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1章

二階堂凛奈

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「はぁ、全くまいったものね。」

都立十六夜高校から新入生代表の挨拶を行なって欲しいという依頼が来た時の事を思い出して、長く伸ばしたポニーテールの艶やかな髪を梳きながら、彼女、二階堂凛奈はその言葉とは裏腹にどこか嬉しそうに頬を緩ませていた。

「でもまあ、私以外に適任な入学者がいないっていう高校の判断には頷けるわ」などと有頂天に彼女が思っているのも頷ける。

なぜなら、二階堂凛奈という人間はこれまで、一位の座から落ちたことがないという完璧超人っぷりを誇っていたからだ。

「原稿早めに作っちゃおう。」

なにぶん、責任感が強い性分であったから、彼女は原稿を早めに作ったのだった。

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『......先輩方の背中を見ながら、十六夜高校という伝統のある高校で素晴らしい学園生活を送れるように頑張ります。』

「うん、大丈夫ね。」我ながら良い挨拶が出来たと思い、意気揚々と自分の教室に戻る途中に、

「ねえ、あの新入生代表の娘可愛いかったよね~」

とゆう話題を口にしている女子生徒の先輩達を見ながら、少し盗み聞のようで、なんとなくバツが悪いと思いつつも、その話を凛奈が聞いていると、

「頭も良さそうだったよね~」

「そりゃ新入生代表だからな」

「まあ、そうだよね」

という話を聞いていると、

「あれ?あんた達知らないの?今年の新入生代表の挨拶の娘よりも優秀な人いるってこと」

「なんでも、中学の時からめちゃくちゃ頭がいい娘だったって生徒会の人達がそう言ってたよ。」

「ヘェー、そうなんだ~」

という話題を聞いて、凛奈は何か重大な自分の支えが崩れてしまうかのような気がした。

生まれて初めての一位からの転落は突如として訪れたのだった。

『二階堂さんって、なんでもできて、私達とは住む世界が違うよね。』『ああ、やっぱり二階堂さん凄~い”』といったかつて凛奈の同級生達からの言葉を思い出しながら、二階堂凛奈はその見ず知らずの生徒に対して得体の知れない黒い感情を抱いてしまった。

「じゃあさ、今度その娘に会いに行ってみようよ。」

そのような会話を聞いて、また凛奈は自分が嫌いな一位じゃないものとして扱われていることに対して黒い感情が湧いてくるのを感じていた。

いつの間にか自分は話題から消えていた......

教室に入り、この黒い感情を紛らわさせるために、凛奈は読書にふけっていた。

「凄いね、二階堂さん、やっぱり落ち着いていて、流石だね~」

という凛奈にとって馴染み深い、居心地の良い言葉を聞いて、
「違う。私は皆んなが想像しているような一位じゃないの!」その思いから、余計に凛奈の心には黒い影が差し掛かっていた。

しばらくして読書をしていると、何やらクラスの男子達が騒がしいことに無性に腹が立って来て文句を言った。

「五月蝿いわよ、モブ」

一位じゃない自分、“モブ”である自分がこの事を言うとは、非常に凛奈にとって恥ずかしい事であるのに......傲慢にも自分はそう言ってしまった。

そこに突然、

「ねぇ、六花今日一緒に帰ろう」

と言う、恐らくこの騒ぎの発端であろう、いや男子達の怒髪を見るにそうであろうとてつもなく可愛いらしい一人の女子生徒がいた

__自分とは違う__

生まれて初めてそう思う相手がそこにいた。
後々聞いた話だと、彼女の名前は、春野芽生とゆうらしい。
彼女は決してその美貌を誇る事無く、誰とでも分け隔て無く接していた。

皆から尊敬されていたが、その誤解を招きやすい態度からか、孤立しがちだった凛奈にとって彼女は眩しくその目に映った。

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「ありがとうな、二階堂。おかげで助かったよ。」

そう凛奈に言って来たのは先程、火中にいた一人のクラスメイトだった。

不思議な奴だと思った。

自分はただ、自分の苛立ちを彼等にぶつけようとしただけなのに。
バツが悪かった。恥ずかしいかった。また彼を過去のように突き放したくなった。

「べ、別にあんたを助けてあげようとしたわけじゃないし。ただただ五月蝿かっただけだし。勘違いしないでくれる」

と言いたいことをだいぶ言えたつもりの凛奈だったが、これじゃ、「五月蝿かったから注意しただけ」という本意が伝わる訳がなく、ただのツンデレのソレである。

「まあ、とにかくありがとうな。」

なんとも読めない男であるなどと思いながら、凛奈は赤面しながら

「ど、どういたしまして」

とぶっきらぼうに答えたのであった。

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「ふう、疲れたぁ~」

家に帰ると凛奈は自分の特等席であるソファに沈み込んだ。

今日はとにかく疲れた一日だった。なにせ、今まで一番だったものが奪われたから無理もない。

「上手くやっていけるかしら.......」

今までとは違う状況に戸惑い、不安に思う凛奈。

『ありがとうな』とゆう彼の言葉がふと思い出された。

新しい場所、新しい状況に凹まされていた凛奈にとってその言葉は、心の支えになっていたのだろう。

『.......い、良い。.......あの“女”...欲しい......』

「ん?耳鳴りかしら?」

今確かに不気味な音が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

そう思い、二階堂凛奈はそのまま沈んだ。
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