プロミネンス【旅立ちの章】

笹原うずら

文字の大きさ
22 / 102

追いかけるんじゃなくて、追い越せるように

しおりを挟む
――そして今へ――

 すると、イエナはふと手に石を取り、座ったまま河にに水切りをおこなった。

 小さな石は、ピチャピチャと2回ほどはね、川の底へと沈んでいく。その石をただただ見つめるイエナに対し、サンは言葉を述べる。

「でも、俺が殺したんじゃない。殺したのはファル先生だよ。俺は、フォンを殺すことが出来なかった」
「おいおい俺はなんて言ったよ。ボスは、獲物に殺されたかったんじゃなくて、打ち倒されたかったんだ。お前は間違いなくそれを果たしたよ。あと、もしやと思ったんだが、自分の炎でボスを助けなかったこと後悔してるわけじゃねえよな」
「…………」

 彼の言葉を受けて、サンは思わず黙った。

 イエナは、そんな彼に対して、呆れたように言葉を述べる。

「馬鹿だなぁお前。ふざけるのも大概にしろよ。ボスは、筋金入りの狩人だ。それなのにターゲットに命を救われるヤツがどこにいるよ。つくづくお前の炎が切れていて良かったと思うぜ。ボスが自分の決めた死に場所で死ぬことが出来て良かったよ」
「うん、ありがとう、イエナ」
「お前のためなんて1ミリも思ってねえよ。売り飛ばすぞ」

 心底不快そうな顔をして、イエナは、サンにそう言った。おそらく彼には、本当にサンの気を遣ったつもりなどないのだろう。しかし、その言葉は、サンの心を少しだけ軽くした。

「イエナはさ。これからどうするつもりなんだよ」

 唐突にサンは、イエナに対してそう尋ねる。特に意味などない。ただフォンが残していった彼らがこれからどんな風に生きていくつもりなのか、気になったからだ。

「そうだなぁ。しばらくはここに世話になるつもりだよ。あのファルって獣人、いやフォレスの奴らみんなか。あいつら全員怖いくらい親切なんだな。こんなならず者の道を外れた俺たちにここまで親切にしてくれる。正直俺は裏がありそうですぐにでも出たいんだけどな。ピグルとアラシはまだファルから学ばなきゃいけない教養が沢山ある。だから残るさ。ボスの遺言だしな」
「そっか」

 相変わらず、自分たちを狙った悪党とは思えない発言である。サンは思った。しばらく、イエナ、アラシ、ピグルと過ごして思ったことは、3人とも本当にいいヤツらだということだ。

 ピグルは話してて楽しいし、アラシは本が好きなところが話が合うし、イエナはまだまだ口も態度も悪いけど、本当に面倒見が良くて、誰かさんそっくりだ。

 きっと自分たちは、出会い方を間違えさえしなければ、幼少期から友達として過ごしていたのだろう。生まれた場所と環境にささいな違いがあった、それだけなのだ。

「それにお前の親友のリベンジマッチも設けてやらねえとな」
「ああ、スアロか。今のところ戦績どうなの?」
「ここのところ毎日試合やってるけど負けたことねえよ。いいな、この陽天流って。ファルに教えられてから、変な流派だなと思ってたけど、武器がだいぶ扱いやすくなる。毎日の稽古で、ピグルもだいぶ痩せたしな。あと、スアロのやつ、最近若干、先端恐怖症になってるから、異様に木洩れ日を警戒するくせついてるぞ」
「おたくのところのヤマアラシのせいでな。ほんとにもう寝返り打って部屋を針だらけにするのはやめてくれよ。スアロのために、ケイおばさんが必死で掃除してくれるんだから」
「それがあいつのかわいいとこなんだけどな。最近寝言で毎日スアロに謝ってるんだから許してくれよ。」
「まあ、確かにもう本人も全然気にしてないけど」
「それよりピグルの方が重症だろ。お前んとこのクラウのせいで、あいつもう女子の顔見れないぜ」
「まあ、それは、うん。お気の毒様としか言えないけど」

 つまらない軽口を叩き合って、共に川を眺める。こうしてると本当に遠い昔から友人だったみたいだ。まあしかし、きっと彼らが気が合うのも無理ないことなのだろう。そうなんといっても彼らは――。

 同じ獣人を好きになり、同じ獣人から、沢山のものを学んだのだから。

「正直俺も、お前にリベンジを挑みたい気分なんだけどな。それはもう、きっと無理なんだろ?」

 ふお、イエナはサンに対してそう尋ねる。サンはおどけた様子で言葉を返す。

「あら? バレてた?」
「もう、だいぶみんな勘づいてるぞ。あれだけ外の世界に関する本読み漁っていたら、そりゃあ分かるさ。でも、ファルから許可が降りるかが一番の課題だよな」
「そうなんだよなぁ。まあ、今日直談判してみるよ。話があるとは言ってあるんだ」
「そうか」

 するとその言葉と共にイエナは立ち上がった。夕日が彼の顔をオレンジに照らしている。そんな陽光を背に受けて、彼は、サンの目を見据えた。

「俺たちも頑張るからさ。フォンさんの背中を……追いかけるんじゃなくて、追い越せるよう頑張る。それがきっとボスの願いだからな。だからお前も頑張れよ。ボスに勝ったんだ。きっとお前ならなんでもできるさ」
「ああ、ありがとう、イエナ」

 夕日を真っ直ぐに受けて、サンも立ち上がる。その夕焼けは、彼の新たなる一歩を祝福してくれているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...