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地獄で安い酒を飲み交わそうじゃないか
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――過去――
真っ赤に染まる大地。横たわる数多くの屍。そんな変わり果てた南の峠を、ゲッコウは放心した様子でただ眺める。仲間も敵も判別もつかず、変わり果てた姿となって横たわる死体。そんな場所に傷一つない体でそこに佇む彼は、座って静かに風を感じていた。
「やぁゲッコウ。どうしたんだよ、ぼーっとして。何かあったのか?」
そんなゲッコウに、ワニの堅固な鱗を有した獣人であり、自分の幼馴染のアリゲイトが話しかけてくる。ゲッコウはそんな彼にぶっきらぼうな様子で応える。
「はっ、なんもねぇよ。いよいよカニバルの時代が終わって俺様たちの時代が来ることを喜んでるのさ。だから、もう少し余韻に浸らせろよ」
「くっ、かははは」
そんなゲッコウのあからさまに強がりをアリゲイトは笑い飛ばす。こんな惨劇を目の前にしても、その笑顔はどこか爽やかだった。
「バレバレだぞ、お前の本心。ゲッコウ。何年お前といっしょにいると思ってるんだ? 全くお前は本当に嘘が下手だなぁ。――また、ゲッコウは自分の能力に思い悩んでいるのか?」
――やっぱりわかるんだな。
柔らかな微笑みを浮かべながら、ゲッコウの隣へ腰をかけるアリゲイト。相変わらず、無駄に優しくおせっかいなやつだ。まあ、彼がこうだからこそ、自分は彼とこの世界を変えようと思ったんだが。
ゲッコウは観念して、自分の思いの底にしまっていた感情を伝える。
「まあバレてるなら隠さなくていいか。なあアリゲイト。カニバル軍のやつら、みんな、強かったよな」
「うん、強かったなぁ。負けるかと思った」
ゲッコウの婉曲的な物言いにも、眉を顰めることなく、話を聞いてくれるアリゲイト。ゲッコウは、そんな彼を見て、スラスラと自らの思いを言葉にする。
「きっとさ。あいつらには命に変えても守りたいものがあったんだよ。だからああいつらは、何度痛みつけても立ち上がれたんだ。でも俺の獣の力は、そんな奴らのありったけの思いのこもった一撃を、そんな事実なんてなかったかのように修復する。俺は、そんな自分の体が、気持ち悪くて仕方ない」
「なるほど」
淀んだ空を見上げて、言葉をこぼすアリゲイト。彼は、そのまま静かに次の言葉を紡ぐ。
「つまりゲッコウは、罪の意識を感じているわけだ。自分は相手に傷を負わせているに、自分の体は、その傷を決して受け付けようとしないことに」
――罪の意識か。
ゲッコウは頭の中で、アリゲイトの言葉を反芻する。なるほどな。確かに自分は、彼らに対して罪の意識を覚えているのかもしれない。そうそう死ぬことのないような体を奮って、簡単に壊れる彼らの体を蹂躙する。そんな事実に対して自分が覚える感情は確かに罪悪感をおいて他にないのかもしれない。
ただゲッコウは、その罪悪感だけでは、自分が敵兵である彼らに対して覚えている感情を、全て表せない気がした。なんというのだったか。自分と違う境遇のものに憧れを抱くことを。
そうか、それは尊敬だ。
「そうだな。確かにアリゲイトの言う通りさ。罪の意識はあるんだろうよ。でもそれよりさ、俺は怖いんだ。俺の体は生まれた頃から傷がつくとすぐに回復してきた。だから、腕や足がなくなる恐怖なんて想像がつかねぇ。でもあいつらはさ、みんな少しのミスで腕が、足が、目が、耳が、頭が、なくなるかもしれない世界で武器を振ってるんだろ?」
「まあそうかもな」
「だから俺は自信がねぇんだよ。もしあいつらと同じ境遇だった時、あいつらのように自らの信念を持って敵に立ち向かう覚悟が俺にあるのかわからねぇ。なあアリゲイト。だからこそ俺はさ。そんなやつが、本当の信念を持つやつの命を奪っていいのかわからねぇんだ」
全ての言葉を吐き出し終えたゲッコウは、じっと屍の山を見つめる。もちろんその中には、自分が手を下した獣人の姿もあった。
あいつは、素早さが厄介だったからすぐに足を切り落とした。あいつは弓がうまかったから先に右手を削ぎ取った。でも、彼らはいずれも、そんな中でなお立ち上がって、自分の元へ立ち向かってきた。
そんな彼らの命を今傷一つ体にない自分が奪って良かったのか。
「そんなことで悩んでるのかよ。大丈夫だよ、ゲッコウ」
重く苦しい圧力のようなものを絞り出して、外へ放った、ゲッコウの悩み。それをアリゲイトはそんなことかと切り捨てる。そんな彼の姿勢に流石にムッときて、ゲッコウは彼に言葉を返す。
「おい、そんなことってなんだよ。ずっと生まれながらに抱えてきた悩みなんだぞ」
しかし、アリゲイトはなおも笑みを崩さない。
「だからこそだよ。ゲッコウ。お前はさ、俺の自慢の親友の強さを知らないんだ。俺の親友のゲッコウってやつはな。本当に正義感が強くて頼りになるんだよ。だからさ、たとえ獣の能力があろうとなかろうとゲッコウはゲッコウだ。それは絶対に変わらない」
歯の浮くようなセリフをつらつらと恥ずかしげもなく語るアリゲイト。そして彼はそこからさらに言葉を紡いでいく。
「それにさ、罪の意識なんて感じてもしょうがないだろ? どうせ俺たちが、最後に行き着くところは同じなんだ。どこまでも行こうぜ、ゲッコウ。決して後ろを振り返らずに。そして最後にはさ。散っていったみんなと、地獄で安い酒を飲み交わそうじゃないか」
真っ赤に染まる大地。横たわる数多くの屍。そんな変わり果てた南の峠を、ゲッコウは放心した様子でただ眺める。仲間も敵も判別もつかず、変わり果てた姿となって横たわる死体。そんな場所に傷一つない体でそこに佇む彼は、座って静かに風を感じていた。
「やぁゲッコウ。どうしたんだよ、ぼーっとして。何かあったのか?」
そんなゲッコウに、ワニの堅固な鱗を有した獣人であり、自分の幼馴染のアリゲイトが話しかけてくる。ゲッコウはそんな彼にぶっきらぼうな様子で応える。
「はっ、なんもねぇよ。いよいよカニバルの時代が終わって俺様たちの時代が来ることを喜んでるのさ。だから、もう少し余韻に浸らせろよ」
「くっ、かははは」
そんなゲッコウのあからさまに強がりをアリゲイトは笑い飛ばす。こんな惨劇を目の前にしても、その笑顔はどこか爽やかだった。
「バレバレだぞ、お前の本心。ゲッコウ。何年お前といっしょにいると思ってるんだ? 全くお前は本当に嘘が下手だなぁ。――また、ゲッコウは自分の能力に思い悩んでいるのか?」
――やっぱりわかるんだな。
柔らかな微笑みを浮かべながら、ゲッコウの隣へ腰をかけるアリゲイト。相変わらず、無駄に優しくおせっかいなやつだ。まあ、彼がこうだからこそ、自分は彼とこの世界を変えようと思ったんだが。
ゲッコウは観念して、自分の思いの底にしまっていた感情を伝える。
「まあバレてるなら隠さなくていいか。なあアリゲイト。カニバル軍のやつら、みんな、強かったよな」
「うん、強かったなぁ。負けるかと思った」
ゲッコウの婉曲的な物言いにも、眉を顰めることなく、話を聞いてくれるアリゲイト。ゲッコウは、そんな彼を見て、スラスラと自らの思いを言葉にする。
「きっとさ。あいつらには命に変えても守りたいものがあったんだよ。だからああいつらは、何度痛みつけても立ち上がれたんだ。でも俺の獣の力は、そんな奴らのありったけの思いのこもった一撃を、そんな事実なんてなかったかのように修復する。俺は、そんな自分の体が、気持ち悪くて仕方ない」
「なるほど」
淀んだ空を見上げて、言葉をこぼすアリゲイト。彼は、そのまま静かに次の言葉を紡ぐ。
「つまりゲッコウは、罪の意識を感じているわけだ。自分は相手に傷を負わせているに、自分の体は、その傷を決して受け付けようとしないことに」
――罪の意識か。
ゲッコウは頭の中で、アリゲイトの言葉を反芻する。なるほどな。確かに自分は、彼らに対して罪の意識を覚えているのかもしれない。そうそう死ぬことのないような体を奮って、簡単に壊れる彼らの体を蹂躙する。そんな事実に対して自分が覚える感情は確かに罪悪感をおいて他にないのかもしれない。
ただゲッコウは、その罪悪感だけでは、自分が敵兵である彼らに対して覚えている感情を、全て表せない気がした。なんというのだったか。自分と違う境遇のものに憧れを抱くことを。
そうか、それは尊敬だ。
「そうだな。確かにアリゲイトの言う通りさ。罪の意識はあるんだろうよ。でもそれよりさ、俺は怖いんだ。俺の体は生まれた頃から傷がつくとすぐに回復してきた。だから、腕や足がなくなる恐怖なんて想像がつかねぇ。でもあいつらはさ、みんな少しのミスで腕が、足が、目が、耳が、頭が、なくなるかもしれない世界で武器を振ってるんだろ?」
「まあそうかもな」
「だから俺は自信がねぇんだよ。もしあいつらと同じ境遇だった時、あいつらのように自らの信念を持って敵に立ち向かう覚悟が俺にあるのかわからねぇ。なあアリゲイト。だからこそ俺はさ。そんなやつが、本当の信念を持つやつの命を奪っていいのかわからねぇんだ」
全ての言葉を吐き出し終えたゲッコウは、じっと屍の山を見つめる。もちろんその中には、自分が手を下した獣人の姿もあった。
あいつは、素早さが厄介だったからすぐに足を切り落とした。あいつは弓がうまかったから先に右手を削ぎ取った。でも、彼らはいずれも、そんな中でなお立ち上がって、自分の元へ立ち向かってきた。
そんな彼らの命を今傷一つ体にない自分が奪って良かったのか。
「そんなことで悩んでるのかよ。大丈夫だよ、ゲッコウ」
重く苦しい圧力のようなものを絞り出して、外へ放った、ゲッコウの悩み。それをアリゲイトはそんなことかと切り捨てる。そんな彼の姿勢に流石にムッときて、ゲッコウは彼に言葉を返す。
「おい、そんなことってなんだよ。ずっと生まれながらに抱えてきた悩みなんだぞ」
しかし、アリゲイトはなおも笑みを崩さない。
「だからこそだよ。ゲッコウ。お前はさ、俺の自慢の親友の強さを知らないんだ。俺の親友のゲッコウってやつはな。本当に正義感が強くて頼りになるんだよ。だからさ、たとえ獣の能力があろうとなかろうとゲッコウはゲッコウだ。それは絶対に変わらない」
歯の浮くようなセリフをつらつらと恥ずかしげもなく語るアリゲイト。そして彼はそこからさらに言葉を紡いでいく。
「それにさ、罪の意識なんて感じてもしょうがないだろ? どうせ俺たちが、最後に行き着くところは同じなんだ。どこまでも行こうぜ、ゲッコウ。決して後ろを振り返らずに。そして最後にはさ。散っていったみんなと、地獄で安い酒を飲み交わそうじゃないか」
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