聖衣の召喚魔法剣士

KAZUDONA

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33  羞恥心

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 目が覚めると、もう窓の外は暗くなっていた。どうやら思っていたよりも眠り込んでいたらしい。迷宮探索に悪魔討伐など、命のやり取りはカリナが想像している以上に精神を擦り減らすものである。カリナは目を擦りながらそのことを自覚した。

 ぐいっと伸びをして、脱ぎ捨ててあったコートを羽織る。そして立ち上がってブーツを履いた。テーブルの方を見ると、ケット・シー隊員はまだ花提灯を出して居眠りしている。

「起きろ、隊員。もう夜だ。夕食と風呂に行くぞ」

「んにゃ?! おはようございますにゃ、隊長」

「おはよう。よく寝てたな」

「一度目が覚めたんですが、隊長がまだ寝てたので二度寝してたにゃ」

 隊員は目を擦りながら欠伸をした。同時に身体全体をぶるぶると振るわせた。猫の仕草である。そして隊員を伴って階下の食堂に向かった。

 既に食堂には街の人々が集まって飲み食いし、盛り上がっている。カリナが空いている席を探していると、聞き覚えのある声で話しかけられた。

「カリナさん、こっちです」

 声の方を見ると昼間に出会った組合長のジュリアが組合の受付の事務員を二人ほど伴って夕食を取っていた。

「ああ、ジュリアか。ここに食べに来たのか?」

「ええ、カリナさんも宿泊しているだろうし、折角なので職員達と一緒に食べに来ました」

「こんばんは、カリナさん。昼間はお世話になりました。受付のコレットです」

「こんばんは、ギルマスに連れられて来ました。同じく受付事務のフリッカです」

「こんばんは。遅くまでお仕事ご苦労様」

 黒髪ショートボブのコレットと金髪のセミロングヘアを三つ編みで一つに括っているフリッカという女性がカリナに挨拶した。

「良かったら同席しませんか? ここ空いているので、冒険話など聞かせて頂けると嬉しいです」

「そうだな、他に空いてる席も見当たらなかったし、迷惑じゃなければ相席させてもらおうかな」

 ジュリアの左隣に腰掛ける。カリナの隣の隊員には店員が子供用の背丈が高い椅子を用意してくれた。丸テーブルを囲んで向かいにはコレットとフリッカが座っている。

「ありがとうございますにゃ」

 礼儀正しく店員にお礼を述べる隊員。長靴を履いた喋る猫の噂は街中で広まっているらしく、周りの客が隊員を暫く見ていたが、驚かれることはなかった。

 ジュリアにこの宿のお勧め料理を注文してもらい、運ばれて来たそれらを頬張る。魔力の回復のためにもカリナはしっかり食べておこうと思い、宿の料理を楽しんだ。

「それにしてもこんな美少女が悪魔を単独でやっつけてしまうなんて。今日は驚きでしたね、ギルマス」

「しかも召喚士だなんて珍しいわ。この仕事をしていて初めて会ったもの」

 コレットとフリッカはカリナの見た目に召喚士というクラスが珍しいのだろう。

「そうね、でも彼女の御陰でこの街も冒険者達も救われたわ。感謝しないといけない。ありがとうございます、カリナさん」

「いやいや、もう昼間に充分お礼は貰ったからいいよ。街の水源にも影響はなかった御陰で、美味い料理も食べられるし。それにしても召喚士はそんなに数が少ないんだな」

 召喚魔法が実装されたときは誰もが召喚体を探して冒険をしたものだ。カリナも様々な場所を探索した。しかし、それはゲームの頃の話で、現実となり、100年の時が過ぎた今の世界では変化したのだろう。

「召喚獣を使役するためには、その対象をソロで屈服させないといけないですからね。命の危険を冒してまで召喚獣と戦おうなんて人はほとんどいないですよ」

 確かにその通りである。ゲームの時なら、負けてもデスペナルティが付くだけで復活ができる。勝てるまで何度だって挑むことができるのだから、現実に命の危険を伴うことなどない。だが、この現実世界では敗北はイコール死である。それを考えれば召喚獣に無理して挑むメリットは少ない。しかも使役したばかりの召喚体は弱く、何度も戦闘を共にして徐々に強力な存在になるのである。育成するのにもかなりの労力が必要になる。

 カリナはゲームの間に多くの召喚体を使役しておいて良かったと思った。それでも新しい召喚体を見つけたら、自分は迷うことなく使役しようとするだろうとも。そのために剣技も格闘術も鍛えて来たのである。

「確かにそうかもしれないなあ。命の危険を冒してまで、しかも使役しても暫くは弱い召喚体のためにリスクを取るのは危険なことかもしれない」

「そうなんです。だから召喚士自体の存在が今はもうレア中のレアです。過去には多くの召喚士がいたという資料もあるんですけどね。五大国襲撃事件で失われてしまったと言われているんです」

 なるほどとカリナは思った。自分やカシュー、セリスのようにPC達もまだこの世界に存在する可能性はあるが、カシューが言っていた「死は死である」という言葉が引っ掛かった。命を落としたPC達もいる可能性もある。

「まあまあ、今日は私達の奢りだよ。街の救世主なんだから好きなだけ飲み食いして」

「そうだよ、みんなカリナちゃんに感謝してるんだからさ」

 コレットとフリッカにそんなことを言われたが、さすがに奢られるのは気が引ける。以前のチェスターの街でもエリア達に奢られてばかりだったのだから。

「いや、それは悪いよ。私は自分ができることをしただけに過ぎないんだし」

「まだ子供なのになんて謙虚。うーん、そういうところは見習いたい」

「そうね、こんなに可愛いのに」

「二人共、そのくらいにしておきなさい。でも今日は御馳走させて下さい。この街の組合長として、救世主に何もしてあげられないのは悲しいですから」

「そうか、なら申し訳ないけどそうさせてもらおうかな」

 渋々了承したが、ジュリアなりの心遣いなのだろう。折角なので甘えることにした。

「あ、でも二人は自分の分は自分で払うように」

 ジュリアの言葉に、「そんなぁー」と二人は声を揃えて言った。

「当然でしょう、あなたたちは大人なんですから。そう言えばカリナさんは聖騎士カーズ様の妹さんだとお聞きしました。道理で強いはずですね」

「あー、そんなことまで噂になっているのか。本屋でちょっと喋っただけなんだけどなあ。いやここの女将さんにも話した気がする……」

「小さい街ですから、直ぐに噂なんて広まりますよ。エデンの任務をこなしているのもそういう繋がりですか?」

「ああ、カシュー王とは昔馴染みでね。行方不明の兄に代わって色々とこき使われてる」

 兄というか自分のメインキャラなのだが、今となってはキャラチェンジすることもできない。この女性の姿でこの世界を生きて行くしかない。

「聖騎士カーズ様は私達も憧れだよ。たくさん本持ってるからね」

「同じく、物語の中でしか知らないけど、凄い男気のあるカッコイイ人なんだろうなぁ」

「ノベライズは私も多少読んだけど、そこまで美化しない方がいいよ。実物はそんな良いものじゃないから」

 所詮は廃プレーの賜物である自分のメインキャラ。それがそこまで美化されると何だか居たたまれなくなる。

「さすが実の妹。私達が知らない顔を知っているのね」

「いいなあ、ねえ聞かせて聞かせて!」

 コレットとフリッカが身を乗り出して来る。カリナは実の妹という設定なだけで本人なのだ。その裏の顔を話せと言われると、自分の短所をお披露目する羽目になる。それはさすがに自分が情けなくなる。

「いや、まあそれは想像にお任せするよ。聞いても幻滅するだけだと思うから」

「ほらほら、誰にでも知られたくない一面くらいあるでしょう。我慢しなさい」

 ジュリアにぴしゃりと言われて二人はしゅんとなった。それから暫く飲み食いしながら、他愛もない話で盛り上がった。隊員は大人しく目の前に並べられた料理を黙々と食べていた。


「さて、明日は聖光国に出発だし、風呂に入って寝るかな」

「そうですね、旅の無事を祈っています。書簡を聖光国の組合長に忘れずに渡して下さいね」

「ああ、色々と世話になったよ。到着したらすぐに組合を訪ねることにする」

 そうしてその場はお開きになったのだが、コレットとフリッカは妙なことを言い出した。

「ギルマス、私達はカリナちゃんとお風呂に入ってから帰りますね」

「ここのお風呂気持ちいいしね。折角だからお背中お流しします」

「あまり迷惑を掛けないようにしなさいよ。カリナさん、私はこれで。明日も色々と業務がありますので。ではおやすみなさい」

「ええっ、ちょ、ジュリア、助けてくれ」

 そう言って助け舟を求めたが、彼女はにこやかに笑って一礼すると食堂を後にして行った。彼女も止めても無駄だと判断したのだろう。それに女性同士が一緒に風呂に入るのは変なことではない。態々止めることもないと思ったのだろう。問題はカリナの中身の自認なのである。

「さ、行きましょうか」

「うふふ、美少女とお風呂。楽しいな」

 カリナは二人に連れられて宿の浴場に向かうことになった。


 ◆◆◆


 またしてもこの展開かと思いながら、脱衣場でさっさと身に付けていた衣装を脱ぐ。お喋りをしている二人をなるべく見ないようにしてさっさと浴場に入った。だがここにも利用客がいる。視界に入れないように注意しながらさっさと身体を洗うためにシャワーの前のチェアーに腰掛けた。そこに後ろからコレットとフリッカが近づいて来る。

「うむむ、スレンダーながら出るとこはちゃんと出てるし、カリナちゃんスタイルいいなあ」

「いや、そんなこと言われても。自分の身体だし、他の人と比べたりしたことはないよ」

 シャンプーを手に取って泡立てるコレットに対して答える。まあルナフレアと入浴したときはしっかりと見てしまったのだが、さすがに他の人をジロジロと見るのは失礼に当たる。

「いいなあ、私もこんな美少女に生まれてたらなぁ」

 身を乗り出して来たフリッカはボディソープを泡立てている。これから洗われてしまうのかと、カリナは覚悟した。間近に来られると二人の姿が嫌でも目に入る。組合の受付をやっているだけあって二人共容姿端麗だ。冒険者達からも声を掛けられるだろうと思う。

「さてさて、では洗わせて頂きますねー」

「うわ、肌もすべすべで綺麗ね。髪の毛もサラサラだし」

「それはどうも……」

 こうしてカリナは二人の気が済むまで身体を洗われた。その後は三人で湯船に浸かり、質問攻めにあった。気が済んだ二人はまた明日の仕事に備えて先に上がって帰って行った。
 
 逆上せたカリナは浴室のチェアーに腰掛けて、火照りが覚めるのを待った。いい加減にこの現状に慣れてきている自分がいる。これは良くない。だが女性体である以上は男性用を使う訳にもいかない。この世界が続く限りは仕方ないかと無理矢理自分を納得させるしかないカリナだった。


「うにゅー、人間界のお風呂も中々に良いものにゃ」

 カリナが困っている時、隊員は男湯で奇妙な目で見られながら入浴を楽しんでいた。


「はあ、何だか逆に疲れるな。毎度のことながら。偶には一人でのんびり入浴したい」

 部屋に戻ったカリナは寝間着に着替え、髪の毛をタオルで乾かしていた。そこへ、衣服を持ってびしょ濡れのままケット・シー隊員が帰って来た。

「いやー、良い湯だったにゃ」

「お前、びしょ濡れじゃないか。来い、拭いてやるから」

 びしょ濡れの隊員の身体をタオルで包んでごしごしと拭いてやる。一通り拭き終えると、隊員は身震いをして残った水分を飛ばした。

「猫も風呂に入るとはな。まあそれはいいが、次からはタオルを持って行け。それか備え付けのが用意されてるんだからちゃんと拭くように。全く、床がびしょ濡れじゃないか」

「申し訳ないにゃ、隊長。おいら達は基本的に自然乾燥にゃ、それにぶるぶるしたら水分が飛んでいくにゃ」

「それは猫の常識だ。私と行動するんだから、人間のマナーを守れ」

「はいにゃ、次からは気を付けるにゃ」

 カリナは一階で雑巾を貸してもらって、隊員が濡らした床を拭いて回った。薄着の寝間着のまま床を拭くという、何とも他人からしたらサービスショットを無自覚に提供してしまうカリナだった。どうやらまだ女性としての羞恥心などには無自覚である。女将に注意されて、カリナは何とも恥ずかしい気持ちになった。

「後はこっちでやっておくから、カリナちゃんはもう部屋で休むようにね」

 女性としての羞恥心の自覚のなさについて叱られたカリナはすごすごと部屋に戻り、ベッドで本を読みながらいつの間にか眠りに落ちて行った。
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