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3章

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「榮倉、死亡を確認いたしました。」

暗い、冷たい無機質な部屋、まるで管制塔のような部屋で男はそう言った。

「あらあらあら。珍しい事もあるものね。彼が倒したのかしら?」

その声の先にいる人物は妖艶な声でそう言った。

「いいえ。榮倉を殺したのは那須太一です。」

「那須太一?聞かない名だね。」
「彼も魔人なのかい?」

はそう言った。先程のどこか滑稽だ、と言わんばかりのその口調が、訝しげなモノへと変貌していた。

「それっておかしな事なんじゃない?悪魔の寵愛を授かりし深雪六花が彼を倒したのならまだしも、それがパッと出の青二才だなんてやっぱりおかしいわよ」

何かを恐るかのように彼女はそう言って身震いするかの様な仕草をとる。

「使徒……ですかね?」

恐る恐るとそう言ったのはこの男であった。

「使徒?使徒だって……全く馬鹿馬鹿しいたらありゃしないわよそんなのッ」

癇癪を起こして女はそう言う。

「……たしかにその可能性は極めて低いでしょう」

男のその海蛍の光の様な冷たい目線を彼女に向けるのであった。

「ですが、決して考えられない事ではないでしょう」

半ば呆れたかの様に男は女にそう言った。

「魔王の再来というイレギュラーがもう起こっているのですから。」

彼は諦めたかの様にその上司にそう告げた。愚鈍な長物に。

「それも……そうね。」

彼女は柳腰でそう答えた。その様子はどこか怯えたかの様であった。

「じゃあアナタ、探索に行きなさい。」

コホン、と咳払いを一つ。その権威を取り戻すかの様に彼女は再び高飛車に居直りそう言った。

「全く……アナタは高飛車なお方ですね」

ヤレヤレ、呆れた。飽き飽きと言った感じで彼はそう言う。

「高飛車?一体なんの事かしら?私、生憎ですが将棋は嗜みませんので」

と、伏し目がちに彼女。

「……それは高美濃囲いです。」

この二人は存外、息の合ったコンビなのかもしれない。

「あら、貴方今夜はミノを食べたいの?」

「だからそれは焼肉ですって……」

「あらあらごめんなさい。私とした事が、ついつい。」

「全くもう。」

少し意地けてみせる。

「で、アナタがいかに高飛車かって話でしたっけ?」

柳に風。
暖簾に腕押し。

とりつく島もないとはこの事である。

「僕はいつから高飛車になったのですかッ」

「あら。ごめんなさい。高竜王でしたっけ?」

柳眉を顰めてそう言うもんだからなんとも説得力がある。

「なんだか一瞬でも格好の良いな、と思った自分が恥ずかしい……もしかしてそれってもの凄い侮辱じゃ……」

よくよく考えて見ればそれはとても不名誉な称号である。

高飛車の上位互換なのだから彼女よりももっと扱いずらい人物であろう。

そんな人物居るわけがない。居たら是非ともお会いしてみたい。不覚にもそう男は思ってしまった。実際には全く会ってみたくなのだけれど。

「急がば回れ、よ。」

雑談。
小説。

「それより……なんで僕がわざわざ偵察なんてしなきゃいけんのですか」

不平不満を漏らして男はそう言った。

「あら、上司の命令の逆らうのですか?全くアナタは高竜王の称号がお似合いの人物ですね。」

「全く酷い上司に巡り合ってしまったものだ……」

がっくりと肩を落として男はそう言う。

「ここでの意見は違憲とします。」

裁判長は被告にそう言い渡した。

「何ちょっとうまい事言ったみたいな顔してんですかッ」

「全くこの上司はつくずく最悪だ……」

「あら、アナタ誤字ってるわよ。きちんと考えてからモノを言いなさい」

この上司怖い。

「そろそろ本題に入りましょうよ……」

コホン、と男。

「だいたい偵察位、アナタのその異能を使えばすぐに事足りる事ではないですか?」

「偵察位、ね。アナタ少し傲慢過ぎるんじゃないかしら。」

柳眉を逆立てて女はそう言う。

「榮倉の事をバカにしてるの?」

「バカになんてしてませんよ」

「嘘。」

眉唾だ、と法曹は男をじっくりと見る。

「じゃあ逆に、アナタは僕の命を軽く見積もっているんじゃないんですか?」

ゴクリ、女は自身の唾を飲み込んだ。

「ハァ。どうやらここまでみたいですね。はいはい分かりましたヨ。行ってきますよ。」

男はそう言って出て行ってしまった。

行ってらっしゃいの挨拶はなかった。
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