光の君と氷の王

佐倉さつき

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第6章 統べる者

陰謀の影(3) ※氷の王視点

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時は、数時間前に遡る。
ハルとオスカルと闇の精霊王が薔薇園の東屋で休憩している頃、国王の執務室は、緊張に包まれていた。
執務室にいるのは、国王フリードリヒと宰相のラインハルト公爵、政務官長のディルク・ラインハルトの三名である。


「北部で大規模な洪水が発生しました。河川の決壊が相次いでおり、周辺の村や町、田畑などが濁流にのみこまれているそうです。山脈の万年雪が大量に融けだしたことが原因だと考えられています。」
「万年雪が融けだした原因は、何だと考えられている?」
ディルクの報告を受けて、疑問に思ったことを訊ねた。

セントラルランドの北部、隣国との国境沿いには高い山脈が連なっている。
冬の間、山々には多くの積雪がある。
山の頂上付近の雪は融けることなく、夏でも山頂だけは白い。
しかし、山頂以外の雪は春や夏になると融けて川に流れ込み、国中を潤していく。
また、徐々に融けた雪の中には山肌に浸みこんでいき、地下水となっていくものもある。
これまでも雪どけの季節には、河川の水位が上がることはあった。
しかし、大量の雪どけ水に備えるための治水工事が行われており、ここまで大規模な洪水が発生したことはなかったはずである。
また、融けることはないと思われていた山頂の万年雪が融けたというのも気になる。

何か起きると、人は必ず原因を探ろうとする。
被害を受けた人は、他者に原因を求め責めることで怒りや憎しみを消化しようとする。
本当の原因を追究することも大切だが、人々が何に原因を見出しているのかも非常に気になる問題である。

先日の夜会で私は、ハルが闇の公爵邸の泉を浄化したことで、セントラルランドに青空が広がる日が増えたと述べた。
その時は、これまで光が弱かった我が国に、強い光が射しこむようになったのは素晴らしいことだと思い、ハルを讃えるために述べた。
しかし、それを悪い意味で捉えられる危険性が出てきた。
もっと言えば、今回の大規模な洪水が起きる原因を作り出したのは聖なる光の聖女であると吹聴する人間が出てくる可能性があるのである。

「今回、大量の万年雪が融けだしたのは、我が国に強い光が射すようになり、これまでに比べて気温が急激に上昇していることが原因であると考えられています。北部だけでなく王都でも、聖なる光の聖女のせいで洪水が起きているという話が広がっています。」
どうやら懸念していたことが起きているようだ。

「その話を広めているのは誰だ?我々だって、洪水の話を知ったのは昨日だ。しかも昨日の話では、洪水の規模や万年雪のことは知らなかった。ハル様が泉を浄化したことが原因だという話が広がるのが速過ぎる。」
宰相も私と同じ疑念を抱いたようだ。

ハルの浄化が原因であるという結論が、初めから用意されていた。
誰かの策略によって故意にに万年雪が融かされ、洪水が引き起こされたのではないか。

「仮に洪水が人為的に引き起こされたとして、犯人の狙いは一体なんだ?」
「国に害をなしたハル様は、聖なる光の聖女ではないと貶めるためではないでしょうか。ハル様が聖なる光の聖女ではないということになれば、ハル様を聖なる光の聖女として公表した陛下や父上の責任も問われることになるでしょう。お二人が失脚することになれば、シュナイダー公爵夫人が女王として即位し、シュナイダー公爵あるいは息子のパウル殿が宰相になる可能性があります。」
宰相の問いにディルクは淡々と答えたが、彼の中ではシュナイダー公爵あるいは中央神殿の神官たちが犯人であると断定されている。
「シュナイダー公爵あるいは中央神殿の神官たちが犯人だった場合は、そうだろうな。しかし、それ以外の可能性は考えられないだろうか。」
強い思い込みは真実を見えにくくし、思わぬ伏兵に足元を掬われてしまう危険性がある。

「犯人は特定できませんが、ハル様を手に入れるために洪水を起こした可能性も考えられます。報告通りの大規模な洪水が起こっていた場合、魔法の力で被害を食い止めたり、復旧を急いだりしなければならないでしょう。魔法なしで対処できるレベルではありませんし、ただの魔術師でなんとかできるレベルでもありません。」
「犯人はハルが対処せざるを得ないような状況を作り出し、王宮から出てくるのを待っているということか。」
「ええ、王宮の結界と聖女神殿の結界で二重に守られているハル様には、手をだすことはおろか、情報を得ることもできていないはずです。しかし、結界の外にハル様が出てくれば、接触することができると考えているかもしれません。」
「陛下とディルクの言葉が本当なら、この洪水は罠かもしれん。」
「ええ、ですが父上、被害が出ているという報告が届いている以上、放っておくことはできません。対応が遅れて被害が大きくなれば、無能な王や宰相と陛下や父上が非難されてしまいます。それはそれで、敵につけいる隙を与えてしまいます。」
「罠だとわかっていても、行かざるを得ないということか・・・。ハルが王宮から出なくてもよい方法はないだろうか。」
「必要なのは、水の魔法と土の魔法を使える者です。陛下と私の二人でもいいのですが・・・」
「そうなると、魔法の力でハルを守れる者が近くにいなくなってしまうな。」
「それに、陛下とディルクの二人で解決してしまうと、ハル様がいなくても大丈夫ということになってしまいませんか。ハル様は浄化の魔法しか使えないという嘘を流される危険性もあります。浄化の魔法しか使えないとなると、ハル様は黒髪ですし・・・」
「別の疑いをかけられてしまう可能性があるな。」

すぐに対応しなければならいが、どう動いても危険と隣り合わせである。
だからと言って動かないわけにはいかない。
明日には誰かが北部に向かうとして、どういう人選にするか、その後も三人で話し合いを続けた。
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