宇宙を超えて

荒谷宗治

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1章

第5話 もう1人の使者とベムの目的

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「志穂。そっちの方は大丈夫? あれからなんか変なことなかった?」
「ううん、大丈夫。変わりないよ。真奈のほうは?」

 大学が終わり、バイトも無事終了した志穂は月明かりの照らす帰り道を通話しながら歩いていた。

「私の方も平気。病院も行ってみたけどそっちも異常無しだって」
「ほんと!? 良かったぁ~……」

 真奈の報告を聞いて、志穂は声を弾ませ心の底から安堵し、顔を綻ばせる。しかし、次の瞬間には再び不安の色を浮かばせる。

「……でもしばらくはあんまり油断し過ぎないようにしないとだよね……昼間も言ったけど、この辺最近治安悪いし……」
「うん……志穂の方も気をつけて……。何かあったらいつでも私のこと呼んでいいから……」
「ありがとう真奈……。そろそろ家だから切るね」
「わかった。それじゃあまた明日大学で。じゃあね」
「うん。じゃあね」

 通話を終え、スマホの画面から光が消えると志穂はアパートの階段を登っていく。昼の勧誘を蹴散らしてからベムは姿を消していた。授業終了後、勧誘を受けた場所に戻ってもみたがあの時の暴力の痕跡はまるで最初から存在していなかったかのように静かだった。
 現れる時は前触れも無く現れ、去る時は拍子抜けするほどにあっさりと消えていく自称宇宙人の怪物。それが志穂にとってストレスとなっていた。いつまたいきなり現れるのではないかと思うと心が休まらない。

「よし……いないね……」

 背後を確認しながら家の扉をゆっくりと閉め、鍵をかける。

「ふう……」

 部屋の照明をつけて床に座り込み息を吐く。

「昼間のことなんだが……」
「バッッッッッ……!?!? ッ……!!! ッ……!!!!」

 目の前に座り込み、当然のように会話を始めようとしたベム。虚空から現れたとしか思えない彼の登場に志穂は声にならない叫びを発し、這いずって距離を取る。

「……貴様はもう少し落ち着けんのか? 顔を見ただけで騒ぎすぎだ」
「だっ……! 誰の……! 誰のせい……! 誰のせいだと……! てか、あんたなんで勝手に家に上がって……!」

 呆れたように苦言を呈するベムを指差し、呂律の回らない口で抗議する志穂。今すぐに出て行けと叫びそうになる直前であることに気づく。

「昼間のことって……あの頭がおかしい勧誘のこと?」
「そうだ。察しはついていると思うが奴らは超念石と無関係ではない」
「な、なんなの……?」
「実働部隊だ。洗脳され、教祖の手足となっている。超念石を手に入れる為にな」
「その教祖って……」
「ああ、宇宙人だ。私の任務には奴の排除も含まれている」
「……任務は石の回収だって最初に……」
「あの時点ではな。貴様が超念石と融合して状況が変わった」
「……どういうこと? あたしもう全然ついていけない……」

 ベムは呆れたように息を吐くと、説明を始めた。星間戦争終了後、彼のいた銀河は古代兵器の圧倒的武力を後ろ立てにしたとある種族が覇権を握り、彼らを中心とした統一政府が樹立され新たな統治が始まった。
 しかし、兵器の不安定さを反映したかのように銀河の情勢は乱れていた。彼らの勝利と統治に納得していない、不満を持っている層が戦争時彼らと敵対していと勢力の残党と結びつき、分裂、独立を繰り返してテロ行為を行なっている。彼等の中には超念石の存在と力を知っているものもいる。巨大な武力は何より、古代兵器攻略の足掛かりになるかもしれない超念石を手に入れることは彼等の悲願。そして、その悲願を達成しようこの辺に潜伏している宇宙人がいるらしい。

「……つまり、あんたとは別にヤバい兵器超念石を狙うテロリスト宇宙人がいて、昼間の奴らはそいつの手先……みたいな感じってこと?」
「その通り」
「……でもこの石って欲望とかトラウマに反応するんでしょ? 仮に手に入れたところで簡単には使えないんじゃない?」
「ある程度のリスクを背負い手順を踏めば誰でも使用は可能だ。それより前に他者の精神と反応してしまうのが面倒なところだが」
「ふ~ん……。ちょっと目を離すとすぐ逃げちゃうってことか……」

 顎に手を当てながら自分なりの解釈をする志穂。一旦腑に落ちたのか次の疑問を口にする。
 
「洗脳されてるって言ってたけど、あんたの持ってる認識阻害装置……だっけ? そんな感じの装置で洗脳してるの?」
「そうではない。洗脳してるのは奴の能力だ」
「の、能力……? なに、超能力的なやつを使えるってこと?」
「そういう理解で構わん」

 自分の予想を肯定するベムに志穂が腕を組む。

 (ヤバイ古代兵器を狙うテロリスト宇宙人がいて、その宇宙人は洗脳の超能力を持っていて、この辺で新興宗教の教祖をやってるってこと? なにそれ、もうなんか訳わかんない……)

 困惑しながらも出てきた情報を整理する志穂。すると、ある疑問が湧き上がる。

「あんたもそういう超能力とか使えたりすんの?」
「使えるもなにも、貴様一度見てるだろう」
「え」

 一度口を閉じ、志穂が昼間の記憶を辿っていくと、ベムのかざした手から発せられたであろう、薄暗い森林を一瞬照らした光を思い出す。

「……もしかして、市民の森でやってた『バチィッ』ってやつ?」
「ああ」
「……なにしてたのあれ?」
「電気ショックだ」
「電気ショック!? え? なに? あんた電気操れるの?」
「そうだ」

 テロリスト宇宙人の洗脳能力に加え、『目の前のベムと名乗る宇宙人は電気を操れる』創作物の中でしか聞かないようなフィクション染みた新たな情報を咀嚼するため、志穂は再び腕を組む。少しして、志穂がゆっくりと口を開く。

「その電気ショックってさ……頭にやってたよね……? ひょっとして殺し……」
「死んではいない。ただ正気に戻してやっただけだ」
「正気に戻したって……なに? あの電気ショックでその……洗脳解除的なことやったの? てか、それで洗脳解除できるんだ?」
「可能だ。ある程度加減がいるがな」
「へ、へぇ~……」

 現実離れしすぎて腹に落ちてこない情報をとりあえず頭へ押し込む志穂。すると、それは脳内で今までの情報と繋がり、志穂の中である回答が導き出される。
 
「あー! 電気操れるからあんたの眼って電気マークなんだ! そういうことでしょ!?」
「違う」
「ああ……そう……」

 あっさりと否定され、志穂はそれ以上なにも言えなくなっていた。そこで思考が一旦止まると、あることを思い出す。
 
「そのテロリスト宇宙人の名前とかってわかってるの?」
「いくつも名前を変えてきた奴だがは今の名前は『レランカ』だ。といっても、私同様、馬鹿正直に名乗ってはいないだろうが。しかし笑わせてくれる名前だ」
「……変な名前なの?」
「お前、テロリストが『俺は織田信長だ』と名乗っていたらどう思う?」
「あ~……なるほど……そういう痛い奴いるねぇ……」

 ベムの説明に志穂は納得したのかあごに手を当てる。

「……ねえ、そのレランカって奴はなんで真奈を狙ったの?……そいつの狙いってあたしにひっついてる石なんでしょ? だったらあたしを捕まえて超能力で洗脳すれば済むんじゃないの?」
「直接貴様を狙えば私に察知される危険が増す。友人を洗脳し、人質兼監視役を手に入れる手筈だったのだろう。失敗したがな」

 ベムの口から語られたレランカの手口に志穂が眉をひそめる。

「……ありがとう」
「なにがだ?」
「昼間のこと。あの時のあたし達、思ってたよりヤバい状況だったみたいじゃん? だから改めてお礼。あのとき言いそびれてたし……」
「礼などいらん。そもそもの原因は私達にある」
「それでもいいから受け取ってよ。その方がこっちもスッキリするからさ。それに、真奈からも今度あったらお礼言っといてって言われてるんだから」
「……ではそうさせてもらおう」

 ベムの返事に志穂の口角が上がり、笑顔が浮かぶ。
 
「まあそういう訳だ。しばらくここに居させてもらう。これからよろしくな」

 だがベムの言葉に笑顔が一瞬で消え、志穂の目が見開かれる。
 
「……え? ちょっと待って。しばらくここに居るってどういうこと……? ひょっとして……あたしの部屋に住む気……?」
「そういうことだな」
「なんでよ!?」
「貴様が超念石を持っているからな。奪われない為にも監視する必要がある。それに、狙われる立場の貴様としても私が居た方がいい筈だと思うが?」
「それは……そう……だけどぉ……あたしのお金で家賃払ってるのに勝手に住まれるのはなんか嫌っていうか……」

 そう漏らした瞬間、乾いた音を立てて彼女の顔に何かがぶつかり、足元に落下する。志穂が目線を移すとそこには札束だあった。

「とりあえず100万だ。よろしくな」

 余りにも堂々と現れた札束に志穂は絶句するも恐る恐るその札束を手に取る。

「……何処から盗んだの?」
「盗んでいない」
「……何人殺したの?」
「殺していない」
「……偽札?」
「疑り深いやつだな。本物だと言ってるだろう」
「あ……」

 あくまで疑いの目を向ける彼女の手にある札束をベムが手に取る。

「ほら、ちゃんと本物だろう」

 志穂が普段お目にかかることは滅多に無いであろう大金で彼女の両頬をペチペチと叩くベム。
 
「ちょ、やめ……! そんなことされてもわかんないから!」

 手を払い志穂が札束を跳ね除け、髪を整えると口を開く。

「ねえ、あたしの家に住むならさ、まず最初にあれ、なんとかしてよ」

 志穂が指差した先にベムが首を動かすと、壁に深々と突き刺さったナイフが眼に映る。ベムは無言で立ち上がり、壁のナイフを指先で摘み、引き抜くともう片方の手を傷跡にかざす。そして引き抜いたナイフの刃を放り投げる。

「うわぁ!?」

 放物線を描き宙を舞う刃物に志穂は思わず後ずさると、ナイフの刃が側面から机に着地する。それと同時に、ベムが壁からかざしていた手を離す。

「投げるなぁ! 危ないでしょうが!! 当たったらどうすんの!?」
「当たらんように投げている」
「そういう問題じゃ……! はぁ、まあいいや。どうせ言っても無駄でしょ。じゃあ次は壁の傷なんとかして」
「もう直っている」
「……え?」

 志穂が壁の方へ首を動かすと、まるで最初から無かったかのようにナイフが突き刺さっていた傷跡が消えている。思わず立ち上がり、近づいて手に触れてみるが、違和感がない。完璧に修復されていた。
 志穂の脳内に先程ベムが壁に手をかざしていた光景が浮かぶ。理屈はわからないが、あの瞬間に壁を直したということは理解できた。

「宇宙人の技術すご……。なんでも直せるのそれ?」
「いや、直せるのは無機物だけだ。本来は認識阻害装置の修繕用だ」
「へ~……」
「今回だけだ。次からは渡した金を使って修理してくれ」
「え? なんで?」
「地球では手に入らない物質をエネルギー源にしている。不測の事態に対応する為にも、みだりに使用することはできない」
「……そんな貴重なものなんで壁の修理なんかに……」
「せめてもの詫びだ。受け取ってくれるか?」

 自分を真っ直ぐ見てそう答えるベムに志穂は言葉を失う。こちらの事情など考慮せず、傍若無人だった今までと同じ存在が発した台詞とは思えなかった。

「わかった……じゃあ受け取っとくよそのお詫び……家にもいて良い。あんたの言うことはもっともだし昼間の恩もあるしね……」
「感謝する」
「その代わり! 掃除とか、洗濯の一部とかの家事は全部あんたがやんなよ! ただでさえ狭い部屋の貴重なスペースを貸してやってんだから!」
「了解した」

 提示した条件を二つ返事で了承するベムに志穂は目を瞬かせる。

「……ほんとにわかったの?」
「ああ」
「えっと……わかったなら手上げて」

 無言で手を小さく上げるベムに志穂は肩透かしをくらったような感情になる。

「ああ……そう……じゃあ……よろしく……」

 そう言って志穂が座り込むと、会話が途切れ、2人は何をするわけでもなくテーブルを挟んで向かい合う形で座っている。すると、一匹の羽虫が志穂とベムの間を通り抜ける。瞬間、ベムが素早く頭を動かしそれを捕食する。

「うおわ!?」
「今度はなんだ」

 驚愕し、飛び退く志穂にベムは虫を噛み砕きながら少し苛立った声色で返す。

「あんた……虫とか食べるの……?」
「そうだ。貴様ら地球人も食うだろう?」
「そりゃ……イナゴの佃煮とか着色料とかあるけど……その辺飛んでる虫をダイレクトで食べたりはしないわよ……」
「ほお」

 苦虫を噛み潰したような顔の志穂の答えにベムは興味も無いといったような淡白な返事をする。

「なに……? あんた達ってやっぱり食生活とか全然地球人と違う感じ……? 普段なに食べてるの……? 宇宙食……?」
「そういう意味の食糧ではないだろう宇宙食は」
「じゃあ犬とか猫とか頭から踊り食いしてるの……?」
「なんだそのイメージは。私は基本的に野菜と果物しか喰わん」
「うっそーーーーーーー!?!?」
「嘘だ」
 
 瞬間、志穂の叫びもピタリと止まり、部屋の中が静まり返る。

「冗談だ冗談。これを言うとどいつも貴様のような反応をするから面白くてな」
「はは……スペースジョーク?」
「私は基本的に何でも食う。人間もな」

 何でもない世間話のような調子で言い放つベムに志穂の顔から恐怖が滲み出す。

「ははは! 冗談だ冗談。私は人間は食べない。『人間は』食べない」
「は、ははは……」
(やりづら……)

 笑えない冗談を口にしながらケタケタと笑う怪物に乾いた笑いをする志穂。

「……てか、野菜とか果物って……地球人の食べ物食べられるの?」
「ああ、問題ない」
「じゃあなんで虫なんて食ってんのよ……」
「荒れた環境の星で任務をこなすことも多くてな、そこでは羽虫は貴重な食糧だ。無駄にはできん」
「ああ、なるほど……。いやでもそれはその星での話でしょ? 今は簡単に手に入るんじゃない? お金も持ってるし……。てか支給の食糧的なものとかないの?」
「そんなものはない。食糧は現地調達だ。それに、腹に入れば全て同じだ」
「なに言ってんの全然違うからぁ~。人の身体っていうのは普段の食事でできてんのよ。脚気に壊血病! 糖尿病に骨粗しょう症! 今も昔も、特定の栄養の多すぎ、少なすぎで起きる病気はいっぱいあんの。全部同じだったら食事療法や医食同源なんて言葉は無いの! 分かる!?」
「確かにそうだな。食事は重要だ。生命の基本であり逃れ難い普遍の法則。それに目を向け重視することは決して間違いということはない」
「え、急に意見変えるじゃん……。怖っ……」

 感情の揺らぎをまるで感じない急速かつ滑らかに見解を変更し、自分の言い分に同意するベムに志穂は返って恐怖を感じてしまう。
 
「だが人はパンのみに生きるのではあらずだろう?」
「はあ? なにそれ? 衣食足りて礼節を知るって言うでしょ。あんたの所はどうだが知らないけど、地球人類の歴史は飢餓の歴史。人間食べなきゃ始まんないの……。どんだけ進歩したってね……ちょっと待ってて」

 志穂が立ち上がると冷蔵庫から食材を取り出し、続いてまな板、包丁、フライパン等の調理器具。すりごまや醤油といった調味料をキッチンの上に並べるとコンロに火をつけ、調理を開始した。
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