純白のレゾン

雨水林檎

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やわらかな肌

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 染髪が校則違反なこの学校で、亜麻色の髪は目立つ。天然だって親代わりの砂和が言うから誰も文句は言わないが。

「無垢ー、なんだよ一人で。お前がぼっちの昼休みなんて珍しいな」
「教師がぼっちとか言うなよ、だせえな青海」
「荒れてんなぁ、何、どうした?」
「別に……」

 表情暗く、口をとがらせて。何かあったのはひと目でわかった。

「もしかして砂和のことか?」
「……」
「あいつめずらしく今日休んだよなあ、昨日が昨日だったし休めとは言ったけど」
「……青海先生、俺、帰っても良い?」

 まだ午後の授業が残っている。面倒だからサボりたいとかではなく、砂和が寝込んでいるので気になるのだろう。連絡があって今朝から砂和は出勤していない、あいつが体調不良で休んだのは初めてな気がする。

「お前、次の授業俺じゃん」
「数学は得意なんだよ、課題あるなら家でやるから」
「うーん、教師がそう簡単に言えることじゃあねえんだよなぁ」
「砂和さん、今朝から何も食べてない。一応食べ物の準備はして、寝てるようにって言っておいたけどさ」
「熱でもあるのか?」
「いや、でも動けないって寝たきりで」

 季節の変わり目で温暖差が激しい季節になっている。さらにどうやらあいつは自分で自分の体調がわからない、その鈍さが厄介だ。

「……教科書九十二ページの応用問題、そこだけで良いからやってこい。あとは復習だな。次の授業は小テストするからな、八割は取れよ。お前なら出来るだろう?」
「ああ、わかった。ありがとな、青海」
「お前、俺のこと友達と思ってるんじゃないだろうな。まあ良いけど仕事終わりにちょっと顔出すからな。砂和は寝かせとけよ」

 唯一の家族の万が一だから仕方ないよなあ、俺はもうすっかり一人の生活に慣れてしまったが。しかしそのせいか、無垢と砂和の二人がどこか羨ましくてならない。お互いに複雑な過去を持ちやがって、だからこそその絆は強いとかずるいだろ。

 昼休みの生徒の輪を縫って、無垢が鞄を持って駆け抜けて行く。見ないふり見ないふり、最近の無垢なら大丈夫だろう。以前は反抗して何かと悪さをしていたが。

 ***

 夏日だった昨日の暑さが嘘みたいに夕方の風は冷たかった。これじゃあ砂和じゃなくとも体調くらい崩すだろう。最寄りのコンビニでスポーツドリンクとレトルトのおかゆやゼリー飲料を。多分無垢も似たようなものを用意しているとは思うが。
 空が暮れるのが遅くなった、もうすぐ夏がやってくる。

 インターフォンを押しても反応がない。何度も来たことがある。確かめてみても向島の表札はここだし、砂和はともかく無垢まで出てこないとは。

「おい、無垢……」

 とりあえずドアノブを回せば、鍵がかかっていない。不用心だなと思いながら静かにドアを開けて中に向かって声をかけた。

「おーい、青海だけど」
「……はい、ああこんばんは、どうしました?」

 どうしましたじゃないよ、真っ暗な部屋に乱れた服を整えながら顔を見せたのは寝込んでいるはずの砂和だった。

「砂和、お前」
「今日はすみません、無垢まで帰ってきてしまって」
「ああ、その無垢はどうしてるんだ?」
「寝てます、昨日から一晩中ずっとそばにいてくれていて……青海先生、食事作りましょうか」
「は、いや、いいよ。お前寝込んでたんだろ?」
「一日横になっていたら少し気分もよくなったので……」

 玄関のスイッチを入れたら部屋が一気に明るくなった。目が眩んで一瞬目を閉じる。静かに目を開けたら砂和が穏やかに笑っていたものの、その顔色はすっかり血の気がなく依然体調不良なのは一目でわかった。

「おい、お前横になっとけ、またぶっ倒れるぞ」
「家事を少し片付けないと……まだ明日着るワイシャツ乾いてなくって」
「馬鹿たれ、そう言うのこそ無垢にやらせるんだよ」

 冷え切った砂和の手を引いて寝室まで。片付けられたその部屋の砂和のベットの上では何故か無垢が眠っている。

「起きろ、無垢!」
「青海……なに?」
「寝ぼけてんな、お前は起きろ!」

 その時砂和の身体がぐらりと傾いだ。慌ててその身体を抱きとめて、寝ている無垢を軽く蹴り飛ばす。俺に反抗したものの、砂和の様子を見て慌てて無垢はベッドから降りた。そのまま抱きかかえるように砂和を寝かせて、無垢を連れて部屋を出る。

「おい、砂和なんだよ。ずいぶん調子悪そうじゃねえか」
「大丈夫だって言ってた」
「どこが大丈夫かよ、飯は食ってたか?」
「いや、飲み物だけ」
「それじゃあ持たねえだろ!」

 無垢を突き飛ばしてとりあえず、買ってきた食材をしまおうと冷蔵庫の中を見てみれば、一足先に無垢が勝ったらしいおかゆだのゼリー飲料だの。考えるところは一緒なのか、しかしこれも食べていないとか……。

「あいつ病院は行ったか?」
「行ってない。疲れただけだから良いって」
「今日の砂和の言うことは信用できないからなあ、これから病院連れてくか」

 ***

 タクシーを呼んで診察終了間際の近所のクリニックへ。とりあえず食事代わりの点滴をされている砂和を待っているが、待合室に座っている無垢の方が今度は落ち着かず調子が悪そうだった。

「無垢、先帰っても良いぞ」
「大丈夫……」
「なんだよ、まったくお前ら……何か悪いものでも食ったのか?」
「別に、俺はその、病院が苦手なんだよ……嫌な思い出しかないし」
「何が」
「……向島の両親が、その」

 その先の事情はすぐにわかった。砂和から聞いたことがある。育ての親二人が、事故で……。

「無垢、お前帰ってろ。大丈夫だ、砂和はちゃんと無事に連れて帰るから。お前まで何かあったら砂和も心配するからな」
「……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。そんな顔すんな」

 ふらりと今にも泣き出しそうな無垢が立ち上がって、そのまま静かにクリニックを後にした。過去に負った心の傷は未だ癒えてはいなかったか……。
 無垢にとって砂和の存在はそれほどに大きいものなのだろう。強がっていてもまだあいつは十六歳の子供で、保護者が必要な年齢だ。その保護者が崩れてしまえば、心身的に弱りもする。

 無垢が帰ってしばらくして、砂和が支えられながら診察室から出てきた。絆創膏の貼ってある左腕をおさえながら俺の顔を見て、頭を下げる。

「すみません、こんな時間まで」
「いや、大丈夫か?」
「はい、気分はだいぶ良くなりましたから……あの、無垢は?」
「先帰らせた、病院がしんどいって」
「ああ……」

 それだけで砂和は理解したようだ。悪夢の再来、その日の砂和もきっと辛かった。

「タクシー呼ぶか、電話してくる」
「ああ、いえ、大丈夫ですよ。五分とかかりませんしもう歩いて帰れます」

 表情がいつもの砂和に戻っていた、多少頼りないが会計を済ませて手を引きながらクリニックを後にする。

「大丈夫ですよ、手なんか繋がなくっても」
「アスファルトですっ転んだら痛いぞ」
「青海先生の手、硬いですね」
「お前は柔らかいのな、俺、男と手を繋いだのは幼稚園以来だ」
「私はついこの前まで、小さかった無垢と」

 月が綺麗な夜だった。その冷たかった手に体温が戻って、砂和も遠い夜空を見ている。俺はその時やっと自分の腹が減っていることに気がついた。この歳になっても心配なんてするもんだな、つまりそれはいつの間にか砂和も無垢もそれなりに俺の中では大きな存在になっていたのだと……。

「全く、お前らややこしいよなあ」
「青海先生も十分変わっておられると思いますよ」
「お、言うねえ、元気出てきたじゃねえか砂和。よかったなぁ」

 砂和の自宅マンションの窓からはじっと心配そうに外を見ている無垢がいた。砂和を小突けば、苦笑して俺と繋いでいない方の手を無垢に向けて振った。その無垢は黙って何も言わないまま窓を閉める。

「照れてますね、あの子」
「みたいだな、まあもう十六だしなぁ」
「まだ十六歳ですよ」
「お前なー、過保護か」
「……そんな気がします」

 欠けてはならない存在がいた。砂和と無垢のつながり、ぎゅっと手を繋いでいる俺は一度は失った家族の姿を今思い出す。麻理もきっと大きくなったのだろう、しかし俺はもうその手の感触すら覚えていない。

「……うらやましいな」
「青海先生、何ですか?」
「なんでもない、ひとり言くらい言わせろよ」
「はあ」

 向島の表札の部屋を開けたら、電子レンジの音がする。
 砂和の靴を脱がすのを手伝って、台所をのぞいたら無垢がテーブルにラップをかけたままの茶碗を置きそそくさと用意をしていた。

「なんだよ、……こっち見るな青海」
「青海先生だろうが」

 レトルトパウチの外包装が、台所のシンクに放ってあった。
 おかゆの温め方。別皿に移して一分半、電子レンジでラップをかけて……。
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