プロミネンス【旅立ちの章】

笹原うずら

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1人の復讐者

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――過去――

「おい、ネク。帰ったぞ」

 ぶっきらぼうに私のことを呼ぶ声が、家の中に響く。誰の声かはわかっている。戦争で身寄りのない私のことを拾ってくれた恩人。ヴォルファさんの声だ。

「……おかえり……ヴォルファさん」

 ネクはとぼとぼと家の玄関まで歩き、彼のことを出迎える。するとそこには、私より同じくらいの男の子が立っていた。体中は傷だらけで、服はボロボロの布切れのようになっている。そして、涙でも流したのか、やけに目が真っ赤になっていた。

「ヴォルファさん。誰? その子」

 まるで捨てられていた獣のようだ。ネクは、少年を見ながら、そんなことを思った。

「こいつはシェドだ。そこの道端で拾ってきた。今日からうちで鍛える。おい、シェド。こいつはネク。身寄りのないところを引き取って一緒に住んでるんだ」
「……よろしく」

 呟くように、彼はネクに向かってそう言った。彼の心は、まったくその言葉の中には含まれておらず、ずっとネクではない何か別のものに囚われているようだった。

「じゃあ俺は、少し便所に行ってくるからな。シェド。お前は一旦休め。今シェドに一番大切なのは休息だ」

 そう言って、ヴォルファは、ネクたちを置いてトイレへ向かってしまった。ネクは、突然の訪問者に警戒心はあったが、それよりもどこか不安定な彼が心配で、静かに呟くように質問する。

「……どうしたの? なんでそんなに辛そうな顔をしているの?」
「……別に、どうもしてないよ」
「……なにか、嫌なことでもあったの?」
「――――」

 シェドは、その質問に沈黙することで答えを返す。

 そっか、何かあったのか。4歳のネクは、彼の落ち込む気持ちを励まそうと言葉を紡ぐ。

「……あったんだ。あのさ。昔ヴォルファさんが教えてくれたんだけど、何か辛いことがあったら、爪を押して体に軽く跡をつけるんだって。そしたらその跡が消えたら、辛いことも消えてなくなってくんだってさ」

この時もしネクが、シェドに起きた『辛いこと』についてどんなことか把握していれば、そんなことは言わなかっただろう。

 しかし、出した言葉はもう戻ることはない。

 シェドはそれを聞くと、不敵な笑みを浮かべて「そうか」と言った。そして、唐突に、身につけていたバッグからナイフを取り出した。

「――なにを!?」

 急にナイフを取り出したシェドに怯え、ネクの体は、硬直して動かない。しかしシェドはそんなネクを意に留めることなく、その刃を自身へと向ける。

 ――ズッシャァァァァ。

 そして彼は、自身の頬に斜めに大きな傷をつけた。

「――え?」

 ドクドクと流れる血液。しかし、そんな血などまるで気にも留めていないかのように、シェドは、低く低く、呟く。

「忘れない。忘れさせない。たとえこの傷が癒えようとも、何度でもここに同じ傷をつけてやる。俺は、あいつを殺すまで、この傷を消さない!」

 ぼたぼたと床に流れる血液。しかし、その時にネクの印象に残っていたのは、彼の頬ではなく、闇を灯す2つの瞳だった。ギラギラと、彼方遠く、憎い誰かを見つめる瞳。

 そうこの時だった。まさに今この瞬間、6歳の少年は、一人の復讐者になったのだ。
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