倫理的恋愛未満

雨水林檎

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第一話

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 保健室で一時間ほど眠ってしまえば、気分は驚くほどに良くなっていた。しかしこれでまた授業が無事受けられるかはわからない。しかし帰ると親に連絡されてしまうので、幸知は黙って教室に戻る。昼休みの教室はいろんなにおいがする、時にそれは気分を悪くするもとにもなるが幸知には他に居場所がなかったから。しかし、今日は幸知の席に同級生が座っていて、しかも何やら盛り上がっている様子で。

(どうしよう、図書室にでも行こうか。でもそろそろ次の授業が……)

「あ、おっかえりー橘野! おい、お前どいてって」

 久賀野の言葉に幸知の席は空いた。同級生を無理やりどかせてしまった気まずさを抱えながら幸知は黙って着席する。

「橘野ー、元気になった?」
「え、う……うん」
「なにより! じゃあさ、橘野も今日放課後一緒に遊びに行こうぜ?」
「え」

 固まったのは幸知だけじゃない。周りの同級生も絶句していた。

(どうして、名前を今日知ったくらいの同級生と、何をして遊べというのか……)

「あのね、帰りにみんなでファミレス行こって話になってて、ほらみてー、昨日バイトしてる友達から割引券もらったんよ。橘野、何好き?」
「あ、僕はその」
「橘野はねえ、かわいいからこれが良いんじゃないかな。ストロベリーチョコレートパフェ!」
「いや、パフェとかは……」
「ああ、甘いの苦手だった? じゃあこれ! カリカリポテトもあるよ」
「た、食べない、その……苦手だから、食べることが」

 そう言って幸知はカバンから財布を取り出すとそそくさと帰ってきたはずの教室を再びあとにした。気まずくなった周りにひとりきょとんとしている久賀野はつぶやいた。

「なんだぁ……カリカリポテト、おいしいのにねえ?」

(ああ、おちつこう、おちつこう、これはカロリーオフだから太らない……)

 息を切らしながらやって来た食堂の端で幸知は騒がしい中一人でベンチに腰掛けて、ペットボトルのスポーツドリンクを飲んでいる。これは太らない、そう心の中で唱えながらぼんやりとうつろな目にその青ざめた顔。ペットボトルを持つ手は骨格が目立ち筋張って、枯れ枝のように瘦せていた。

 ***

「体育めんどくせええ!」

 午後の授業、校庭の見えるベンチでは体調不良もあって見学している幸知とその隣に久賀野が座っている。彼も見学なのか雑に羽織ったジャージからは白いワイシャツがはみ出ている。

「大体さぁ、見学なのにいちいち着替えろって言うのが納得いかなくない? 最低限の服着てりゃあ何でもいいじゃんねえ?」
「う、……うん」
「とは言ってもだ、俺、実は今年になって今日が初めての体育授業だったりするんだよね。いきなりもうこれ以上さぼれないってわけだよ、もうつんだ。なあ、橘野はレポートの内容考えた? 今日はランニングの健康効果についてだってね」
「いや、まだ何も」
「あ、去年の体育のレポートのテーマ覚えてるよ、先に内容考えとくと楽だし早いぜ。例えば、バスケットボールの歴史について! あとはねえ……あ」
「……」
「ああ、俺ね? 去年事故で足やっちゃってから体育はずっと見学なの。その辺の事情で留年までしちゃったわけなんだけど、案外人生楽しいから橘野もあきらめるなよ、グッジョブ!」
「ああ……はい……」

 同級生が準備体操をしている、春の終わりの校庭にて周りから離れて幸知と久賀野は二人きり。特に話すこともなくなって、二人の間に沈黙が続く。

「こうやって見てろって言われてもなあ、見てて健康回復するわけじゃなし。とは言えペーパーテストとか出されてみろ、面倒だな」
「……」
「なあ、今度の陸上競技大会何の係にした? お前もこの分じゃ見学だろ」
「うん……保健係」
「まじで! 橘野のほうが運ばれそうじゃん、はは、気をつけろよー俺はね、準備体操で声出す係、動かなくてもでかい声は出るからな!」

 ホイッスルに合わせて同級生は走っている。日差しに少し目がくらんで幸知は長くため息をついた。

「……なあ橘野、ファミレスさぁ飲み放題の種類もすごいんだよね。だから今度飲みに行こうぜ。食べないでも良いなら大丈夫だろ?」
「え……ああ、うん」
「はは、やったね! なあなあ、いつ暇? スマホの番号交換しよう」

 あまりにその積極的な勢いに戸惑う幸知だが、無邪気な久賀野の表情にはどこにも悪意なんて見えなかった。
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