俺は猫であり父である

佐倉さつき

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第5章 旅立ち

初めてのスーツ

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「どう、オト。似合う?」
買い物から帰ってきた明莉がスーツ姿を見せてくれている。
今日は妻と二人で買い物に行き、大学の入学式で身に着けるスーツや靴、バックなどを買ってきたらしい。
明莉は猛勉強の結果、自宅から近い国立大学に合格し、今春からは大学生になる。
大学生になったらメイクをして通うらしく、化粧品も買ってきたようだ。
お店の人にしてもらったのか、家を出る時にはノーメイクだったのに、帰宅した明莉の顔にはナチュラルメイクが施されていた。
帰宅後、メイクを施した顔でスーツを着ている姿を確認したかったらしく、早速買ってきたスーツを着てリビングに入ってきた。
俺の前で「どう?」といったかんじでポーズをとり、スーツ姿を見せてくれている。

「ニャー。(似合うよ。)」
黒のスーツの上下に、白いブラウスを着た明莉を見て、俺は言った。
「お母さん、オトが似合ってるって。」
明莉は高校生になってから、妻のことをママではなく、お母さんと呼ぶようになった。
いつまでもママって呼ぶのは子どもみたいで恥ずかしいらしい。
「子ども」や「お子ちゃま」という言葉に反応しているうちは、子どもだと思うのだが・・・

「そう?私には、オトが『七五三みたい』って言ってるように聞こえるけど。」
妻が苦笑しながら言った。
「もう、お母さんったらヒドイ。私のこと、何歳だと思ってるの?」
「えーと、何歳がいい?」
「もういい!!」
妻にからかわれて、明莉の顔がちょっぴり赤くなっている。
「さあさあ、汚れるといけないからファッションショーは終わりにして、着替えていらっしゃい。」
「はあい。」
明莉は、しぶしぶリビングを出て二階に上がっていった。


七五三か・・・。
三歳のときは、着物姿とドレス姿で写真を撮ったっけ。
七歳のときは、どうしたんだろう?
見たかったな。

そして、いつの間にか大学生か。
中学校や高校の制服を初めて着てみせてくれた時も、お姉さんになったなと思ったが、今回はスーツにナチュラルメイクだ。
社会人と同じ格好なので、大人になったかんじがする。
顔が幼いのと、見慣れていないのとで、今はスーツに着られてるかんじがするが、そのうちスーツ姿が自然になるのだろう。
あと四年したら大学を卒業して、社会人になる予定だ。
妻と同じように、スーツを着て、メイクをして、会社に通うようになるかもしれない。

もう、子どもじゃないか・・・
明莉の成長は嬉しいが、大人になって旅立っていく日が近い気がして、寂しさも感じてしまう。
感傷にひたってしまうなんて、俺も年かな。
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