プロミネンス【旅立ちの章】

笹原うずら

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私のことはさ、連れて行ってくれないの?

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「でもな、サン、お前は俺以外にもちゃんと話をしなきゃいけない奴らがいるはずだぞ」

 しばらく落ち着いてから、そのような言葉を発したのはファルだった。

「…………」

 サンはその存在に見当が付いているが、何も返す言葉が出て来ずただ押し黙る。ファルは、そんなサンに呆れながらも言葉を続ける。

「お前のことだ。言い出すタイミングがなくて困ってるんだろ? でも申し訳ないお前が旅に出ることなんてスアロもクラウも想像ついてるよ。ケイおばさんは放任主義だからすぐ許してくれるとしても、二人にはちゃんと話してこい」
「分かったよ。でもなんて言えばいいかわかんないや」
「なんでもいいんだよ。お前が決めた道だろ? あいつらは絶対に応援してくれるさ。フォレスに戻ったらちゃんと話をしろよ」
「分かったよ。ちゃんと話してくる」

 もうすっかり日は沈み、美しい満月が、夜道を明るく照らしている。もうすっかり夜も更けた。クラウもスアロも、もう寝ているだろう。

 そんな気持ちでサンはファルと共に帰路につき、フォレスにたどり着いた。玄関の扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。

「おかえり、ファル先生、サン」

すると、優しく落ち着いた声で、クラウがサンとファルのことを呼んだ。奥には、スアロも自分たちを待って静かに座っている。

 きっと彼らは待っていたのだろう。サンがくるのを。そして、彼がファルと話し、どのような結果になったのか、尋ねることを。

 ファルは、サンを静かに見た。きっと、ほら、話してこいと、アイコンタクトで伝えているのだろう。もちろん、こんな夜中まで待ってくれた幼馴染たちの好意を無碍にすることはできない。サンは、二人に向かって声を発した。

「クラウ、スアロ。縁側で月でも見ようよ。あとさ、二人に話があるんだ」
「うん、わかった」

二人はサンの言葉にうなづく。そして、ファルが見守る中、3人はゆっくりとした足取りでフォレスの縁側に向かうのだった。


 クラウ、サン、スアロの順に並んで星空を見上げる3人。斜めから流石月の光が、彼らを優しく照らしている。

「懐かしいなぁ、よく3人でこうやって意味もなく夜空を眺めたよね」

 と唐突に言葉を紡ぐのはクラウである。そんな彼女にスアロものんびりとした様子で続ける。

「そうだなぁ。クラウが急に親に会いたいって泣き出した時も、サンが剣術を始めた時何もできなくて落ち込んでいた時も、俺の練習態度が良くなくてファル先生に怒られた時も、誰かに何かがあった時は、いつもここから眺める空を見ていた。本当に俺たちさ、長い間一緒にいたんだよな」
「……そうだね」

 静かにその言葉だけを残して相槌を打つサン。しかし、クラウもスアロも、それから何か言葉を発することはなかった。二人ともただ静かにサンの言葉を待っている。

――まあ、そうだよな。言うなら今だよな。

 サンは、空を見上げたまま、言葉を発する。二人の顔を直接見る勇気はなかった。

「……スアロ、クラウ、俺さ。旅に出ようと思うんだ」
「……そっか、いいんじゃないかな」
「……うん、私もそう思う」

 二人は柔らかな声で彼の道を応援した。サンはそんな二人に言う。

「そっか、ありがと、もしかして反対されるのかと思ってた」
「するわけないだろ? 幼馴染が必死に悩んで導き出した決断だぜ。別に反対しても止めるお前だとは思わないけどさ。ちなみに、なんのために旅に出るんだよ?」
「あ、それ、私も聞いてない」

 サンは、ファルに言ったことをそのまま二人にも伝える。

「真実をさ、知りたいんだよ。フォンの件でさ。俺には本当に分からないことがたくさんあると思ったんだ。だから知りたいんだよ。自分の知らないこと、そして何より自分自身のこと」
「まあそうだよね。どこまで信じていいのか分からないけどさ、あのフォンって獣人の話では、サンは、フェニックスと神?って存在の子どもなんだもんね。まさかそんなに不思議な存在だとは思ってなかったなぁ」
「まあ俺がサンの立場でもそれは旅しちゃうよ。いつ出発する気なんだ?」
「うん、実はさ、明日にでも出発しようと思ってるんだ。ファル先生から許可は出たし、もうあらかた準備は終わってるからさ」
「相変わらず行動までが早いな。そっか、それは寂しくなるなぁ。そっかぁ」

 スアロは空を眺めたままそう呟く。これがサンが旅をする前に見つめる最後の空。そう思うと少しでも、スアロやクラウと見るこの景色をもう少し見ていたいと思った。

「……なあ、サン、旅するお前にさ。俺から一つ言いたいことがある」
 唐突にスアロは夜空を見ながらそう切り出した。サンは、スアロの方を見て、言葉を待つ。
「何?」
「フォレスのことは任せろよ」
「え?」

 彼は、そのまま言葉を続ける。

「お前のことだからさ、きっとフォレスのことが心配で、真実探しとやらにも身が入らないと思うんだ。でもさ、俺。強くなるから。なんか気づかないうちにサンに越されたけどさ、またお前に勝てるくらい強くなって、俺がフォレスを守るよ。なあ、サン。俺さ、夢があるんだ」
「何?」
「めちゃくちゃ強くなってさ。ファル先生の道場を継ぎたいんだよ。そしてファル先生みたいに、みんなに剣術を教えられるようになりたい。だから、正直お前についていきたい気持ちもあったけどさ、俺はここに残るよ。俺は俺で自分の夢を追いかける。だからサンもさ、自分のために突き進んでくれよな」
「うん、スアロならなれるよ。ファル先生にも負けないくらいに」

 サンは、決意を固めた友人にそう言葉を返す。実を言うと本心では、スアロとも旅をしたい気持ちはあった。しかし、彼はここで夢を追いかけるという。目指す道が違うこと、それによって僕たち獣人は、12年共に歩んでいたとしても、いつしかこうして別れを経験していくのだろう。自分たちはきっとそうやって大人になっていくのだと、サンは思った。

「そのためには、スアロは早く先端恐怖症治さないとね」
「うるせえなクラウ。あー、あの時刺されさえしなければこんなことにはならなかったのに。まあともかく、これで俺の話は終わりな。じゃあ俺先に戻るから」
「え!?」

クラウが、皿のような目を彼に向ける。おそらく彼女は、3人で一緒に寝床に戻ると思っていたのだろう。そしてそれはサン自身も同じことを思っていた。しかし、スアロもそこまで無粋な獣人ではなかった。

「え?って、しょうがないだろ、ほんとは残っていたいけど、俺がいたら邪魔なんだろうから。第一俺は、ちゃんと自分のこと言ったんだからさ、クラウもちゃんと自分のことサンに話せよ。じゃあな、おやすみー」

サンがここ最近でスアロに対して気づいたことは、意外と彼が気を使える獣人であったということだ。死に際の一言も、クラウの気持ちに気付いているような口振りだったし。おそらく普段彼女の嫉妬心を煽るような口ぶりをしていたのは、ただ単に面白がっていたからだったのか。

「二人きりになっちゃったね」
「ああ、そうだね」

 なんとなく気恥ずかしくなり、二人は夜空を見る。ただ静かに流れていく沈黙。懐かしい、よくサンが夜の修練を終えた時も、よくこうして空を眺めたものだ。過去を振り返っていると色々な気持ちが込み上げてきて、クラウは遂に自ら沈黙を破る。

「ねえ、サン」
「何?」
「私のことはさ、連れていってくれないの?」

 答えは分かっていた。しかし、どうしてもクラウは彼に聞かないわけにはいかなかった。これからもずっと一緒だと思っていた、離れ離れにならないと思っていた。けれどもサンは、今、一人離れて、この国を旅しようとしている。

 だからこそ、クラウはどうしても聞かずにはいられないのだ。あなたがこの先過ごしていく場所に、自分はいなくてもいいのかと。

「…………」

 しかし、サンはその質問に対して答えを返すことができなかった。サンも自分の好意には気づいてくれているはずである。だからこそ、自分が傷つかない言葉を今、必死で見つけようとしてくれている。
 ――うん、そっか、そうだよね。

 彼の沈黙から、彼の心を察知するクラウ。彼女は、寂しさに必死に蓋をしながらも、努めて明るく、彼に声をかける。

「なんて言うと思った? 何変なこと考えてるの? サン! 私もスアロと同じくここを離れるつもりはないよ!」

クラウは感じていた。サンの頭はいつだって強くなることと誰かを守ることしか頭にないこと。そして恋だの愛だのに頭を割く余裕なんてきっと彼にはないということ。だから今まで散々アプローチしても、全く彼はふりむいてくれなかったのだ。

 そうだとしたら、自分は決してこの気持ちを彼に明かしてはいけない。人生を変える決断をしたサンを困らせるようなことを決して言ってはいけない。

「だからさ、絶対無事で帰ってきてね。……私がサンに言いたいことはさ、本当にそれだけだから。じゃあ私もそろそろ寝るね」

 ――ごめん、スアロ。やっぱり私には言えないよ。

 溢れ出る涙をどうにか抑え、立ち上がろうとするクラウ。

 ああ、そうか、これでお別れなんだ。その事実を深く噛み締めながらも、もう少しここにいたいと願う体を、彼女はどうにか動かす。

「待ってクラウ!」

 しかし、そんな彼女の腕をサンの手が掴んだ。咄嗟のことに思考が追いつかないクラウ。そんな彼女にサンは言葉を続ける。

「好きだよ、俺さ、好きなんだ。クラウのこと」

 ――え?

「旅に出るって決めてから、ずっとさ、言うか迷ってたんだ。正直さ、俺は、今度いつスカイルに帰ってこれるかも分からない。そして、クラウを守るほどの強さもないから連れてもいけない。だからさ、これを言ったら、クラウのことを縛っちゃうんじゃないかって不安だった」

――え? え? 待って待って待ってよ。

「でも、やっぱり無理だ。ねえ、クラウ。クラウには待っててほしいんだ。自分勝手なのかもしれないけどさ。俺は絶対に強くなるから。強くなってまたスカイルに帰ってくるから、そしたら、つぎおれがここに帰ってきたらさ。一緒にこの世界を隅から隅まで冒険しよう! クラウさえ良ければだけど――」
「ちょっと待ってよ!!」

 クラウは、サンの言葉を止め、自らの声を張り上げる。サンは、なぜ彼女がそんな声を張り上げたのか分からずに、キョトンとする。

「はい」

「え、待って、整理させて。サンは好きなんだっけ?」

「うん、そうだよ」

「私のことを」

「クラウのことを」

「…………本当に?」

「本当だよ。いつも、俺さ、クラウが応援してくれたからここまで頑張れたんだ。本当にクラウのおかげなんだ。だからさ、俺にとってクラウは、大切な存在で――」

「サン!!!」

 彼の言葉を最後まで待たずにサンに飛びつくクラウ。勢い余って、クラウに押し倒されたような形になるサン。クラウは、脚をバタバタさせながらサンに向かって言葉を発する。

「私も大好き! 優しいところ。頑張り屋なところ。誰かに弱さを見せないところ。たまに泣き虫なところ。ちょっとだけ気が弱いところ。でも大事なところは絶対に戦おうとするところ。全部、全部好き! 私、待ってるよ! いつまでも待ってる! サンのこと、ちゃんと待ってるから!!」
「ありがと。クラウ」

 サンは、そう言って、彼女の背中に手を置いた。実際二人と話す瞬間からまでサンはずっと自分の気持ちをクラウに打ち明けるかずっと悩んでいた。自分の旅はいつ終わるかはわからない。そして、もし神と闘うのであれば、自分は旅の道中で命を落としてしまうのかもしれない。

 クラウの真っ直ぐな自分への想いには気づいていた。だからこそ、自分の気持ちを打ち明けて、彼女のこれからの人生を縛ってしまわないか、不安だった。

 ――でも、そっか。クラウはこれほどまでに喜んでくれるのか。

 しかし、彼女の様子をみて、サンはそんなことを考えるのはやめた。今はただ自分が幸せにしたい女性に正直に伝えようと思った。互いの気持ちに嘘をついて、別れていく方が、12年間付き合ってきた幼馴染に対して不誠実のような気がしたのだ。

 サンは、クラウのことをぎゅっと抱き寄せる。衣服を通じて彼女の体温が伝わる。もう少し、もう少しだけこのままでいたい。そう思いながら、サンは、ただ静かに彼女のことをずっと抱きしめていた。
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