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ここが、フォレスが、お前の家だからな
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朝早いというのに、飛行場には、すでにたくさんの人がいた。おそらく商人たちが朝早くから、商品を仕入れているのだろう。そんな中で、翼も持たない、一人の少年、サンが、何人かの獣人を引き連れ、自分の乗る飛行船を探していた。
「おいおい大丈夫かよ! サン。もう少しで飛行船出ちゃうんじゃないのか。サンの乗る便どこだよ?」
「焦らせないでよ、スアロ。だって今日飛行船乗るの初めてなんだから」
「まあ私は、サンが行かないでいてくれた方が嬉しいけどね」
「反応に困ること言わないで、クラウ。ねえ、ファル先生、5番の飛行船見つかった?」
「ちょっと待ってろ、今目で探してるから、あ、あれじゃないか?」
ファルが、指を示す。すると割と近いところに、サンが乗る予定の飛行船があった。
「なんだい? もうすぐ出ちまうじゃないか。なんだってこんなにバタバタしてるんだい」
ケイおばさんは、呆れてやれやれといった様子で首を振る。
サンも、飛行船の近くの時計が、もうすぐ出発の時刻に達しようとするのに気づく。
「やば、本当だ。早く乗り込まないと。みんな、行ってくるな」
出発まで3分、別に走らなければ間に合わないというわけではないが、気持ちとしては急ぎたい。そんな彼に、みんなが一人一人声をかけていく。
「本当にそそっかしいやつだな~サンは~。向こうでも頑張れよ~」
「ふん、ほんとに行くんだな。まあお前はボスを倒したんだ。その辺のやつに負けたら許さないからな」
「俺はもう特に話すことはないが、まあ、死ぬなよ。きっとボスもお前と早く会うことを望んでない」
ピグル、アラシ、イエナがサンにそう声を掛ける。彼らとは最初は敵同士だったが、今となっては一緒にフォレスで過ごした仲間だ。本当にこの数週間のうちに仲良くなれてよかった。
「随分男前な顔立ちになったじゃないか。まあ気張っていってきな!!」
「サン! 絶対真実見つけろよな! そして今度帰ってきたら、俺とまた手合わせしろよ!!」
そうはきはきと送り出してくれるのは、ケイおばさんとスアロだった。スアロの方は、昨晩ちゃんと寝れてないのか、目の下に大きなクマがあった。それと、目の周りが赤くなっている。そんな彼の様子を見て、サンの胸の奥から少しだけ涙が込み上げてくる。
「サン、私さ、ずっとずっと待ってるから。あ、それと……浮気しちゃ、ダメだからね?」
「うん、大丈夫だよ」
そう可愛らしい笑顔で、出迎えてくれるのはクラウだ。しかし、表情とは裏腹に備わった、彼女の真っ黒な狂気に、サンは背筋を震わせる。
「いや、寂しくなるな。あ、そうだ、サン。最後にさ、ひとつ俺と約束しろ」
そして最後にそう呼び止めたのはファルだった。
「なに、先生?」
そう尋ねるサンは、脳裏にファルがさせるような約束を想像した。毎日の稽古を忘れるな、だろうか。いやでも自分の性格的に、そんなの自主的にやることは、わかるだろうし。じゃあ絶対に無理するなとかだろうか。でも、そうだとしたら守れそうにないな。
サンはそのように思いを巡らせていたが、ファルの言葉はそのどれとも違っていた。彼は、暖かな目でファルに告げる。
「いいか。よく聞けよ。これから先、お前は旅の中でたくさん大変な思いを知るだろう。自分なんかじゃ力の及ばない世界に触れ合って、自分の無力さを知るだろう」
ファルは、目にほんの少しの涙を浮かべながら、続ける。
「ただな。もしお前が辛くなったり、苦しくなったり、寂しくなったりしたら、必ずここに戻ってこい。どんなことがあったとしても、ここが、フォレスが、お前の家だからな」
「――――――」
その瞬間、まるでダムが決壊したかのように、サンの心が溢れ出した。目の前がどんどん滲んだ絵の具のように、淡い色に姿を変えていく。みんなが自分に向かって微笑みかけてくる。そんな顔を見て、世界の滲みは、さらに増していく。
「……うん。そうなったら帰ってくるよ。みんなのところに帰ってくる」
自分は恵まれているな、サンは強くそう思う。確かにサンには両親はいない。けれども彼には、フォレスで新しく出会った3人の友人と、どこか暖かさを覚える料理の上手いおばさん、目つきは悪いが世話焼きな先生。そして、最高のライバルと美人で心から優しいと思える幼馴染がいる。
きっと自分には当たり前の存在がいなくとも、周りの人が喉から手が出るほど欲しがるような素晴らしい獣人。そんな存在にサンは恵まれている。
――だからこそ、誰も失わないために、強くなりたいな。
サンは心の中でそう呟く。そして、目の前の彼らに、大好きな彼らに、サンは笑顔で手を振る。
「じゃあ! 行ってきます!!」
そしてたくさんの声援を背に、サンは、飛行船に向かって走り出す。もちろんこれから先、彼にはたくさんの試練が待ち受けるだろう。多くの挫折を味わい、世界の広さを知るだろう。
しかし、きっとサンはそれでも立ち止まることなどしない。彼はどんなに身体がボロボロになったとしても、素知らぬ顔で立ち上がり続ける。
そう、目に映るもの全てを、守るために。
――第一部 完――
~~作者から~~
長い間お付き合いくださりありがとうございました!つたないところも多かったと思いますが、これで第1部は完結です。
次は第2部です! こちらは今3部まで投稿されている中での自信作なのでぜひご覧ください。
「おいおい大丈夫かよ! サン。もう少しで飛行船出ちゃうんじゃないのか。サンの乗る便どこだよ?」
「焦らせないでよ、スアロ。だって今日飛行船乗るの初めてなんだから」
「まあ私は、サンが行かないでいてくれた方が嬉しいけどね」
「反応に困ること言わないで、クラウ。ねえ、ファル先生、5番の飛行船見つかった?」
「ちょっと待ってろ、今目で探してるから、あ、あれじゃないか?」
ファルが、指を示す。すると割と近いところに、サンが乗る予定の飛行船があった。
「なんだい? もうすぐ出ちまうじゃないか。なんだってこんなにバタバタしてるんだい」
ケイおばさんは、呆れてやれやれといった様子で首を振る。
サンも、飛行船の近くの時計が、もうすぐ出発の時刻に達しようとするのに気づく。
「やば、本当だ。早く乗り込まないと。みんな、行ってくるな」
出発まで3分、別に走らなければ間に合わないというわけではないが、気持ちとしては急ぎたい。そんな彼に、みんなが一人一人声をかけていく。
「本当にそそっかしいやつだな~サンは~。向こうでも頑張れよ~」
「ふん、ほんとに行くんだな。まあお前はボスを倒したんだ。その辺のやつに負けたら許さないからな」
「俺はもう特に話すことはないが、まあ、死ぬなよ。きっとボスもお前と早く会うことを望んでない」
ピグル、アラシ、イエナがサンにそう声を掛ける。彼らとは最初は敵同士だったが、今となっては一緒にフォレスで過ごした仲間だ。本当にこの数週間のうちに仲良くなれてよかった。
「随分男前な顔立ちになったじゃないか。まあ気張っていってきな!!」
「サン! 絶対真実見つけろよな! そして今度帰ってきたら、俺とまた手合わせしろよ!!」
そうはきはきと送り出してくれるのは、ケイおばさんとスアロだった。スアロの方は、昨晩ちゃんと寝れてないのか、目の下に大きなクマがあった。それと、目の周りが赤くなっている。そんな彼の様子を見て、サンの胸の奥から少しだけ涙が込み上げてくる。
「サン、私さ、ずっとずっと待ってるから。あ、それと……浮気しちゃ、ダメだからね?」
「うん、大丈夫だよ」
そう可愛らしい笑顔で、出迎えてくれるのはクラウだ。しかし、表情とは裏腹に備わった、彼女の真っ黒な狂気に、サンは背筋を震わせる。
「いや、寂しくなるな。あ、そうだ、サン。最後にさ、ひとつ俺と約束しろ」
そして最後にそう呼び止めたのはファルだった。
「なに、先生?」
そう尋ねるサンは、脳裏にファルがさせるような約束を想像した。毎日の稽古を忘れるな、だろうか。いやでも自分の性格的に、そんなの自主的にやることは、わかるだろうし。じゃあ絶対に無理するなとかだろうか。でも、そうだとしたら守れそうにないな。
サンはそのように思いを巡らせていたが、ファルの言葉はそのどれとも違っていた。彼は、暖かな目でファルに告げる。
「いいか。よく聞けよ。これから先、お前は旅の中でたくさん大変な思いを知るだろう。自分なんかじゃ力の及ばない世界に触れ合って、自分の無力さを知るだろう」
ファルは、目にほんの少しの涙を浮かべながら、続ける。
「ただな。もしお前が辛くなったり、苦しくなったり、寂しくなったりしたら、必ずここに戻ってこい。どんなことがあったとしても、ここが、フォレスが、お前の家だからな」
「――――――」
その瞬間、まるでダムが決壊したかのように、サンの心が溢れ出した。目の前がどんどん滲んだ絵の具のように、淡い色に姿を変えていく。みんなが自分に向かって微笑みかけてくる。そんな顔を見て、世界の滲みは、さらに増していく。
「……うん。そうなったら帰ってくるよ。みんなのところに帰ってくる」
自分は恵まれているな、サンは強くそう思う。確かにサンには両親はいない。けれども彼には、フォレスで新しく出会った3人の友人と、どこか暖かさを覚える料理の上手いおばさん、目つきは悪いが世話焼きな先生。そして、最高のライバルと美人で心から優しいと思える幼馴染がいる。
きっと自分には当たり前の存在がいなくとも、周りの人が喉から手が出るほど欲しがるような素晴らしい獣人。そんな存在にサンは恵まれている。
――だからこそ、誰も失わないために、強くなりたいな。
サンは心の中でそう呟く。そして、目の前の彼らに、大好きな彼らに、サンは笑顔で手を振る。
「じゃあ! 行ってきます!!」
そしてたくさんの声援を背に、サンは、飛行船に向かって走り出す。もちろんこれから先、彼にはたくさんの試練が待ち受けるだろう。多くの挫折を味わい、世界の広さを知るだろう。
しかし、きっとサンはそれでも立ち止まることなどしない。彼はどんなに身体がボロボロになったとしても、素知らぬ顔で立ち上がり続ける。
そう、目に映るもの全てを、守るために。
――第一部 完――
~~作者から~~
長い間お付き合いくださりありがとうございました!つたないところも多かったと思いますが、これで第1部は完結です。
次は第2部です! こちらは今3部まで投稿されている中での自信作なのでぜひご覧ください。
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