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2章
兄さん
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「そんな……兄さんッ。」
その振り切った拳が直撃して森に鈍い骨の砕け散る音が響いた。よろついたグレートヒェンの一撃が丁度山本の腹部を抉った。
「ああ……お前の言う通りだ……どうやら俺はどうしようも無い勘違いをしていたようだ……」
血の滴るその身体で彼はそう言った。
「全く俺はバカだよ……」
「それ以上喋らないでッ!」
グレートヒェンはそう言って必死の形相で兄に向かって魔力を流し始めた。
「ああ、どうやら無駄口を叩く暇なんて本当に無いみたいだな。」
彼はそう言って目を瞑り空を仰ぐ。
「ああ……嫌だ……私を置いてかないで……」
彼女は何度もそう言いながら治癒を施した。
「お願い……彼を、深雪六花を呼んできて。」
そう言って今までその状況に圧倒され、怯えていた麻友に向かって振り向いた彼女の頬には真っ赤な涙が流れていた。
「もういっそここで……」
彼女は走った。ただがむしゃらに、その場から逃げるかの様に。
***
「麻友……」
深雪六花は妹である深雪麻友を探す為、彼女が連れ去られて行った方へただ進んでいた。
「お兄ちゃんッ。」
どこかでそう呼ぶ声がした。
六花はその声の元へと残る力を振り絞り、全力で駆けて行った。
「麻友ッ!」
木々を抜け、六花の視線の先にいたのは、
「あ……」
そう気の無い声を出すグレートヒェン、彼女であった。
「お願い…します、どうか……兄を。」
そう言った彼女の唇は血で乾いており、その六花を覗き込む目はひどく窪んでいた。
「私よりも兄さんを。」
必死に兄を助けようとする彼女のその面影が六花の中で、愛する妹と重なった。
「兄さんを......ッ。」
彼女はそう言うと力尽きたのか、そのまま地面に倒れてしまった。
「ああ……ようやく来たか。」
そう言うのはまるで寄りかかっている木と同化してしまいそうな程衰弱した様子の山本であった。
「全く、出来の悪い生徒を持つと苦労するものだな……」
彼はそう嫌味たらしく六花にその掠れた声でそう言った。
「なあ、少し、最後に頼まれてくれないか?」
再び目を瞑り、彼はそう言った。
「どうか、俺達二人を殺して欲しい……」
何でだ……六花はそう訊いた。
「もう、疲れたんだ。」
その言葉を聞いて、六花の脳裏に彼の顔が浮かんだ。
「俺達はホムンクルスだ……殺されなきゃ死なない、死ねない。」
他人事の様に山本はそう言った。
「だから、もうここで終わりにして欲しいんだ…終わりたいんだ。」
疲弊した顔で山本はそう言った。
「そんな事出来るかッ!」
六花はそう言って山本の元へと駆け寄る。六花がすぐさま彼に治療を施そうとした時、
「?!」
山本の服の下には、風穴が開いていた。
「もう俺はどの道助からない。」
自虐的に、満足そうに彼はそう言った。
「お前はそう言って逃げるのかッ?」
六花はそのまますぐに蘇生を試みる。
どうせ助け…るなら…アイツを……」
そう言って山本は倒れたグレートヒェンの方を顎で指す。
「お前は……それで良いのか?」
彼を、彼の意志を無視してここで死んで良いのか、と六花はそう訊いた。
「もうそこまで分かっているのか……なら、頼んだぞ。」
山本は眠たげなその眼を開け、真っ直ぐに六花を見つめた。
「もう……すぐで、奴らが……」
早く逃げろ___山本はそう言った。
「必ず、必ず助けに来るからな。」
六花はグレートヒェンを抱えて、気休め程度にそう言うと、森の奥へと駆けて行った。
「ああ、それで良い……俺はこれで良いんだ。」
その沈みかける視界の端へと消えて行く影を追いながら山本はそう一人で呟いた。
「ありがとう。」
そう言う彼の瞳はもう黒く窪んでいる様で、その輝きは消えていた。
彼は走った。
人を、見捨てたその恐怖から。彼は走った無責任なままに。
落窪姫を抱えて、彼はただ闇を突き進んで行く。
その振り切った拳が直撃して森に鈍い骨の砕け散る音が響いた。よろついたグレートヒェンの一撃が丁度山本の腹部を抉った。
「ああ……お前の言う通りだ……どうやら俺はどうしようも無い勘違いをしていたようだ……」
血の滴るその身体で彼はそう言った。
「全く俺はバカだよ……」
「それ以上喋らないでッ!」
グレートヒェンはそう言って必死の形相で兄に向かって魔力を流し始めた。
「ああ、どうやら無駄口を叩く暇なんて本当に無いみたいだな。」
彼はそう言って目を瞑り空を仰ぐ。
「ああ……嫌だ……私を置いてかないで……」
彼女は何度もそう言いながら治癒を施した。
「お願い……彼を、深雪六花を呼んできて。」
そう言って今までその状況に圧倒され、怯えていた麻友に向かって振り向いた彼女の頬には真っ赤な涙が流れていた。
「もういっそここで……」
彼女は走った。ただがむしゃらに、その場から逃げるかの様に。
***
「麻友……」
深雪六花は妹である深雪麻友を探す為、彼女が連れ去られて行った方へただ進んでいた。
「お兄ちゃんッ。」
どこかでそう呼ぶ声がした。
六花はその声の元へと残る力を振り絞り、全力で駆けて行った。
「麻友ッ!」
木々を抜け、六花の視線の先にいたのは、
「あ……」
そう気の無い声を出すグレートヒェン、彼女であった。
「お願い…します、どうか……兄を。」
そう言った彼女の唇は血で乾いており、その六花を覗き込む目はひどく窪んでいた。
「私よりも兄さんを。」
必死に兄を助けようとする彼女のその面影が六花の中で、愛する妹と重なった。
「兄さんを......ッ。」
彼女はそう言うと力尽きたのか、そのまま地面に倒れてしまった。
「ああ……ようやく来たか。」
そう言うのはまるで寄りかかっている木と同化してしまいそうな程衰弱した様子の山本であった。
「全く、出来の悪い生徒を持つと苦労するものだな……」
彼はそう嫌味たらしく六花にその掠れた声でそう言った。
「なあ、少し、最後に頼まれてくれないか?」
再び目を瞑り、彼はそう言った。
「どうか、俺達二人を殺して欲しい……」
何でだ……六花はそう訊いた。
「もう、疲れたんだ。」
その言葉を聞いて、六花の脳裏に彼の顔が浮かんだ。
「俺達はホムンクルスだ……殺されなきゃ死なない、死ねない。」
他人事の様に山本はそう言った。
「だから、もうここで終わりにして欲しいんだ…終わりたいんだ。」
疲弊した顔で山本はそう言った。
「そんな事出来るかッ!」
六花はそう言って山本の元へと駆け寄る。六花がすぐさま彼に治療を施そうとした時、
「?!」
山本の服の下には、風穴が開いていた。
「もう俺はどの道助からない。」
自虐的に、満足そうに彼はそう言った。
「お前はそう言って逃げるのかッ?」
六花はそのまますぐに蘇生を試みる。
どうせ助け…るなら…アイツを……」
そう言って山本は倒れたグレートヒェンの方を顎で指す。
「お前は……それで良いのか?」
彼を、彼の意志を無視してここで死んで良いのか、と六花はそう訊いた。
「もうそこまで分かっているのか……なら、頼んだぞ。」
山本は眠たげなその眼を開け、真っ直ぐに六花を見つめた。
「もう……すぐで、奴らが……」
早く逃げろ___山本はそう言った。
「必ず、必ず助けに来るからな。」
六花はグレートヒェンを抱えて、気休め程度にそう言うと、森の奥へと駆けて行った。
「ああ、それで良い……俺はこれで良いんだ。」
その沈みかける視界の端へと消えて行く影を追いながら山本はそう一人で呟いた。
「ありがとう。」
そう言う彼の瞳はもう黒く窪んでいる様で、その輝きは消えていた。
彼は走った。
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落窪姫を抱えて、彼はただ闇を突き進んで行く。
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