プロミネンス【旅立ちの章】

笹原うずら

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自分が信じられるあんたの強さ

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 ゆっくりと静かに上下する胸。変わらない天井。カーテンの隙間からほんのりと日差しが差し込み、サンは、ゆっくりと起き上がり、そして呟く。
「今日は見なかったな。あの夢」


「あら、今日は早かったじゃないか、サン。まあ、もうご飯はできてるよ」

 ケイおばさんに言われて時間を見ると、確かにいつもより1時間早い。きっと気持ちがはやって眠れなかったのだろう。

 しかし、これだけ自分が早かったのにも関わず、もう朝食の準備ができているとは、相変わらずケイおばさんの家事能力は流石だ。

「ありがと。みんなは、流石にまだ寝てるの?」
「いや、もうほとんど起きてるよ。全く可愛い奴らだね。あんたが今日出発するって聞いたら、みんな早起きでさ。まあスアロだけは、毎晩の寝不足が祟って寝坊してたけど、今イエナが起こしてくれてるよ」
「そうだったんだ。通りでご飯が早いと思った。あれ? でもみんなは一緒に食べないの?」
「わたしがみんなに頼んだんだよ。サンと二人にしろってね」
「……あっ」
「全く、今まで育ててやったのに、何も言わずに急に今日旅に出るなんて言い出すとはね」

 そこではサンは、彼女が自分と二人話す機会を作らなくて、怒っていることを察した。やはり放任主義とは言えど、だめだったか。もちろんサンも彼女のことを忘れていたわけではない。しっかりと朝のうちに、感謝を伝えようとする時間はとろうとしていた。しかし、やっぱり何も言わずいきなり出ていく日そのものを迎えたのは良くなかったか。

「……ごめん、ケイおばさん。ケイおばさん寝るの早いからさ。昨日のうちに伝えることが出来なかったんだ。本当はさ、ちゃんとファル先生に許可もらってからさ、挨拶とかしたかったんだけど、でも、でも俺――」
「わかってるさ。居ても立っても居られないんだろ?」
「うん……」

 ケイおばさんは、呆れたようにため息を吐きながら、言葉を続ける。

「大丈夫、ちゃんとわかってるよ。サンがね。私になんの感謝も感じてないわけがないことぐらいね。あんたは、本当にできすぎるほどいい子だったからね。まあだからこそ、いなくなられるのが辛いんだけどさ」
「……おばさん」

 サンはケイの言葉一つ一つの暖かさを感じていた。今まで血の繋がりがないのにも関わらず、無償の愛を注いでくれたケイ。そんな彼女の姿はサンにとっていつも眩しかった。

「まあ、なんにせよ、サンがちゃんと悩んで決めたことなら止められないね。ここフォレスはそういう場所だし。それにしても私は、あんたがちゃんと旅に出られるか心配だよ。ちゃんとペンダントはつけてるのかい?」

「うん、持ったよ」

「もしもの時の保存食は?」

「ちゃんと持ってる」

「困った時の少しのお金は?」

「持ってるよ、ファル先生が持たせてくれた」

「あと、これが一番大事だ」

 ケイおばさんはそういうと、サンの目を真っ直ぐに見据えた。サンの胸を拳で小突く。

「自分が信じられるあんたの強さは、ちゃんとこの中に持ったかい」

 その瞬間、サンの頭の中にケイおばさんとの記憶が、彼女の拳を通じて流れ込んできた。そうだ、そうなんだ、彼女はいつも自分の強さを信じてくれた。サンがどんなに苦しい時も、ケイおばさんは、自分には自分の強さがあると言ってくれた。

 サンは、くしゃりと笑って、彼女の質問に答える。

「うん、ちゃんと持ったよ」
「……なら大丈夫だ。サン、あんたは強いよ。それは誰かを倒せるとかそういう強さじゃない。あんたはね、誰かが苦しい時、傷ついた時、すぐに体を動かせる本当の強さを持ってる。この先大変なこともあるだろうけど、その強さがあれば大丈夫だ。行ってきなさい。そして、ちゃんと帰ってきて、私にいっぱい思い出話を聞かせておくれ」

 優しく、暖かな微笑みを返すケイおばさん。それは、夢でよく見る母親の笑顔となんら変わることはなかった。母さんと同じく体中が包み込まれるような感覚。きっと彼女は、自分のことを本当の息子のように大事に育ててくれたのだろう。

 サンの胸から色々な感情が競り上がってくる。そして、思わず勢いに任せて、涙を流してしまいそうになる。しかし、サンは、それを必死で押し殺した。今、ケイおばさんが必死で笑顔で送ろうとしてくれているのに、自分が今涙を流すわけにはいかない。

「ありがとう、ケイおばさん。俺絶対忘れないから、ケイおばさんの料理の味も、ケイおばさんが俺を叱るときに伝えてくれたたくさんの言葉も、絶対忘れない。あと絶対、色々な話を持ってくるよ」
「嬉しいこと言ってくれるね、そうかい、楽しみにしてるよ」

 サンの言葉にまた、優しい言葉を返すケイ。そんな愛情を全身で受け取りながら、サンは、ケイの料理を食べ進める。そこには、先程気づかなかったが、彼が好きな料理ばかりで、サンはそれらの味を決して忘れぬよう、しっかり噛み締めながら、一つ一つ大切に食していくのだった。
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