8 / 102
100回ぐらい殺しても文句ないよね
しおりを挟む
――過去――
「またこんな時間まで型の練習してたの?」
「あ、クラウ。そうだけど、どうしたの? こんな時間に。また寝付けなかったの?」
「うーん。なんか眠れないんだ。ねえサン。またちょっと話し相手になってよ」
「ん? まあいいけど」
これはサン達がまだ陽天流を習い始めた頃。そして、クラウがまだ、サンに好意を抱いていない時の話だ。
当時寝付きの悪かったクラウは、時々夜中に起きて家の周りを散歩することがあった。だがそんな時は必ずと言っていいほど、刀を上段に構えてひたすらに素振りを繰り返すサンの姿があった。
「で、今回の原因はなんなの?」
サンはフォレスの施設の縁側のようなところに腰かけて、クラウに問う。彼女が寝付けない日は、大体その日に何か精神的にモヤモヤとしたもの彼女が感じ取っている。もう長い付き合いなので、それくらいのことはサンにも分かっていた。
「ん~、今日はなんでだろうなー、あー多分、商店街のところのハットさんいるじゃん」
「あー、あの鳩の獣人さんね」
「ハットさんさあ、最近子供産まれたらしくて、今日初めてハットさんのことママって言ったんだって。すごくいい話だよね」
「へぇー、微笑ましい話だね」
「それ聞いてからなんかモヤモヤしてさあ」
「なるほどなぁ」
サンは、夜空に浮かぶ星空を眺めながらのんびりとそう声を出す。そして、彼はクラウに向かってこう続ける。
「やっぱり寂しく感じてるんだね。本当の家族がいないことに」
「うん、そうみたい」
クラウはつぶやくようにサンに答える。もちろん、フォレスでの生活に不満を感じているわけではない。ファル先生も、ケイおばさんも自分にはもったいないくらいいい人たちだ、クラウはいつもそう思っている。
しかし、彼女はどうしても考えてしまうのだ。もし、自分に家族がいたらどんな関係を築いていたのか。そもそも自分はなぜ家族に捨てられたのか。そんなことを考えているうちに、気づくと眠りにつけなくなっている。
「サンはさ、そういうことは考えないの? 自分の本当のお父さんやお母さんのこと」
「んー、考えるけど、寝付けないほど寂しくはならないかな」
「なんで?」
「なんでだろ。でもきっとさ。余裕がないからなんだと思う」
「余裕がない? どういうこと?」
クラウはサンに問いかける。サンは、手をついて後ろに寄りかかり、ぼーっと前を眺めながら答える。
「俺さ、今本当に恵まれてると思うんだよ。スアロがいて、クラウがいて、ケイおばさんがいて、ファル先生がいて、しかもそれ全部が、大好きな人たちでさ。だから早くそんなみんなを、いや、これから大事だと思う、自分の目に映るもの全てを、守れるくらい強くなりたいんだ。だから、寂しいとか考えてられないのかもしれない」
サンは少し照れ笑いを浮かべながらも、そんな言葉を口にする。相変わらず真っ直ぐなんだなぁサンは。クラウは心の底から彼に対してそう思った。
その日の彼との会話はそれから取り止めのない話をいくつかして終わった。
しかし、その日からなんとなくサンの方をよく見るようになると、彼が強くなるためにどれほどの努力を重ねていたかということに気づいた。
毎晩夜遅くまでトレーニングし、道場では、スアロにどれだけ勝てなくても決して挫折することなく真摯に剣術に取り組む。そして、クラウ達と、遊ばない時はいつも家にこもってファルの本を漁っている。
本気なんだ。クラウは、強くそう感じた。サンは本気で、目に映るもの全てを守るために強くなろうとしているのだ。
それから少しずつ、クラウがサンを目で追う回数は増えた。彼の努力に、熱意に、そして、純粋さに、憧れを抱くことが強くなっていった。そして、クラウは、本当に自分でも気付かないほどに、いつのまにか、サンのことを好きになっていたのだ。
――現在――
「おいらを倒すだと? 女、笑わせるなよ! おいらがお前みたいにか弱い女に負けるわけないだろ」
「か弱いかどうかは、試してみないとわからないでしょ?」
木刀を構え、月光を背負い気高くクラウは、ブタの獣人に対しそう告げた。ブタは、ニヤリと笑いながら、鉄でできた棍棒のようなものを取り出した。
「そうかい、じゃあ試してやるよ~!」
ブタはの獣人は、大きく棍棒を構え振りかぶる。クラウは慌てて、体を逸らし、彼の棍棒をかわす。
「ほ~ら~どんどんいくぞ~」
そしてそのまま勢いを生かし、ブタの獣人は、力任せに右手に持つ巨大な棍棒を振り回す。クラウはそれをひらひらと、蝶のように舞いかわしていく。
「ほらほら~かわしてばかりじゃ勝負にならないぞ~」
――やっぱすごい威力だなぁ。当たったらひとたまりもなさそう。まあ当たらないけど。
力だけのノロノロとして構えも何もあったものではない動き。そんな動きをかわし切るのは、鳥の目を持つクラウにとって造作もないことだった。
クラウは、相手が棍棒を振り下ろすタイミングを見計らい、体を大きく旋回させる。そして、隙だらけの相手の脇腹に型を打ち込む。
「陽天流三照型、日輪!」
大きな音を立てて、クラウの木刀はブタの獣人にヒットする。当たった、手応えありだ。そう思ったクラウに対し、ブタはニヤリと声をかける。
「やっぱりな~おいら、その技で来ると思ってたんだよ。こんな田舎でのうのうと暮らしてるなら当たり前かもだけど、お前ら実戦慣れしてねえんだな」
その瞬間、クラウは自分の木刀に起きた異変に気づく。抜くことができない。慌てて、木刀の先を見ると、ブタがガッチリとその刀身をつかんでいた。
「さっきのツバメ野郎も撃ってたけどその日輪って技は、技を出す際の動きが大きいだろ~? だから来ると分かってればこうやって簡単に防ぐことができるんだ~。つまり本当はこの技は、防げないほどの速さで放つか予測されない戦いの運び方をしなくちゃいけない。まあお前には無理だったみたいだけどなぁ~!」
ブタはそのまま左手でクラウの木刀を奪い、その束の部分を彼女の頭にむけて振りかざす。
あっけに取られていたため、咄嗟にクラウは回避行動を取ることができず、そのまま、真横に吹き飛ばされる。
「―――きゃあっ、いったい」
「ましてやこんなおもちゃの武器持ってたら余計に、防がれやすくなるさ~。まあ、まだ死ぬ気で戦ったこともないお前らなんかにはわかんないだろうけど」
ブタの獣人は、そう言い終わると、クラウの横に彼女の木刀を放り投げた。どうせそんなものあったとしてもお前に自分は倒せない。彼の行動はクラウにそんな言葉を投げかけているようだった。
――この人、思っていたよりもはるかに強い。
クラウはズキズキと痛む頭でそんなことを考える。正直、スアロがこのブタの獣人を上回る姿を見て、自分にも倒せると思っていた。甘かったのだ。それはあの陽天流を簡単にマスターできる天才が全力を出して勝てるレベルなのであって、自分みたいな少し剣術ができるだけの獣人が歯がたつ相手ではなかった。
「まあ、心配するなよ~。どうせ仲良くお前らは市場に並べてやるさ~。サンだっけか? なんかまぐれでイエナの兄貴に勝った男も、髪の毛一本残らず売り捌いてやるよ~。馬鹿だよな~。どうせ、なにも守れないくせに、勝てないくせに、戦おうとしてるのは~。バカは本当にいつも無駄な努力をするばかりで笑えてくるな~」
遠い頭で、クラウは想いを馳せる。
――ごめんね。スアロ。せっかく信じてくれたのに逃げられなかったよ。
――この獣人の言う通り、私たちこのままじゃ売りに出されちゃうのかな……でもあれ? この獣人今他にはなんて言ってたっけ?
――こいつ、今サンに対して、なんて言いやがった?
ヤマアラシとスアロの戦いは、少しの進展などないほどに拮抗していた。
あれから木刀を拾い、その武器で外へとヤマアラシを追い出したスアロは、陽天流を駆使し、ひたすらにヤマアラシに対して攻撃を重ねた。
しかし、厄介なのはこのヤマアラシが防御一辺倒であることだった。朝の手合わせでスアロがサンにしたように、わざと隙を作っても、このヤマアラシは決して乗ってこない。そして、ただひたすらにスアロの攻撃を針で防いでいる。
スアロは、相手の戦い方に苛立ち声を上げた。
「おい、なんでそんなにつまんない闘い方するんだよ」
「つまらないとは失礼だな。これが俺の戦い方なんだよ。それに俺は近距離はそんなに得意じゃないしな」
「なんだ、それ。どういう意味だよ」
それからひたすらにスアロは、ヤマアラシを正面から切りつけようとする。
この獣人は背中が針で覆われている。そのため背後にまわって斬りかかっても針に防がれ、あまり有効打を与えられない。だからこそ、この獣人のガードを正面から崩すしかないのだが、力のない鳥人であるスアロにはそれも中々難しい。
そこでスアロはあることに気づく。
「お前! ひょっとしてブタが帰ってくるの待ってるわけじゃないだろうな?」
スアロは少し下がって、ヤマアラシの心に問いかける。きっとそうだ、そうに違いない。このヤマアラシは、ブタの獣人が、クラウを捕まえて戻ってくるのを信じている。そして帰ってきてから二人で叩こうとしているのだ。
「馬鹿だと思ったが、頭が回るじゃないか。悪いな。あいにくピグルをあそこまで打ちまかしたお前に、わざわざ戦いを挑むほど、俺も間抜けじゃない」
「ああ、やっと気づいたぜ。汚ねえなぁお前。剣士の風上にもおけねえよ。ずるいなぁ。でも逃してはくれないんだろ」
「まあそうだな」
そしてヤマアラシの獣人は、腰につけた小型の針をチラつかせる。おそらく背を向けたら、あの針が自分に向かって飛んでくるんだろう。鳥人族には飛行能力があるがトップスピードに到達するには時間がかかる。だからきっと背を向けて、針をかわしながらヤマアラシから逃げる余裕はない。
めんどくさいな。スアロは、そう心の中で呟きながらも、もう一度ヤマアラシに切りかかる。武器と武器が激しく接触する音。スアロは、そのまま相手に近づき、言葉で揺さぶりをかける。
「でも、お前、本当にブタが帰ってくると思ってるのか?」
「そりゃ思ってるさ。むしろなんでお前はあのカラスがピグルに勝てると思っている? お前も手合わせしたならわかるだろうが、あいつは決して実力がないわけじゃない。ただ少し剣術をかじっただけの小娘が勝てる道理はないと思うが」
そして、両者一度武器を構え、再び互いに斬りかかる。そこでスアロは、ヤマアラシに対し、言葉を返す。
「まあそりゃ、あのままのクラウだったら勝てないかもだけどな」
「なんだそれ? どういうことだよ? 追い詰められたら急に覚醒でもしだすのか」
「あ~、似たようなもんかなぁ。あいつさ、サンのことになるとめちゃくちゃ怒るんだよ。そんで怒ったクラウはな――」
スアロは、再び一度下がる。そして落ち着いた口調で、はっきりと告げる。
「多分、俺より強いぞ」
ブタの獣人は、何が起こったか分からず目を白黒させていた。気づくと、自分が倒れ、カラスの獣人が、木刀を振るい、自分のことを見下ろしている。なんだ? いったい何があったというんだ?
「ブタさん。あなた今サンに対してなんて言ったの?」
ブタの獣人は今まで感じたことのない恐怖に背筋に寒気が走った。夜中に、真っ黒な少女が、苛烈な眼差しをこちらに向けて、そう問いかけてくる。
得体の知れぬ恐怖で言葉が出ないブタの獣人。クラウは、そんな彼の返事を待つことなく、言葉を重ねる。
「あなた今、サンの頑張りを無駄な努力って言ったよね? あの人の熱意を土足で踏みにじったよね? ねぇ、ブタさん、あなたに何がわかるの? サンがどれほど頑張ってきたか、あなたは知ってるの? 誰よりも努力してるのに、ライバルには全然勝てない。そしてなぜか獣人の力がないから、どれだけ鍛えても周りには身体能力で劣っちゃう。そんな中でも、少しも強くなることを諦めないのが、どれほど大変か。ねえ、あなたに想像できる?」
少しずつ歩みを進めていく真っ黒な狂気。ブタの獣人は、慌てて立ち上がり、棍棒を構える。しかし、得体の知れないオーラに怯えて、体の震えを止めることができない。
――え? やばくないか? オイラ死ぬのか? え? とりあえず戦わないと。
その棍棒を、クラウは静かに木刀を横に薙ぎ払って一閃する。今まで経験したこともない巨大な力。ブタの棍棒は、クラウに薙ぎ払われて宙に浮き、彼の手の届かぬところへと落下する。
――あれ? 力で、勝てないぞ? やばい、死ぬぞ、これ。
「分からないんだろうね。分からないから、そんなことを言えるんだよね? だって私も想像しかできないのに、あなた如きがわかるわけないもの。でもね、だからこそ、サンの努力が笑われるのは嫌なんだ。何も知らないヤツにそんなこと言われるのはたまらなく嫌なの。だから、だからね、そんなこと言ったんだからーー」
クラウはそこで立ち止まる。夜の暗闇の中、真っ黒な体から、鋭い眼光が、彼を見据える。
「100回ぐらい、殺しても文句ないよね?」
「――ぶひぃぃぃぃぃぃぃっ」
力強く、剣を振る彼女。吹っ飛んだブタが醜い叫び声を暗闇に響かせる。
――やばい、やばい。死ぬ。どうにか、どうにか生き残ることを考えないと。
「ごめん。ごめんなさーい。オイラが悪かった。サンってやつはほんとすごいよ。だってイエナを倒しちゃうんだもん。本当に悪かったと思ってるから、見逃してくれ~」
「そっか、やっとわかってくれたんだ」
ブタの謝罪を聞くと、クラウはにこやかな笑みを浮かべた。
なんとか窮地は脱したか。安堵するブタの獣人。しかし、そんな彼に対し、クラウは、笑顔を崩さずこう告げる。
「じゃあちゃんと謝れたから、ほんとは嫌だけど特別に……1回殺すだけで勘弁してあげる」
「いやだぁぁぁぁぁぁ」
「またこんな時間まで型の練習してたの?」
「あ、クラウ。そうだけど、どうしたの? こんな時間に。また寝付けなかったの?」
「うーん。なんか眠れないんだ。ねえサン。またちょっと話し相手になってよ」
「ん? まあいいけど」
これはサン達がまだ陽天流を習い始めた頃。そして、クラウがまだ、サンに好意を抱いていない時の話だ。
当時寝付きの悪かったクラウは、時々夜中に起きて家の周りを散歩することがあった。だがそんな時は必ずと言っていいほど、刀を上段に構えてひたすらに素振りを繰り返すサンの姿があった。
「で、今回の原因はなんなの?」
サンはフォレスの施設の縁側のようなところに腰かけて、クラウに問う。彼女が寝付けない日は、大体その日に何か精神的にモヤモヤとしたもの彼女が感じ取っている。もう長い付き合いなので、それくらいのことはサンにも分かっていた。
「ん~、今日はなんでだろうなー、あー多分、商店街のところのハットさんいるじゃん」
「あー、あの鳩の獣人さんね」
「ハットさんさあ、最近子供産まれたらしくて、今日初めてハットさんのことママって言ったんだって。すごくいい話だよね」
「へぇー、微笑ましい話だね」
「それ聞いてからなんかモヤモヤしてさあ」
「なるほどなぁ」
サンは、夜空に浮かぶ星空を眺めながらのんびりとそう声を出す。そして、彼はクラウに向かってこう続ける。
「やっぱり寂しく感じてるんだね。本当の家族がいないことに」
「うん、そうみたい」
クラウはつぶやくようにサンに答える。もちろん、フォレスでの生活に不満を感じているわけではない。ファル先生も、ケイおばさんも自分にはもったいないくらいいい人たちだ、クラウはいつもそう思っている。
しかし、彼女はどうしても考えてしまうのだ。もし、自分に家族がいたらどんな関係を築いていたのか。そもそも自分はなぜ家族に捨てられたのか。そんなことを考えているうちに、気づくと眠りにつけなくなっている。
「サンはさ、そういうことは考えないの? 自分の本当のお父さんやお母さんのこと」
「んー、考えるけど、寝付けないほど寂しくはならないかな」
「なんで?」
「なんでだろ。でもきっとさ。余裕がないからなんだと思う」
「余裕がない? どういうこと?」
クラウはサンに問いかける。サンは、手をついて後ろに寄りかかり、ぼーっと前を眺めながら答える。
「俺さ、今本当に恵まれてると思うんだよ。スアロがいて、クラウがいて、ケイおばさんがいて、ファル先生がいて、しかもそれ全部が、大好きな人たちでさ。だから早くそんなみんなを、いや、これから大事だと思う、自分の目に映るもの全てを、守れるくらい強くなりたいんだ。だから、寂しいとか考えてられないのかもしれない」
サンは少し照れ笑いを浮かべながらも、そんな言葉を口にする。相変わらず真っ直ぐなんだなぁサンは。クラウは心の底から彼に対してそう思った。
その日の彼との会話はそれから取り止めのない話をいくつかして終わった。
しかし、その日からなんとなくサンの方をよく見るようになると、彼が強くなるためにどれほどの努力を重ねていたかということに気づいた。
毎晩夜遅くまでトレーニングし、道場では、スアロにどれだけ勝てなくても決して挫折することなく真摯に剣術に取り組む。そして、クラウ達と、遊ばない時はいつも家にこもってファルの本を漁っている。
本気なんだ。クラウは、強くそう感じた。サンは本気で、目に映るもの全てを守るために強くなろうとしているのだ。
それから少しずつ、クラウがサンを目で追う回数は増えた。彼の努力に、熱意に、そして、純粋さに、憧れを抱くことが強くなっていった。そして、クラウは、本当に自分でも気付かないほどに、いつのまにか、サンのことを好きになっていたのだ。
――現在――
「おいらを倒すだと? 女、笑わせるなよ! おいらがお前みたいにか弱い女に負けるわけないだろ」
「か弱いかどうかは、試してみないとわからないでしょ?」
木刀を構え、月光を背負い気高くクラウは、ブタの獣人に対しそう告げた。ブタは、ニヤリと笑いながら、鉄でできた棍棒のようなものを取り出した。
「そうかい、じゃあ試してやるよ~!」
ブタはの獣人は、大きく棍棒を構え振りかぶる。クラウは慌てて、体を逸らし、彼の棍棒をかわす。
「ほ~ら~どんどんいくぞ~」
そしてそのまま勢いを生かし、ブタの獣人は、力任せに右手に持つ巨大な棍棒を振り回す。クラウはそれをひらひらと、蝶のように舞いかわしていく。
「ほらほら~かわしてばかりじゃ勝負にならないぞ~」
――やっぱすごい威力だなぁ。当たったらひとたまりもなさそう。まあ当たらないけど。
力だけのノロノロとして構えも何もあったものではない動き。そんな動きをかわし切るのは、鳥の目を持つクラウにとって造作もないことだった。
クラウは、相手が棍棒を振り下ろすタイミングを見計らい、体を大きく旋回させる。そして、隙だらけの相手の脇腹に型を打ち込む。
「陽天流三照型、日輪!」
大きな音を立てて、クラウの木刀はブタの獣人にヒットする。当たった、手応えありだ。そう思ったクラウに対し、ブタはニヤリと声をかける。
「やっぱりな~おいら、その技で来ると思ってたんだよ。こんな田舎でのうのうと暮らしてるなら当たり前かもだけど、お前ら実戦慣れしてねえんだな」
その瞬間、クラウは自分の木刀に起きた異変に気づく。抜くことができない。慌てて、木刀の先を見ると、ブタがガッチリとその刀身をつかんでいた。
「さっきのツバメ野郎も撃ってたけどその日輪って技は、技を出す際の動きが大きいだろ~? だから来ると分かってればこうやって簡単に防ぐことができるんだ~。つまり本当はこの技は、防げないほどの速さで放つか予測されない戦いの運び方をしなくちゃいけない。まあお前には無理だったみたいだけどなぁ~!」
ブタはそのまま左手でクラウの木刀を奪い、その束の部分を彼女の頭にむけて振りかざす。
あっけに取られていたため、咄嗟にクラウは回避行動を取ることができず、そのまま、真横に吹き飛ばされる。
「―――きゃあっ、いったい」
「ましてやこんなおもちゃの武器持ってたら余計に、防がれやすくなるさ~。まあ、まだ死ぬ気で戦ったこともないお前らなんかにはわかんないだろうけど」
ブタの獣人は、そう言い終わると、クラウの横に彼女の木刀を放り投げた。どうせそんなものあったとしてもお前に自分は倒せない。彼の行動はクラウにそんな言葉を投げかけているようだった。
――この人、思っていたよりもはるかに強い。
クラウはズキズキと痛む頭でそんなことを考える。正直、スアロがこのブタの獣人を上回る姿を見て、自分にも倒せると思っていた。甘かったのだ。それはあの陽天流を簡単にマスターできる天才が全力を出して勝てるレベルなのであって、自分みたいな少し剣術ができるだけの獣人が歯がたつ相手ではなかった。
「まあ、心配するなよ~。どうせ仲良くお前らは市場に並べてやるさ~。サンだっけか? なんかまぐれでイエナの兄貴に勝った男も、髪の毛一本残らず売り捌いてやるよ~。馬鹿だよな~。どうせ、なにも守れないくせに、勝てないくせに、戦おうとしてるのは~。バカは本当にいつも無駄な努力をするばかりで笑えてくるな~」
遠い頭で、クラウは想いを馳せる。
――ごめんね。スアロ。せっかく信じてくれたのに逃げられなかったよ。
――この獣人の言う通り、私たちこのままじゃ売りに出されちゃうのかな……でもあれ? この獣人今他にはなんて言ってたっけ?
――こいつ、今サンに対して、なんて言いやがった?
ヤマアラシとスアロの戦いは、少しの進展などないほどに拮抗していた。
あれから木刀を拾い、その武器で外へとヤマアラシを追い出したスアロは、陽天流を駆使し、ひたすらにヤマアラシに対して攻撃を重ねた。
しかし、厄介なのはこのヤマアラシが防御一辺倒であることだった。朝の手合わせでスアロがサンにしたように、わざと隙を作っても、このヤマアラシは決して乗ってこない。そして、ただひたすらにスアロの攻撃を針で防いでいる。
スアロは、相手の戦い方に苛立ち声を上げた。
「おい、なんでそんなにつまんない闘い方するんだよ」
「つまらないとは失礼だな。これが俺の戦い方なんだよ。それに俺は近距離はそんなに得意じゃないしな」
「なんだ、それ。どういう意味だよ」
それからひたすらにスアロは、ヤマアラシを正面から切りつけようとする。
この獣人は背中が針で覆われている。そのため背後にまわって斬りかかっても針に防がれ、あまり有効打を与えられない。だからこそ、この獣人のガードを正面から崩すしかないのだが、力のない鳥人であるスアロにはそれも中々難しい。
そこでスアロはあることに気づく。
「お前! ひょっとしてブタが帰ってくるの待ってるわけじゃないだろうな?」
スアロは少し下がって、ヤマアラシの心に問いかける。きっとそうだ、そうに違いない。このヤマアラシは、ブタの獣人が、クラウを捕まえて戻ってくるのを信じている。そして帰ってきてから二人で叩こうとしているのだ。
「馬鹿だと思ったが、頭が回るじゃないか。悪いな。あいにくピグルをあそこまで打ちまかしたお前に、わざわざ戦いを挑むほど、俺も間抜けじゃない」
「ああ、やっと気づいたぜ。汚ねえなぁお前。剣士の風上にもおけねえよ。ずるいなぁ。でも逃してはくれないんだろ」
「まあそうだな」
そしてヤマアラシの獣人は、腰につけた小型の針をチラつかせる。おそらく背を向けたら、あの針が自分に向かって飛んでくるんだろう。鳥人族には飛行能力があるがトップスピードに到達するには時間がかかる。だからきっと背を向けて、針をかわしながらヤマアラシから逃げる余裕はない。
めんどくさいな。スアロは、そう心の中で呟きながらも、もう一度ヤマアラシに切りかかる。武器と武器が激しく接触する音。スアロは、そのまま相手に近づき、言葉で揺さぶりをかける。
「でも、お前、本当にブタが帰ってくると思ってるのか?」
「そりゃ思ってるさ。むしろなんでお前はあのカラスがピグルに勝てると思っている? お前も手合わせしたならわかるだろうが、あいつは決して実力がないわけじゃない。ただ少し剣術をかじっただけの小娘が勝てる道理はないと思うが」
そして、両者一度武器を構え、再び互いに斬りかかる。そこでスアロは、ヤマアラシに対し、言葉を返す。
「まあそりゃ、あのままのクラウだったら勝てないかもだけどな」
「なんだそれ? どういうことだよ? 追い詰められたら急に覚醒でもしだすのか」
「あ~、似たようなもんかなぁ。あいつさ、サンのことになるとめちゃくちゃ怒るんだよ。そんで怒ったクラウはな――」
スアロは、再び一度下がる。そして落ち着いた口調で、はっきりと告げる。
「多分、俺より強いぞ」
ブタの獣人は、何が起こったか分からず目を白黒させていた。気づくと、自分が倒れ、カラスの獣人が、木刀を振るい、自分のことを見下ろしている。なんだ? いったい何があったというんだ?
「ブタさん。あなた今サンに対してなんて言ったの?」
ブタの獣人は今まで感じたことのない恐怖に背筋に寒気が走った。夜中に、真っ黒な少女が、苛烈な眼差しをこちらに向けて、そう問いかけてくる。
得体の知れぬ恐怖で言葉が出ないブタの獣人。クラウは、そんな彼の返事を待つことなく、言葉を重ねる。
「あなた今、サンの頑張りを無駄な努力って言ったよね? あの人の熱意を土足で踏みにじったよね? ねぇ、ブタさん、あなたに何がわかるの? サンがどれほど頑張ってきたか、あなたは知ってるの? 誰よりも努力してるのに、ライバルには全然勝てない。そしてなぜか獣人の力がないから、どれだけ鍛えても周りには身体能力で劣っちゃう。そんな中でも、少しも強くなることを諦めないのが、どれほど大変か。ねえ、あなたに想像できる?」
少しずつ歩みを進めていく真っ黒な狂気。ブタの獣人は、慌てて立ち上がり、棍棒を構える。しかし、得体の知れないオーラに怯えて、体の震えを止めることができない。
――え? やばくないか? オイラ死ぬのか? え? とりあえず戦わないと。
その棍棒を、クラウは静かに木刀を横に薙ぎ払って一閃する。今まで経験したこともない巨大な力。ブタの棍棒は、クラウに薙ぎ払われて宙に浮き、彼の手の届かぬところへと落下する。
――あれ? 力で、勝てないぞ? やばい、死ぬぞ、これ。
「分からないんだろうね。分からないから、そんなことを言えるんだよね? だって私も想像しかできないのに、あなた如きがわかるわけないもの。でもね、だからこそ、サンの努力が笑われるのは嫌なんだ。何も知らないヤツにそんなこと言われるのはたまらなく嫌なの。だから、だからね、そんなこと言ったんだからーー」
クラウはそこで立ち止まる。夜の暗闇の中、真っ黒な体から、鋭い眼光が、彼を見据える。
「100回ぐらい、殺しても文句ないよね?」
「――ぶひぃぃぃぃぃぃぃっ」
力強く、剣を振る彼女。吹っ飛んだブタが醜い叫び声を暗闇に響かせる。
――やばい、やばい。死ぬ。どうにか、どうにか生き残ることを考えないと。
「ごめん。ごめんなさーい。オイラが悪かった。サンってやつはほんとすごいよ。だってイエナを倒しちゃうんだもん。本当に悪かったと思ってるから、見逃してくれ~」
「そっか、やっとわかってくれたんだ」
ブタの謝罪を聞くと、クラウはにこやかな笑みを浮かべた。
なんとか窮地は脱したか。安堵するブタの獣人。しかし、そんな彼に対し、クラウは、笑顔を崩さずこう告げる。
「じゃあちゃんと謝れたから、ほんとは嫌だけど特別に……1回殺すだけで勘弁してあげる」
「いやだぁぁぁぁぁぁ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる