へと向かう。
「カリナお姉ちゃん、どこに行くの?」
「今の普段着の格好だと、いざと言う時に怪我をするかもしれないからな。ヤコフに似合う防具を少し買いに行くぞ」
そう言ってカリナはヤコフの手を握って歩き出した。街の住人達は宿から出て来たゴスロリチックな衣装を纏った気品ある美少女に目を奪われた。「どこぞの御令嬢か?」「それにしても美人だな」「あれは弟か? あんな綺麗な姉がいるとか勝ち組だな」などと噂が流れたが、カリナ自身はそんなことを知る由もなかった。
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