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3章
琴
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山本晶。彼の名を少女の口から聞いた二階堂凛奈は内心穏やかではなかった。
「私、もう人間じゃないみたいなんだ……」
他人行儀に少女はそう言ってその嫋やかな髪を翻し、彼女の方を覗き込む。
「お姉ちゃんは人間?」
愕然。
唖然。
呆然。
彼女はただ気の抜けた返事をする。
「……そっか。じゃ仕方ないね」
少女は彼女の元に歩み寄る。
「巻き込んじゃイケナイもの。」
その牙が剥かれる。少女の小さな紅葉の様な手の指先がまさしく凛奈を襲おうとしたとき、
少女の手は空中で静止していた。
「ああ、そうか。」
一人得心した様に少女は何度も頷く。
「君はなんて残酷なんだ……」
憐れんだ目を彼女に向けて少女はそう言う。
「……あの手をどけて下さいますか?」
凛奈の目睫に迫るその指先を気の抜けた感じで少女は暫く見つめる。
「ああ、すまんかった。」
目に入れても痛くない。例え目の前の少女がいかに可愛らしい容姿であっても実際問題、目には入れたくないものだ、と二階堂凛奈はそう思った。痛感した。
「安心せい。深雪六花は生きておる。」
崩壊した施設。それが凛奈の目にいやに強調されて映っていた。
「今うらが己を殺さなかった事が何よりもその証拠じゃ。」
己を殺してな、おどけた表情で少女はそう言う。
「随分と落ち着いたみたいね……良かったわ」
しかし、彼女は少女のそのからかう様な態度に別段腹を立てる訳でもなくそう訊いた。
「?何を勝手に決めつけておるのだ?この子は決して落ち着いたりしておらぬぞ。」
この子。そのえらく他人行儀な呼び方に凛奈は違和感を覚えた。
といっても、彼女の一人称はどうやらここまでの話を振り返ると“うら”というのだし、人の一人称なんて気にしても仕方がない。
そういえば“うら”って東北の方言だったかしら……彼女がそんな事を考えていると、
「君って怠惰なんだねッ。考える事を放棄するなんて……良いッ、僕、君の事が気に入ったよ。」
その少女の言葉に、強烈なデジャブの感覚に二階堂凛奈は青ざめた。
「おおっと、ついついボロを出しちゃったかな?」
一人称を変えたらバレないと思ったんだけどな……少女は無邪気にそう言う。眩しいほど無垢に。
「お嬢ちゃん、そこを離れた方が良い。そいつは危険だ。」
凛奈が怠惰にも思考に耽っていたとき、背後からそう一見優しく声を掛けて来る男がいた。
「生憎、私最初から優しく話掛けて来る相手は女垂らしか詐欺師と疑う様に教育されてきたので」
凛奈はそれでも後ろの少女を庇うかの様にしてそう啖呵を切った。
一朝一夕の少女との不気味な対話がそれでも尚、凛奈をその場に留めさせた。
「おいおいそれじゃあまるで女垂らしと詐欺師がまるで違うみたいじゃないか……一緒だろ?どちらも嘘つきだ。」
男は心外そうにそう言いながらスタスタ、と彼女達の方へ歩み寄って行く。
「アナタが違うって言うの?」
「僕は一緒さ。そのおチビちゃんもね。嘘を付かない人間なんているのかな?」
いたら是非とも会ってみたい。いや、実はそんな不気味な奴には会いたくはないのだけれど。
男は微笑を浮かべながらそう言った。
「でも、そいつが危険だっていう事はどうしょうもなく本当さ。」
「自明の理ってやつさ。太陽は東から昇って来るだろ?どんな嘘でもソレは変えれないだろ?」
身を翻し、身振り手振りを交えながら男はそう言う。
……学芸会ではないのだ。その様な工夫は二階堂凛奈の前では皆無に等しかった。
「子供じゃないのよ。」
子供をあやす様な彼の態度に虫が立ったのか彼女はそう言ってその身を屈めた。
これ以上近づいたら攻撃する。見事な警戒体制が敷かれていた。
「……学校でさ、理科の小テストがあっただろ?この場合地学って言えば良いのかな……まあ兎も角、君の学友の中に太陽は西から昇る、そう答えたのがいたろ?」
友達では無くて君だったのかもしれないね、凛奈の視線がますます剣呑なものになる。
「君は『天才バカボン』って知っているかい?赤塚不二夫の。」
その動きを止めて男はそう言う。
「あれって僕は一つのメッセージだと思うんだよ。」
「馬鹿と天才は紙一重って事?私を侮辱したいの?」
危険だ、と言われながらも避難しない生徒は果たして馬鹿であろう。こと学校においては。
「いやいや、僕にそんな悪意がある訳が無いだろ」
今度はジェスチャーを交えて男は必死に自身の潔白を弁明しようとする。
「僕はこう思うんだ。天才なら太陽も自在に操れる、そうは思わないかい?」
荒唐無稽。
男が子供みたいに目を輝かせてそう言うものだから、当の凛奈には滑稽に思えてならない。と同時に少しばかり不憫にさえ思えたのだった。
「アナタ、嘘つきね。」
破顔一笑。
雫を目に讃えながら凛奈はそう言う。
「君は眩しいね。傲慢な位だ」
嘘をつかないなんて、男はせせら嗤ってそう言った。
「傲慢なのはアナタでしょ」
「そう言われちゃ仕方がない。それで、君は僕を信じてはくれないみたいだね。」
「あら、アナタこれで説得してたつもりなの?」
「君がその後ろの子を差し出さないことは真っ先に解っていたよ。」
男はそう言ってマナを纏う。
「いや何、少しお喋りしたかっただけさ。一緒に馬鹿言ってくれる友人を失ったばかりだからね。」
凛奈は銃を構える。男はその手に纏ったマナを弄ぶ。
「それじゃあ、少し遊ぼうか。」
「私、もう人間じゃないみたいなんだ……」
他人行儀に少女はそう言ってその嫋やかな髪を翻し、彼女の方を覗き込む。
「お姉ちゃんは人間?」
愕然。
唖然。
呆然。
彼女はただ気の抜けた返事をする。
「……そっか。じゃ仕方ないね」
少女は彼女の元に歩み寄る。
「巻き込んじゃイケナイもの。」
その牙が剥かれる。少女の小さな紅葉の様な手の指先がまさしく凛奈を襲おうとしたとき、
少女の手は空中で静止していた。
「ああ、そうか。」
一人得心した様に少女は何度も頷く。
「君はなんて残酷なんだ……」
憐れんだ目を彼女に向けて少女はそう言う。
「……あの手をどけて下さいますか?」
凛奈の目睫に迫るその指先を気の抜けた感じで少女は暫く見つめる。
「ああ、すまんかった。」
目に入れても痛くない。例え目の前の少女がいかに可愛らしい容姿であっても実際問題、目には入れたくないものだ、と二階堂凛奈はそう思った。痛感した。
「安心せい。深雪六花は生きておる。」
崩壊した施設。それが凛奈の目にいやに強調されて映っていた。
「今うらが己を殺さなかった事が何よりもその証拠じゃ。」
己を殺してな、おどけた表情で少女はそう言う。
「随分と落ち着いたみたいね……良かったわ」
しかし、彼女は少女のそのからかう様な態度に別段腹を立てる訳でもなくそう訊いた。
「?何を勝手に決めつけておるのだ?この子は決して落ち着いたりしておらぬぞ。」
この子。そのえらく他人行儀な呼び方に凛奈は違和感を覚えた。
といっても、彼女の一人称はどうやらここまでの話を振り返ると“うら”というのだし、人の一人称なんて気にしても仕方がない。
そういえば“うら”って東北の方言だったかしら……彼女がそんな事を考えていると、
「君って怠惰なんだねッ。考える事を放棄するなんて……良いッ、僕、君の事が気に入ったよ。」
その少女の言葉に、強烈なデジャブの感覚に二階堂凛奈は青ざめた。
「おおっと、ついついボロを出しちゃったかな?」
一人称を変えたらバレないと思ったんだけどな……少女は無邪気にそう言う。眩しいほど無垢に。
「お嬢ちゃん、そこを離れた方が良い。そいつは危険だ。」
凛奈が怠惰にも思考に耽っていたとき、背後からそう一見優しく声を掛けて来る男がいた。
「生憎、私最初から優しく話掛けて来る相手は女垂らしか詐欺師と疑う様に教育されてきたので」
凛奈はそれでも後ろの少女を庇うかの様にしてそう啖呵を切った。
一朝一夕の少女との不気味な対話がそれでも尚、凛奈をその場に留めさせた。
「おいおいそれじゃあまるで女垂らしと詐欺師がまるで違うみたいじゃないか……一緒だろ?どちらも嘘つきだ。」
男は心外そうにそう言いながらスタスタ、と彼女達の方へ歩み寄って行く。
「アナタが違うって言うの?」
「僕は一緒さ。そのおチビちゃんもね。嘘を付かない人間なんているのかな?」
いたら是非とも会ってみたい。いや、実はそんな不気味な奴には会いたくはないのだけれど。
男は微笑を浮かべながらそう言った。
「でも、そいつが危険だっていう事はどうしょうもなく本当さ。」
「自明の理ってやつさ。太陽は東から昇って来るだろ?どんな嘘でもソレは変えれないだろ?」
身を翻し、身振り手振りを交えながら男はそう言う。
……学芸会ではないのだ。その様な工夫は二階堂凛奈の前では皆無に等しかった。
「子供じゃないのよ。」
子供をあやす様な彼の態度に虫が立ったのか彼女はそう言ってその身を屈めた。
これ以上近づいたら攻撃する。見事な警戒体制が敷かれていた。
「……学校でさ、理科の小テストがあっただろ?この場合地学って言えば良いのかな……まあ兎も角、君の学友の中に太陽は西から昇る、そう答えたのがいたろ?」
友達では無くて君だったのかもしれないね、凛奈の視線がますます剣呑なものになる。
「君は『天才バカボン』って知っているかい?赤塚不二夫の。」
その動きを止めて男はそう言う。
「あれって僕は一つのメッセージだと思うんだよ。」
「馬鹿と天才は紙一重って事?私を侮辱したいの?」
危険だ、と言われながらも避難しない生徒は果たして馬鹿であろう。こと学校においては。
「いやいや、僕にそんな悪意がある訳が無いだろ」
今度はジェスチャーを交えて男は必死に自身の潔白を弁明しようとする。
「僕はこう思うんだ。天才なら太陽も自在に操れる、そうは思わないかい?」
荒唐無稽。
男が子供みたいに目を輝かせてそう言うものだから、当の凛奈には滑稽に思えてならない。と同時に少しばかり不憫にさえ思えたのだった。
「アナタ、嘘つきね。」
破顔一笑。
雫を目に讃えながら凛奈はそう言う。
「君は眩しいね。傲慢な位だ」
嘘をつかないなんて、男はせせら嗤ってそう言った。
「傲慢なのはアナタでしょ」
「そう言われちゃ仕方がない。それで、君は僕を信じてはくれないみたいだね。」
「あら、アナタこれで説得してたつもりなの?」
「君がその後ろの子を差し出さないことは真っ先に解っていたよ。」
男はそう言ってマナを纏う。
「いや何、少しお喋りしたかっただけさ。一緒に馬鹿言ってくれる友人を失ったばかりだからね。」
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